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わたしを倒す旅の三十五歩。

「ご報告いたします」


(わたくし)は、誰も座っていない王座に向けて膝をつく。


無人の王座に報告したいのは、もちろんあの勇者達のこと。

(わたくし)は、数日前の、ラヒー様の倒れた場面のことを思い返した。


***


ラヒー様が勇者の魔力の中から出てきたときには、もう血だらけだった。

これまでお傍で見てきた中で、最もボロボロで、未だかつてこんな光景を見たことはなかった。

勇者のあの攻撃だって防御しようと思えば、あんな傷を受けずに対処することだって可能だっただろうに。


「なぜ防御を止めた」

「あ、……ア、ル?」


血だらけでそのまま倒れこんだラヒー様のもとへ、攻撃の元凶たる勇者が駆け寄り、上半身を抱き起こす。

他の面々も、ラヒー様の周りに駆け寄っていた。

無警戒なのはどうかと思ったが、あの弱った姿のラヒー様に攻撃の意思がないことなど明白だ。


「すき、だか……ら。おねがい。かなえ、てあげるの」


ラヒー様の奇妙な気まぐれ。

気に入った相手の願いを叶えるという、悪癖。

かくいう(わたくし)も、その気まぐれを聞いてもらったのだが。


「まおうをたオせば、へいわにな、て。おびえず、こいがで……きて、ミンなわらって。あるが、ワらう」

「……バカ野郎」


泣きそうな顔をした勇者が、ラヒー様の上半身を抱きしめた。

魔法使いの女は涙を流し、男二人も息をのんだり唇を噛みしめている。


「……わたし、はまだナかマ?」

「ああ」

「また……」


最後の方は、距離の遠いここからでは声が聞き取れなかった。

だが、あの方のことだ。

きっと質の悪いものであることは想像に難くない。


「おいっ。ラヒー!聞こえるか?目を開けろ」

「ラヒーちゃん!」

「ラヒー!」

「どうしてこうなったんじゃ」


答えず、動かないラヒー様に、大声を叫ぶ勇者一行に、(わたくし)は一歩前に出た。

(わたくし)は、ラヒー様がこうして勇者の剣に倒れた後のことを任されているのだ。


「勇者ご一行様。ラヒー様より、伝言を預かっております」


***


あの人間を王都に追い返すのは大変だった。


(わたくし)がラヒー様に危害を加えるとでも思っているのか。

私とラヒー様の間に立ちふさがるように、勇者が剣を構え、周りも武器を掲げてみたり。


勇者達が無事に王都に帰還できるようにしろというラヒー様の願いを叶えるため、(わたくし)がラヒー様より王都への転移魔法を預かっていると説明してやったり。

勇者達がラヒー様の亡骸を連れ帰ると言ってきたり。


だが。


「勇者一行はラヒー様のご命令通り、ラヒー様の用意した転移魔法で王都へ帰還致しましたよ」


結果的に、ラヒー様のご意思通りの流れに持ち込むことができたのだろう。言いつけられた任務は完了したはずだ。


「彼らは国に対して、魔王の討伐と、仲間である魔法使い一人の戦死を報告されました」


(わたくし)は淡々と事実のみを語る。


「仲間の魔法使いの葬儀は国を挙げて行われることとなり、昨日執り行われました。

しかし、最後に彼女の顔を見ることができたのは勇者一行のみ。他の者、国王にすら亡骸を見せることはなかったとのことです」


きっとこの報告だけで、望む答えが得られたことを理解したのだろう。

くつくつと、小さな笑い声がした。


「そっか。じゃあ、ちゃんと伝わったんだね」

「ええ」


王座の裏側から、笑顔のラヒー様が姿を現した。



***


「答え合わせしようか」


わたしが王座にちゃんと座ると、ウィリアムは深く頭を下げた。


「いなくなってからのこともお教え頂けるので?」

「それはまた今度ね」

「かしこまりました」


ここでアル達を迎え入れたのは、わたしの分身だった。

渾身の魔力を込めて、死んでもすぐには花びらに戻らない特別製。


「わたしはアルのあの攻撃を受けてみたかった。それに、アル達は気に入ったから、お願い叶えてあげたかったの」


そのためには、わたしはアル達に倒されなくちゃいけなかった。


「でもわたしが死ぬのは面白くないもんね」


だからわたしは、自分の分身を用意することにしたの。

アル達に倒されて、魔王を倒したってことにできるようにしてあげるための人形を。


「狐に会わなきゃ思いつかなかった作戦だったんだよね」


でもでも、ちゃんと思い付いたんだから、わたしったらさすがだよね。

うん、えらい!


「あ、そういえば。魔石って人間界から持ってこれる?」

「魔石ですか?」

「うん、人間界にある石なんだよ」


旅の中で見つけた不思議な物について思い出したの。


「少々調べますが、ラヒー様が望むのなら、いくらでも持ってきましょう」

「ウィリアム、ありがと!」


あれを使えば魔族がもっと美味しくなるかもって思ってたんだよね。

より強くなれば、それだけ魔族は美味しくなる。

わたしのおやつも、もっともっと豪華にできる。


「アル達のおかげで、色々やりたいことが増えちゃった」


わたしにはやりたいことが、たくさんあったの。

アルの力を受けてみたいっていうのもそうだし、アル達の願い叶えたいってこともそう。


だから、そのやりたいことが叶うようにやり方を考えたんだよ。


「わたしはね、美味しいおやつが食べたいの」

「ええ、存じております。本日はどの種族を連れてきましょうか?」


ウィリアムがいつものようにわたしに尋ねるけど、今はちょっとそう言う気分じゃないかな。


「今食べるおやつの話じゃないんだよ」

「さようで。では後ほどまたお聞き致します」


ウィリアムが素直に引き下がる。

そんなウィリアムを見ながら、わたしはそっと胸に手を当てた。


「人間界で、美味しいおやつを見つけたい。そう思ってここを飛び出したんだ」


そして人間界を旅してきたんだよ。

わたしはそこで、いつか手を入れたいって渇望した欲しいものを見つけたの。


「わたしが見つけた、とっておきの美味しそうなおやつ」


まだまだ伸びしろのありそうな勇者一行。

ラダヒーが枯れた時、その花は赤く染まる。

そのことをアル達は知っている。


アル達は攻撃に倒れたわたしの分身を持ち帰った。

きっと王都に着く頃には、さすがに分身に残された魔力も尽きて、死体が花びらに戻ってしまっただろう。


「真っ白な花びらが残っていたら、きっとわたしが生きてることも伝わるはずなの」


きっとアル達はわたしを探してくれる。


だって。


「わたしはナカマなんだもん」


大事なナカマ。


わたし旅の中でナカマって言葉をちゃんと学べたと思うんだ。

ナカマって言葉の意味って本当に難しいよね。

最初は、いつでも一緒にいる馴れ合いの相手のことだと思ってたの。


でも、そうじゃなかった。


アル達は人間で、わたしは魔族で。

アル達は勇者で、わたしは魔王で。

それでもナカマであるらしい。


信頼できる大切な相手のことなのに、それすらも踏みにじって、何かのきっかけがあれば倒さなきゃいけない複雑な相手。

大好きなのに、殺したい。

そんな意味が一緒に存在する相手のことなんでしょ?


本当人間って難しくて……、とてもおもしろい。


「わたしはお願い聞いてあげたから」


わたしは一度勇者に倒されてあげた。

わたしの分身は、ちゃんとアルに殺された。


「次はわたしの番」



もう一度、ここへ来た時。

アル達はもっと強く、もっと素敵になっているはずなの。


次はきっともっと面白くて楽しい殺し合いができる。

わたしが力を抑えなくたって、お互いにボロボロになるまで戦いあえるはず。

わたしに致命傷だって与えうる、そんな力を蓄えてきてくれるって、信じてるの。


「旅の中で学んだんだよ」


人間のこと。

知らなかった様々な感情。

未来ってことも、考えるようになれた。


我慢も、じっと待つことも。

未来に向けて、楽しさを増やす要素になるんだよ。



わたしは王座の上で足をばたつかせながら笑った。


「きっとこれで、」


いつか。

いつの日か、わたし達が戦って。


「もっと美味しくなるの」


戦いの余波でボロボロの瓦礫と死体の中で、噛みしめるその味は……きっと。



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