わたしを倒す旅の十七歩。
向かい合うわたしとメル。
「ねえ、今度こそちゃんと教えてくれる?」
「ラヒーちゃんのことも教えてくれるならですね」
「わたし?」
うーん、なにを教えればいいのかな?
と考えながら、私は昼間のことをふっと思い出す。
***
昼間、メルはわたしにアルのことを教えてくれなかった。
それどころかオイノリを終えてからは、始終警戒したようにわたしと接したの。
それから程なくして、タイチョー達が納屋の修繕を終えて、わたし達はメルの家を後にすることになった。
別れ際。
メルは、アルに何かを手渡しているのを見たんだ。
それが何だったのか、わたしは知らない。
けど、メルはアルから離れると、そのままわたしの耳元で囁いた。
「夜に、再びここへ来て下さい。……一人きりで」
わたし、きっと夜にこっそり教えてくれるんだって思ったの。
だから、わざわざアル達にバレないようにこうやってメルの家に戻ってきた。
ちゃんと分身をアル達のところに置いてきたから、バレないはずなの!
***
「私の目は、人には見えないものを映します」
「うん?」
いきなり何の話?
メルは、昼間と違ってわたしを家の中に入れてはくれなかった。
小屋の前で真っ直ぐに立ったまま、何かを両手で握りしめていて。
力を込めすぎてて、手に筋が浮かぶくらい。
最初に果物をくれた時とは、どこか違う態度なんだよね。
……なんでなんだろ?
「おばあ様は、私の目は真実を映す言ってくれました」
「真実?」
暗くて、月明かりしかないというのに。
メルの目は爛々と光輝いている。
不思議なほど、濃密な魔力を帯びて。
エメラルドという宝石以上の輝きを秘めている。
「最初、勇者様の周りには禍々しい魔力が覆っていて、とても人間だとは信じられませんでした。でも、ちゃんと見れば、中心の魔力は人間でした」
「ああ!それが、見えていたことなんだね」
昼間のわたしの質問への答えなのだと分かったから、わたしは微笑んだ。
わざわざ勿体ぶった話し方をするから、何のことかと思っちゃったよ。
なーんだ。メルの魔眼には魔力が見えていたんだね。
納得なの。
けど、魔力かー。
アルって魔眼では禍々しく見えるんだね。
わたしはそう思ったことなかったから、驚いちゃった。
「……逆に、貴女は人間にしか見えませんでした」
メルが握っているものを、さらに強く抱きしめるのが分かった。
あの腕の中にあるのは……、魔石かな?
メルの頭と同じくらい大きな石だよ。
「その石は、昼間地面に埋まっていたやつ?」
「ええ、良く分かりましたね。私がこの石に祈れば、弱い魔物は退けられるはずなのですが、貴女には効果すらないようですね」
「ううーん?」
メルがわたしに敵意を向けてくる。
でも、どうしてわたし、こんなに睨まれているの?
何かしたっけー?
と、わたしは小さく首を傾げた。
「ですが、目を凝らせば良く分かる。その歪さを。その仮面の下から漏れ出す、強い死の気配を帯びた魔力。人ならざる者の波動です」
「死の気配?」
「怨嗟の声が聞こえてきそうなほど、禍々しい魔力です。その力、数多の命を奪って手に入れたのではないですか?……貴女は人間ではありませんね。一体、何者なのですか?!」
「うーん。そんな気配感じたことなかったんだけどな」
試しに自分の手を見てみても、やっぱりそんな気配は感じない。
自分じゃ分からないのかな?
それともメルの魔眼が特別製なのかな。
死、といわれてもねー?
わたしはラダヒー。死体に咲く、大輪の花。
飽き飽きしてしまうほど長い時間の中で、数えきれないほど多くの死体を食べてきた。
「おばあ様は聖女でした。かつて勇者と共に魔王討伐を目指した程の実力を持った」
「へー。それはすごいね?」
「魔王ウィリアムに敗れ、おばあ様だけが生きながらえた。おばあ様は、この地で魔族の侵略を食い止めることを定めと課して、その命を全うされました」
魔王ウィリアム?
んん?
ウィリアムが魔王だったことなんて、一回もなかったはずだけど?
なんだか言っていることがおかしいの。
「ねえ、ちょっと待ってほしいんだけど」
「私は聖女の弟子。この地を踏む魔族を打ち滅ぼす者。ご覚悟下さい」
「えー、無視……?」
無視された上に、そのままメルは何かの詠唱をしている。
メルの手の中の魔石が輝きを放って、その魔力をメルへと流しこんでいるのが見てとれた。
うーん。
聞き間違いじゃなければ、今メルが唱えているのって、結構強い魔法だったと思う。
一応、わたしは一通りの魔法を勉強したからね。
どんな魔法かも、知っているんだけど……。
「わたしには無意味なの」
わたしには効かない。
そんな程度の魔法なの。
まあ、人間からしたらすごい魔法なのかもしれないけど。
わたしからしたら、そうでもない。
現れる光の奔流。
メルの詠唱が終わった瞬間に、こちらへ飛び込んでくる。
わたしはその魔法に向かって、魔力を纏った腕を一本突き出した。
人間並みに能力を落としていたとしても、この程度なら食い止めるのは容易い。
そう思っていたけど……。
「……ッ!」
開いた手の平から、痛みが走った。
おかしいの。
わたしが魔法の効果を見誤った?
ううん、そんなはずないの。
この魔法には、わたしを傷つけるだけの力なんてないはず。
「これでも聖女の端くれなのですが、……全く効かないのですね」
光の奔流が収まった後、わたしがそのまま立っているのを見て、メルが苦々しくしてる。
全力を注いだのか、大きく肩で息をしている。
「何をしたの?普通の魔法じゃなかったよね?」
わたしは傷ついた手のひらを眺めた。
横一線に切れた、手のひら。
あの魔法で、こんな傷はつかない。
「まだまだ!」
メルがわたしの質問に答えず、魔石を抱え直す。
注視してみれば、魔石からメルへと流れ込む魔力がメルの体の中で渦巻き、その質を変えていく。
「何あれ、すごい!」
魔力の変質。
まるでメルを強化するように、魔力が呼応している。メルを強化している。
きっと、アレがわたしが傷ついた原因だ。
わたしはそう直感した。
あんなの、見たことないよ!
「うふふ。メルって本当面白いね」
気に入ったかも。
「滅せよ!」
メルが、違う詠唱を唱え終える。
さっきとは違う魔法だけど、威力は同程度のはず。
さっきみたいに手を突き出してみれば、綺麗に一線、わたしに切り傷が増えた。
「だけど、おんなじ手品はもう要らないや」
わたしは、突き出したのとは逆の腕を横に振るった。
魔法なんてちゃんとした技術じゃなくて、魔力を放出しただけの力技。
幼稚な暴力だけど、この程度でも十分だよね?
だって、ほら。
メルが受け止められなくて、大きく吹き飛ばされた。
「……っ。ほ、本当に、化け物ですね」
「ねえ、お願い一つだけ叶えてあげようか?」
転がり、倒れこみ。
苦しそうにしているメルの近くへ、弾んだ足取りで近寄るわたし。
こんな面白いことを見せてくれたんだもん。
今のわたしは気分が良いんだよ。
「急に、何を?」
「気に入った人には聞いているんだよ」
これまで、わたしが気に入った人なんてホントに少ししかいないけど。
「前魔王は、強かったから気に入ったの。アイツは筋肉やダンディーは褒めなさいって、訳分かんないお願いしてきたんだよ。けど、わたしちゃんと褒めるようにしてるんだ」
タイチョーのこと褒めるのも、前魔王の遺言があったから。
アイツの種族はミノタウルスで、筋肉ムキムキだったから、そのせいだったのかもしれないけど。
筋肉バンザイって叫んで死んだから、きっとすごく好きだったんだね、筋肉。
「ウィリアムはしぶとくて、全然死ななくて。楽しく遊べたから気に入ったの。わたしに仕えたいって頼むから、わたしも統治するの面倒だったし全部任せたんだ」
メルが何を言っているのか分からないって顔をしている。
叶えてほしいお願い、考えやすいように例えを出してあげているっていうのに。
「あ、さっきおかしなこと言ってたよね?ウィリアムは魔王じゃないよ。魔王だったこともない」
そうそう。
さっき変な事言ってたよね。
「現魔王はわたし」
メルのエメラルドの瞳が溢れそうなくらい、目が大きく見開かれる。
「う、うそ……」
「嘘じゃないよ」
信じてくれないの?
正直に教えてあげてるっていうのに。
「わたしを傷つけたの誇っていいよ。出来る人なんてほぼいないんだから」
傷ついた手のひらを広げてみせる。
「まあ、もう治っちゃったけど」
もう傷跡一つない、わたしの手のひらを見て、メルが小刻みに震え始める。
「あ、あり得ない。魔族では治すことの出来ない傷なのに……」
「あっ、さっきのってそういうやつだったんだ」
「あり得ない……」
メルの声に絶望が滲む。
「お願い、ないの?」
一つだけなら、叶えてあげるのに。
お願い言わないなら、もう終わりでいい?
「……仮にも、聖女の教えを受け継ぐ者です。魔の者に頼む願いなどありません」
メルが真っ直ぐ、わたしを見据えた。
「じゃあ、バイバイだね」
揺らめくエメラルドの瞳の前に、手を翳す。
メルの体から力が抜けて、そのまま地面に横たわる。
メルの手からは握りしめていた魔石が転がり落ちて、わたしの足元へ来て止まったの。
「……なんで殺さなかったんだろう?」
この少女を、わたしはまだ殺してない。
これは、意識を奪う魔法で。
……そう。殺して、いないのだ。
自分のことなのに。
これまでなら、そのまま殺していただろうに。
「自分のことなのに……」
わたしの考えがとても不思議。
メルのことを見下ろして、転がってきた魔石を無感情に眺めた。
「この魔石……」
拾い上げた魔石は、さっきのメルの時のように、意思を宿したようにわたしに流れ込んだりはしなかった。
うんとも、すんともしない魔石は、まるでただの石のよう。
「これを貰っていこうかな。あの現象のこと、分かるかもしれないし」
わざわざ声に出してみたけど、持ち主は意識を失ったまま。
「……殺さないで、あげる」
どうしてなんだろうね。
本当、わたしのことなのに、わたし自身がとても不思議なんだよ。
全然、気分が乗らないの。
殺そうって思えないの。
こんなことって、初めてだよ。
殺すよりも、思ってしまうことがあるんだよ。
守っていた魔石がなくなっても、この見習い聖女は、魔族を討ち亡ぼすために生きるのだろうかって。
メルのこれからの生き方を想像したの。
メルは、わたしを憎んだまま、生きてくのかな……?




