わたしを倒す旅の三十三歩。
アルがわたしに剣を向ける。
程よい怒気が突き刺さる。
なんて、心地いいんだろう。
「最初はね、暇で退屈で。だから人間領に遊びに行ったの」
高揚する気分の中で、思い出すのはこの旅のこと。
いいおやつを探しに行ったんだよね。
探せば美味しいおやつがあるって信じて。
「その時に、あの勇者一行を選ぶ催しをたまたま見つけたんだよ」
アルは黙って、わたしの言葉を聞いている。
あの時は、力加減を間違えないように頑張ったんだ。
だって、どいつもこいつも弱いんだもの。
動き出さないアル達に、わたしは我慢できなくなって根を伸ばしたの。
王座前にいる私の下半身は、長く太い根が複数ある状態に戻って、そのうちの数本が彼らに伸びていく。
さっきの虫を払った時のように、鋭い先端でその身を貫けるように。
「選ばれたけど。最初の頃は旅もそんなに楽しくないし、つまらないなって思ってたの」
アルが伸びた根を複数切り捨てる。
アルの射程から外れてしまった分は、フランクが素早く切り刻んで、差し向けた根は先端を切り落とされてしまった。
うん、やっぱり皆強くなったね。前のままだったら、きっとこれに反応できなかったくらいの速度だったのに。
「でも、いつの間にか……」
アルが、床を蹴った。
人間ではありえないくらいの速度で。加速しながら私に真っ直ぐ飛んでくる。
「アルの力に魅せられた」
アルの剣が私の首を狙っている。
けど、わたしの首筋に届く前に、わたしは魔法で作った透明の盾で受け止めた。
旅の中でもっとも強く惹きつけられたのは、あの黒い魔力。
鬼の力だって知ったのは随分後になってからだけど、そのことを知った後でも興味は尽きない能力。
「俺の?」
間近まで迫った切先を、わたしに届かせるように。
アルがさらに力を込めたのが分かった。
「そう。アルの」
無表情のまま眼光だけ鋭くわたしを睨みつけるアルに、わたしは笑顔を向けるの。
「魔族は強い者に惹かれてしまうから。その強さに、わたしは魅せられた」
わたしがどれだけ強いと知っていても、魔王の座を狙った魔族がゼロにならないように。
強い者が弱者の死体の上に立って生きているのが、当たり前のこの魔族領。
わたしはアルの圧倒的な力と、人間の不思議な結束力という強さに引き込まれたんだよ。
アルが急に一歩後ろへ飛んだ。
瞬間。
わたしに大きな火球が到来する。
火が襲う一方で、近くから新しい殺気を感じて、わたしは王座の前から飛び退いた。
「魔族にとって戦いとは忌避すべきものじゃない」
退いた先で、火から離れてクリアになった視界。
そこで見えたのは、歯を食いしばっているみたいな我慢する表情のリナと、わたしがいた王座前に剣を突き刺すフランク。
「わたし達魔族はね、命のやり取りをしたいって欲求が魂に刻まれた生き物なんだよ」
その気持ちは、わたしも同じ。
けど。この魔族領にわたしに勝てるような魔族は、存在しない。
わたしが攻撃を逃れたのを認識したアルが、音もなくわたしに迫り来る。
さっきと同様に魔法の盾で受け止めて、動きを止めたわたし。
その背後で唐突に空気が揺れたのを感じて、自分の根を強化。一瞬で根を網のように編み込むことで背後を守った。
「素敵な連携だね」
「っく。さすがにこちらの戦法を理解しているから、やりづらいわい」
背中の根に大きな衝撃を感じたけど、強化しているから突き破れはしない。
息つく暇もなく連撃を与えて、それぞれに注意が向かっているところで不意をつく攻撃。
「ハハハッ。やっぱり皆大好き!」
魔族にはない連帯感。
お互いを理解しているために、可能な戦法。
「強くなった皆なら、わたしを楽しませてくれるって思ってた」
アタリスの出来事は、必要なことだった。
ホントあの狐には感謝しかないよ。
「ああ、今とっても楽しいっ!」
愉快な気分のまま、その場で素早く一回転。
ダンスのように体を回せば、拳くらいの大きさの氷の粒が全方向に大量に生成された。
「もっと、もっと。楽しませて」
わたしの言葉を合図に、それぞれの氷が皆に襲い掛かる。
フランクとタイチョーはそのまま切り落として、リナを庇いながらアルが氷を殴り壊す。
後ろのリナも炎を纏わせて強制的に氷を溶かしているみたい。
「お前は」
「ん?」
氷があらかたなくなったところで、アルが声をあげた。
「今、何が目的なんだ?戦えば満足するのか?」
「目的?」
「ただ戦う。それだけのために、こんなことをしたのか?」
うーん。
ちょっと質問が難しいの。
けど。
「ただ戦うんじゃないよ」
わたしはね、そんな生温いものが欲しいんじゃない。
わたしは部屋中に散った砕かれた氷の破片に意識を集中させた。
「殺し合いたいんだよっ」
ふわりと浮かんだ細かく鋭い氷の欠片を、刃にしてわたしは皆に傷つけていく。
致命傷にはならないけど、この氷の欠片の攻撃力は決して低くない。
アルが苦い顔をして息をのんだ。
「本気が出ない?わたしだと思うと、手が出ない?」
「チッ」
アル達は、ここにきてすぐにワヘイとか言い出していた。
今だって、こうやってわたしと会話をして戦いを避けられる道を探している。
きっと、わたしが戦いたいだけだって言ったら、なら殺す必要はないとその鋭さを収めてしまうのでしょう?
そんなにわたしと戦いたくないのかな。
でもね、そんなこと許さない。
本気でわたしと向き合って戦ってくれないと、満足できない。
「もっと人間を殺せば、本気を出してくれる?人間でも魔族でも、わたしは生き物を殺すことに抵抗はないから、別にそれでもいいよ?」
「おいっ!」
アルだけじゃない、他の皆の方からも息をのむ音がした。
傷ついた勇者一行。
決して少なくない傷だし、戦いに支障がないレベルのものではない。
なのに、わたしはまだ無傷だ。
アル達の心の底にある、戦いたくないって気持ちをわたしは壊したい。
「アルもフランクもリナもタイチョーも。皆、魔王を倒すためにここまで来たんでしょう?」
甘っちょろい戦いなんて求めてないんだよ。
そんなんじゃ、アル達ではわたしを倒せない。
「ねぇ、わたしを倒してみせてよ」
死に物狂いで。
人間の戦いを、わたしに見せつけて。
「ここにいるわたしの心臓に剣を突き立ててよ」
わたしは冷たく言い放つ。
だって本気できてくれなきゃ嫌だよ。つまんないもん。
そうやって苦労して、ボロボロになって。
そうして魔王を倒してくれないと。
魔王を倒すって願いを、叶えてあげられなくなっちゃう。
「出来ないなら、仕方ないからいいよ」
狙ったのは、フランク。
動き出さないアル達に、わたしはそっと宣言をする。
わたしの根を一本、フランクの心臓目掛けて伸ばす。
「まず一人目」
反応しきれないフランクの前に、躍り出たのはアルだった。
フランクを押しのけて、アルが剣でわたしの根を逸らす。
「……今のはフランクがこのままだったら、死ぬような攻撃だったぞ」
アルが怒りを押さえつけるように、声を抑えて囁く。
だから、わたしは言ってやった。
「一人目として始末しようとしたんだもん。当然でしょ?」
ギリギリ間に合うだろうって速度で放ったけど、さすがアル。
ちゃんと間に合ってくれた。
けど、そんなことをアルは知らないもんね。
「そうか」
アルは一瞬だけ目を瞑り、再び開けた時には全然視線の鋭さが違った。
「今代勇者として、俺はお前を討つぞ」
「うん。魔王として、そんな勇者を迎え撃つよ」
宣言の重さに、庇われて呆然としていたフランクも、苦しそうだったリナも、表情を変えないタイチョーも、目の色を変えた。
みんな、とっても素敵な感じ。
勇者として、魔王を倒す。
その最後の一瞬の時のため、ずっと剣を握っていてくれたのなら。
「うん。とっても嬉しいよ」
きっとわたしは満たされる。
そう思うんだ。




