わたしを倒す旅の三十四歩。
アルの魔力が増大する。
耳や爪が鋭くなり、より屈強な体に最適化されてく。
鬼の魔力を解放したアルは、これまで以上にきっと強くなる。
「っ」
と考えていた間に、アルが私のすぐ横に一瞬で距離を詰めた。
薙ぐように振るう剣がわたしの頬を掠める。
「やればできるじゃん」
躊躇いが消えて本気を出せば、アル達は間違いなく強いのだ。
「魔王を倒す」
斬撃が繰り返される。
より早く、鋭く、重い一撃を、わたしは後ろへ下がって躱した。
「それが俺達のやるべきことだ」
驚くほど冷たくなった視線に、追い詰められていくのを感じながら、わたしは防戦一方になった。
「わっと」
アルの剣技の合間に、死角からフランクの一撃が混じった。
アルの攻撃をいなすのに手いっぱいだったわたしは、フランクへの対応が遅れる。
反射的に根を伸ばしてみるけど、あえなく断ち切られて、真っ直ぐと視線が交わる。
フランクの目からは表情が読み取れなかった。
幾多にもにもある根の、他の一本をフランクの足元に這わせると、フランクが後ろへ退いた。
その間にもアルの攻撃は止まない。
「風よ」
わたしが風の刃を飛ばすも、それがアルに届く前に別の方向から来た魔法で相殺されてしまった。
きっとリナに違いないの。
「仕方ないの」
根を足に戻して、両足に能力を込める。
脚力というには異常な力が働いて、わたしはアルの攻撃を逃れた。
王間の高い天井に届きそうなくらい飛び上ってから、アルの頭上目掛けて異様な速度で加速落下して隕石のように落ちた。
「む」
避けるような時間はなかったはずだけど、アルが身を翻してわたしの落下を避けた。
残念なの。
落下地点は大きく床が崩れて、瓦礫の山となる。周りの床はヒビが入ったし、不安定な足場の完成だ。
「ここかのっ」
その場で体勢を整える私の背後から、声と同時にタイチョーの大剣が襲う。
自分で作った不安定な足場だけど、わたしを中心にグチャグチャだったから、避けようにも避けにくくって。
強化した自分の左腕で受け止めたけど、そこから血が流れているのを感じた。
「さすがだね」
強化していたから、そこまで深い傷じゃないけど傷つけられたのは事実。
一人じゃなくて、協力して連携するからこその厄介さがあるの。
人間の戦い方って、本当面白い。
わたしは大剣を受け止めたまま、魔法を詠唱する。
「氷は幾千もの針になり、風は不可視の刃となれ」
空気中の水分が細かく細い針となり、わたしを中心に発生した渦巻く風が触れたものをばっさり切り捨てる。
「これはまずいか?」
タイチョーが魔法を防御するために、この場を離れた。
けど。
「リナが邪魔する」
遠くでリナが皆を守る魔法を唱えてる。
だから、決定的な攻撃にはなってないようだった。
人間の時には使わなかった、そこそこ強めの魔法なんだけどなー。
「本当、強くなったよね。みんな」
小さく呟いた時。
「まあな」
「ッ!」
あまりにも近い場所から声がして、わたしの体が吹き飛んだ。
「……ちょっと意識の外だったから、気が付かなかったよ」
アルがわたしの体を吹き飛ばしたのだ。
リナの方に意識がいってたから、アルのこと考えてなかった。
「でもね」
壊れた床の瓦礫を操って、アルの足に攻撃を仕掛けた。
「やられっぱなしじゃないよ」
アルの足元にあった瓦礫を使ったからか、うまく当たった攻撃でアルの体がブレる。
同時に、他の皆の周りにもたくさんの瓦礫を打ち出した。
手ごたえのある感触もあったから、誰かには攻撃が当たっているはず。
「風よ」
追い打ちとばかりに、みんなに風の刃を放つ。
風の刃は目で見にくいし、アルのように体勢が崩れている人になら、当たるはずなの。
「くそっ」
案の定、風が当たって傷を深めたアルが悪態をつく。
意外といい感じに決まって、アルの肩口に深い傷が生じる。
「風、っ」
わたしが追い打ちに魔法を唱えようとすると、フランクが阻止してきた。
きっとフランクは魔法当たらなかったんだね。
「でもね。フランクが来たの、見えてたよ」
わたしはそのままフランクの攻撃をすり抜けて、胴を蹴り上げる。
さっき脱出に使った能力によって蹴り上げた部分に異常な力が集約して、フランクを驚くほどの速度で壁際まで吹き飛ばした。
「フランク!」
フランクが壁にぶつかりながら口から血を吐いたのが見えた。
タイチョーの心配した声が響く。
「攻撃後に生まれる隙に、頭上から小さな火で奇襲する。うん、さすが」
わたしの頭上で生まれた3つの火の玉。
1つで気を引いた隙に、残りの2つを足とかに当てて、アル達のために動きを止める予定だった。という感じかな?
「ふふ。でもバレたら奇襲にならないんだよ?」
魔法の風で火の玉を消すのと同時に、手を鳴らして生成した突風をリナに投げつけた。
リナの近くにタイチョーもいたから、ついでにタイチョーも巻き込んでみた。
風の刃も混ぜているから、リナとタイチョーの傷が増えていく。
「厄介な」
「誉め言葉だね」
アルが剣で斬りかかる。
フランクもリナもタイチョーも。決して少なくない怪我やダメージを負っている。
アルだってさっきの肩の傷があれば、長く剣を握っていると不利になるのは分かっているはず。
「……なかなか、強いね」
苦しい表情をしたフランクが、アルの背後で剣を構えた。
「これが、魔王か」
「……どうしてなのかしらね……」
タイチョーもリナも、戦意は失っていない。
武器を手に、魔王に立ち向かう。
これが勇者一行。
本当、素敵で興奮しちゃう。
「俺達は、お前にやられてやる気はない」
「うん」
アルがわたしに言い放った。
「なら、全力でわたしを倒してみせて?」
「……ああ。そうするよ」
アルの剣に魔力が集まる気配がした。
黒い魔力が纏まって、わたしの心臓もドキドキしてきちゃったよ。
わたしがアルに向ける視線を断ち切るように、タイチョーが間に入ってわたしの足を狙った。
「ラヒーよ。悪く思うな」
わたしが避けるのが遅くなったら、わたしの足は切り落されていただろう。
機動力を奪うのは戦いの基本だから、タイチョーの選択は間違っていない。
こんなことで腹を立てたりなんてしないのに。
「思わないから、大丈夫だよっ」
タイチョーの大剣を避けながら、わたしはフランクの剣を魔法で受け止めた。
足を止めるとタイチョーに狙われ、タイチョーの攻撃とは違う方向からフランクが隙をつく。
だから、わたしは避ける足を止められないし、攻撃を察知して防御しないといけない。
アルの力が集まり切るまでの間、他の三人でわたしの意識を逸らす。
もし、わたしが皆と一緒にいるままだったのなら、わたしも魔法で協力したのだろうね。
「足元の魔法は、ちょっと面倒だね」
タイチョーとフランクの攻撃に加えて、足止めのため魔法が足元にちらつくようになった。
足元ばかりに意識を割けば、フランクの攻撃への意識がまばらになる。
だからといって、リナの攻撃ばかりを警戒すれば、タイチョーがすぐさまわたしの足を落とすのだろう。
「それに、そろそろ……」
わたしがこうやって攻撃を避けている間に、向こう側で高まる魔力。
自然と口角が上がってしまう。
わたしは、あの攻撃が気になって仕方がなかったのだ。
旅の間から、ずっと。ずっと。
「アル」
わたしの小声の呟きが聞こえたかのように、顔をあげたアル。
ちまちました攻撃の嵐は止まないままだけど、アルが一瞬にして距離を詰める。
「お前なら、きっとこれも受け止められるんだろうな」
タイチョーの大剣よりも、フランクの切先よりも近く。
「……やろうと思えばね」
「でも、俺達はやらなくてはならない」
アルがわたしの耳元に口を寄せて、抱き寄せるような近さで剣を振りぬく。
声に滲む決意と、若干苦しそうな躊躇い。
受け止められないとは言わない。
きっと受け止めることはできちゃうから。
でも。
「これを待ってたの」
わたしは自分を防御する魔法も能力も、解除をした。
離れていくアルの耳に、届いたのかは分からない。
けど、アルの目が大きく見開かれたのだけが、わたしの目に映った。
わたしに黒い魔力が纏わりつく。
視界は魔力に覆いつくされて、わたしを傷つけようとする魔力の奔流が、わたしの皮膚に突き刺さる。
ずっと、ずっとこの攻撃に心惹かれていたの。
どれだけ鋭いものなのだろうって、どれだけ苦しいものなのだろうって。
こんなに心躍る、未知で体験したくなるような攻撃、最近じゃ全然見た記憶もなくって。
アルの魔力に身を任せる。
わたしは自分が傷つき、血が流れて、その傷が深くなっていくのを感じた。
魔力は傷口から侵入して、体の奥から弾けて壊してく。
奥の奥まで魔力が浸透して、わたしの体のどこにも傷ついていない場所がなくなっていく。
ああ。なんて素晴らしいんだろう。
愉快で楽しい殺し合い。
一方的なお遊びじゃなくて、わたしのことを喜ばせるような戦いって、いつぶりだっただろう。
「っ、は」
周りにあった魔力がわたしから引いていく。
わたしは支えを失った棒切れのように、その場に倒れこんだ。
と同時に、何かがわたしの肩を引き上げてわたしの体は不自然に起き上げられた。
「なぜ防御を止めた」
「あ、……ア、ル?」
声を出そうにも、喉も気道も傷ついちゃって声がうまく出せない。
わたしの肩に触れているのだって、誰なのか。
ここにいるわたしには、もう見えない。
「すき、だか……ら。おねがい。かなえ、てあげるの」
勇者は、魔王を倒すのが目標。
「まおうをたオせば、へいわにな、て。おびえず、こいがで……きて、ミンなわらって」
いつだったか、みんなが言っていたこと、思い出す。
「あるが、ワらう」
わたし、気に入った人のお願いは叶えてあげるの。
一つだけ。
そう、決めているの。
「……バカ野郎」
だから、これでいいの。
これで、アル達のお願い叶ったことになるよね?
「……わたし、はまだナかマ?」
「ああ」
「またわ、たしの……ところ」
わたしのこと仲間だと思っていてくれるのなら。
わたしは信じている。
「さガし、てね」
最後の方は声にならずに、息を吐きだすだけになってしまったけれど。
「おいっ。ラヒー!聞こえるか?目を開けろ」
信じているから、これで良いのだ。
もう、何も聞こえない。
見えない、感じない。
上から押さえつけられているように重くて。指先すら重くて。
けど。
きっと、ああ。
我慢した分、ずっと美味しくなることだろう。




