わたしを倒す旅の十八歩。
メルの家を後にして、わたしたちはやっとお菓子を売っている街へ到着した。
「お菓子!」
「いや。悪いが皆に話したいことがある。後にしてくれ」
「むむ」
アルが街の宿に着いた時に、低い声で告げた。
タイミングが悪いの。
「情報が手に入ったから、その共有がしたい」
アルが目線で示したから、取った部屋の一室へ皆で入る。
すると、アルは他のみんなに見えるように、何かの塊を掲げた。
目を向ければ、それは本のように見える。
あと、見間違いじゃなければ、メルが帰り際にアルに手渡してた物に似てるの。
「アルよ、何だソレは?」
タイチョーが怪訝な顔をする。
フランクやリナも、興味津々にアルの手の中の物を眺めている。
「先々代の勇者一行の旅の記録だ」
息を飲んだのはリナや、驚いた表情で固まったフランク。
タイチョーは面白そうに目を細めて、アルは険しい顔のまんま。
ふーん。
メルが渡していたのは、メルのおばあ様が残した記録だったんだね。
人間から見た、魔族について。
それって、ちょっと興味があるよ。
「アル、中には何が書かれていたの?」
わたしは近くの簡素なベッドに飛び乗りながら聞いた。
早く聞きたくて、前かがみになっちゃうよね。
ルンルン気分だよ。
「先々代の勇者の記録なんて、そんな貴重なものをどうやって手に入れたのよ?」
各々、旅荷物は部屋の片隅に下し終えている。
リナはわたしの隣に腰かけて、フランクやタイチョーはわたし達の近くの床に腰かけた。
「先日立ち寄ったメルが、勇者と共に旅した聖女の弟子だったようだ。城で残された記録に合致する部分も多いから、偽りではないと判断した」
「王城の記録は一般には公開されていないから、それと合致するなら問題ないね」
「勇者一行が魔族領から生還したという記録はない。勇者が帰って来ず、消息がつかめなくなったら次の勇者が選ばれる。その繰り返しだ」
「ああ、だから、歴代の勇者の旅の記録は貴重なんだよね。まだ平和な王都周辺なら勇者は記録を残す必要もないし、魔族領が近くなってからでは勇者の記録は大抵紛失してしまう」
アルとフランクの会話に、ちょっと気になる単語が混じったから、わたしは思わず声を出してしまった。
「紛失?どうして?」
魔族領が近いと、どうして無くなっちゃうの?
ちょっと良く分からないよ?
「魔族領が近くなると、強い魔物が襲ってくることがあるんだよ。その混乱の最中でなくなってしまうことが多いんだ」
「魔族領に住んでた魔物が、人間領へ入ってくるってこと?」
「そうだよ」
餌や住処を求めて、魔物がこっちへ来ちゃうってことかな?
へー、そういうものなんだね。
「この街は、魔族領に最も近い辺境の小都市だけど、この街を境に、村も町も減っていくはずだ。強力な魔物を前に、一般人は倒す術を持たない。この都市はある意味、人間の最後の砦みたいなものだよ」
「砦……?」
「この街では力を合わせて、魔物を追い払うんだ。人間が集まって、追い払うだけの力を得ているんだよ」
力を合わせるとか、連携とか。
人間って、魔族とは違う考え方をするよね。
うん、でも今のわたしなら、ちょっとだけ理解できるんだよ。
一人じゃ倒せないから、魔王を倒す勇者は仲間をつれていく。
皆で魔王を倒そうとする。
「助け合うことで、一人の時よりも、ずっと大きな力になる?」
「そういうこと」
正解!というように、フランクがわたしの頭に手を伸ばして撫でてくれた。
「話を戻すぞ」
アルが、この場の空気を変える。
フランクも他の人も、一気に真剣な雰囲気になる。
「この記録によると、先々代の勇者は魔王に対峙したようだ」
「なっ!」
「本当にすごい記録じゃない!今まで魔王に関する情報は何一つ残っていないのよ?!」
興奮するリナの隣で、わたしは首を傾げる。
魔王と対峙したって言った?
えー、わたしの所に生きているユウシャってたどり着いたことないよ?
だって、見たことなかったもん。
ユウシャは、魔族領の中でたまに落ちてる死体しか見たことなかったんだよ。
城で落ちてあるのをウィリアムに聞いても、「ゴミですよ」としか言われないし。
試しにつまみ食いしてみても、美味しくないし。
ほらゴミって言ったのに、みたいな顔するウィリアムにムカってするし。
「種族は分からないが、とてつもなく強かったと書かれている。どういう攻撃をしてきたのか、分かりもしなかったと」
「なんだと?!そこまで強力なのか……」
「魔王の名はウィリアム。といっても、正式に魔王だと名乗りはしなったようだが、強さの次元が違うから間違いないだろうと書かれている」
淡々とした口調のアルとは対称的に、タイチョーが驚愕した後に、分かりやすく暗い声を上げた。
ていうか!
ウィリアムは魔王じゃないってば。
ウィリアムったら、わたしの知らないところでユウシャの相手をしていたんだね。
もう!言ってくれればわたしが遊びたかったのに!
次会ったら、ウィリアムにはお仕置きだね。
「その戦いから、聖女だけが逃げおおせることができたようだ。そして、その情報を城に持ち帰ろうとしたが、聖女一人だけでは王都まで戻ることができなかった」
「それで、森の中に?」
「勇者一行であれば、旅の最中に立ち寄る場所を選んだようだな。そこで次の勇者を待っていたらしい」
その聖女が、メルのおばあ様だね。
「それで、彼女は重大な情報を次の勇者に託そうとしてくれたようだ」
「重大な情報って何かしら?」
「この都市から魔族領へ向かう街道を外れた場所に廃都市がある。数百年前に魔物の襲来でなくなったものの、その都市の役割により並みの魔物では近寄れない聖なる都市」
「聖なる都市?……もしかして、おとぎ話の聖都市アタリスのこと?!」
リナが急に大きな声を出すから驚いた。
と、それよりも。
「聖都市アタリス?おとぎ話?……何それ?」
「ラヒーちゃん、知らないの?!」
「有名なの?」
「すごく有名よ!」
リナが大興奮でわたしの肩を掴んで前後に振る。
有名って言われても、わたし全然聞いたことないんだけど。
「才能のなかった魔法使いアタリスが、様々な苦悩や努力の末、ある都市に辿り着くのよ。神に祈りを捧げるアタリス。その最中にその都市に魔物が襲ってくるけど、これまでの努力のおかげで急に神から祝福を授かったアタリスがそれを退けることができたの」
「ふーん?」
「それで。大魔法使いになったアタリスのことを讃える意味も込めて、その都市の名をアタリスとしたのよ。そしてアタリスの加護により、それ以降その都市に魔物が近寄ることも出来なくなって、聖都市と呼ばれるようになったって話よ」
「人間って、そんなに急に強くなるの?」
わたしが質問すると、タイチョーが苦笑しながら呟く。
「まあ、あれは物語だからな。普通じゃ起きないことが書かれている」
ふーん。物語だから、おかしなことが起きても許されるんだね。
それで、その物語がなんなんだっけ?
「それがそうとも言い切れないようなんだ」
「ん?どういうことだ」
「聖都市アタリスは実在する。聖女は、アタリスの伝承を調べて魔王討伐に活かせないか考えていたようだ。その結果、強力な力を秘めていたのは都市の祭壇だと突き止めた、とある」
「祭壇?」
「その都市の祭壇で、力を求めて祈るとその願いが叶うらしい」
皆、ちょっと驚いてアルの持っている記録を凝視している。
「その祭壇は、魔を退ける効果も秘めているようだな。並みの魔物では近づけない」
「それがアタリスの真実か……。聖女の記録なら信ぴょう性はあるね」
魔物を退ける効果?
それってメルも同じこと言っていた。日々オイノリをする魔石が、退けるんだって。
その魔石ってメルに力を貸していたよね。
……もしかして、同じなんじゃない?
「不思議な祭壇ね」
魔石は求めるものに、その魔力を貸し与える。
魔力を持たない人には、魔法の力を。
物語のアタリスには、魔法使いとしての成功するための魔力を。
かつて見た大きな蜘蛛には、子供を守るための力と知恵を。
生存本能しか持たない吸血蝙蝠には、生き長らえるために突然変異するだけの力を。
聖女としての力を求めたメルには、聖なる力を。
不思議でもなんでもない。
そう考えれば、辻褄が合うんじゃないの?
「その祭壇で、強くなりたいと望めば……」
アル達は、今よりももっと強くなれるんじゃない?
「物語のように急激な強さを得ることができるかもしれない。試す価値はあると思う。先々代はその廃都市を見つけられなかったようだが、探す価値はある」
今もゾクゾクするくらいの価値はあるのに。
それがもっと強くなったなら……。
アルだけじゃなくて、リナもフランクも、タイチョーもより強力になったなら。
……わたしに届くかもしれない。
「じゃあ、次の目的地は決まったな。アタリスを探そう」
「そうね!廃都市だとしても、物語の舞台に行けるのなら、見てみたいわ」
旅の目的を思い出して、わたしは思う。
アル達は、魔王を……倒せるかもしれない。
わたしを倒せるかもしれない、って。




