1章 閑話① 酒場の珍客
1章 閑話① 酒場の珍客
俺はガズ。このダストホールという砂まみれの星で、しがない酒場をやっている。
しがないとは言ったが、客はそれなりについている。女房と娘を食わせていけるくらいには、稼げている。
昼下がり。本来なら、夜の営業に向けて仕込みをしている時間だ。
なのに今日は、カウンターに客が一人座っている。
時代遅れの、西部のガンマンみたいな格好をした男だった。
入ってきた時から陰気な客だと思っていた。まさか、店の前であんなに暴れるとは思ってもみなかった。
その客は今、俺の出した飲み物を、とびきり不味そうに飲んでいる。
当然だ。
あれは、犬用だからだ。
ダストホールには、デザートドッグと呼ばれる犬がたくさんいる。家族として飼われたり、店や荷物の番をしたり、ソリを引いたり。この厳しい星で、人が生きていくには欠かせない相棒だ。だから、この星で犬を粗末に扱う奴はあまりいない。こんなむさ苦しい酒場にも、当たり前のように犬を連れてくる客がいる。
だから、うちのメニューには犬用の飲み物も載っている。
あの客は、店に入るなりカウンターにどっかりと座り、メニューを開いて、こう言った。
「ファング・リバイバーを」
もう一度言う。犬用だ。
名前だけ聞けば、気の利いたカクテルに聞こえるかもしれない。だが、正真正銘、犬の毛並みを良くするための液状のドッグフードだ。
店を開いてこの方、人間がそれを頼んできたのは初めてだった。
俺は、カウンターの向こうで固まった。
客は不思議そうにこっちを見ていたが、やがて、はっとした顔になった。
そうだ、気づいたか。それは犬用だ。人間用の酒を頼め。
俺の念が通じたのかと思ったら、客はポケットに手を突っ込んだ。ぺらぺらの財布から、じゃらじゃらと小銭を出して、カウンターに並べる。
どうやら、前払いの店だと勘違いしたらしい。
違う。そうじゃない。言いたいのは、そこじゃない。
だが、その背中から漂ってくる陰気さが、あまりにすごかった。何か深い事情があるのかもしれない。俺は黙って小銭を受け取り、グラスにファング・リバイバーを注いでやった。
財布の中に、紙幣は一枚も見えなかった。ギャンブルで大負けして、メニューで一番安いものを選んだだけなのかもしれない。
……だとしても、飲むか? 犬用を。
それはさておき、身なりは悪くなかった。
仕立てのいい宇宙服。白と黒が基調で、差し色の赤が上品にまとまっている。生地も縫製も一級品だ。服に疎い俺にも分かる。
ただ、頭に乗った安っぽいテンガロンハットと、顔の半分を覆うダサいサングラス。これだけはいただけない。服と、絶望的なまでに合っていない。どういうセンスをしていたら、こんなちぐはぐな格好になるんだ。
センスのない客は、犬用の栄養液を不味そうに顔をしかめながら、それでも名残惜しそうに、ちびちびと飲んでいた。
時々、壁のモニターのニュースを見ては、泣きそうな顔で俯き、また一口すする。
「……酔っちまうなぁ」
小声で、そんなことまで呟いていた。
犬用だから、酒は一滴も入っていない。まったく、訳が分からない。
追い出そうかとも思ったが、背中があまりに哀れだったので、やめておいた。
その時、入口のスイングドアの向こうで、鈍い音がした。
またいつもの喧嘩だろう。俺は気にも留めなかった。
前に、よそから来たゴロツキが店先で喧嘩をして、うちのドアを片方ぶっ壊したことがある。その時は、そいつらを挽き肉になる一歩手前まで痛めつけてやった。
ドアの片割れは、今も直していない。あってもなくても変わらないような扉だから、放ってあるだけだ。そのうち直す。
その一件で物騒な噂が立ったらしく、店先での喧嘩はだいぶ減った。おかげで「安心して飲める店」として評判になったくらいだ。
それでも、たまには起きる。今日みたいに。
ドアの隙間から覗くと、制服を着たゴロツキどもが、痩せっぽちの子供を取り囲んでいた。子供は、汚れた水配給チケットを必死に握りしめている。そこへスラムの若造が一人、割って入ったが、多勢に無勢だ。一方的に蹴られている。
すぐに終わるだろう。この星じゃ、あんな胸糞の悪い光景は珍しくもない。
店を傷つけたら、ただじゃおかないが。俺はグラスを拭きながら、冷めた目で成り行きを眺めていた。
すると、犬用の飲み物をすすっていたあの客が、ゆっくりと立ち上がった。
ふらふらと外へ出ていったかと思うと――気づいた時には、ゴロツキどもが、三人とも地面に這いつくばっていた。
あっという間だった。
呻き声を上げるゴロツキの横で、子供が水配給チケットを胸に抱えて、震えていた。
俺は小さくため息をついて、ドアの隙間から手招きをした。
「おい、坊主。こっちに来な」
子供は、弾かれたように店の中へ飛び込んできた。ゴロツキどもが目を覚まして、またちょっかいを出されたら面倒だ。落ち着くまで、カウンターの下に匿ってやる。
カウンターの下では、うちの看板犬のデザートドッグ、サミーが寝そべっている。相手は、こいつに任せておけばいい。
あの奇妙な客は、店に戻ってこなかった。
振り返りもせずに砂埃の中へ歩いていき、さっきの若造が、その後を慌てて追いかけていった。
……何だったんだ、あいつは。
まあいい。今夜来る常連への、いい土産話にはなる。
カウンターに残った空のグラスを片付けて、子供に水を一杯くれてやった。サミーが、子供の手をぺろぺろと舐めている。
壁のモニターでは、まだ同じニュースが流れていた。
『――ワープボックス破壊テロ事件の主犯格、ザック容疑者は、依然として逃走を続けており――』
画面に、手配写真が映る。
ずいぶんと写りの悪い男だった。
……どこかで見たような気もするが、まあいい。
俺は、夜の仕込みに戻った。
【用語解説】
■生活・ガジェット
トリック・リストランテ
食品メーカー『アジヨミ・テクノロジーズ』が作っている、全自動の調理機。専用の素材カートリッジさえあれば、宇宙のありとあらゆる料理を、本場の料理人が作ったのと同じ味で出してくれる夢の機械。
とんでもない高級品で、傭兵の船に積んでいるのはザックくらいのもの。本人いわく「命の次に大事な胃袋の燃料」。
ファング・リバイバー
ダストホールの酒場で出されている、犬用の栄養液。犬の毛並みを良くするためのもので、当然、酒は一滴も入っていない。人間の舌のことはまったく考えずに作られているため、人が飲むと「とびきり不味い」。
ちなみに、ザックがダストホールで飲んでいた「泥水みたいな合成酒」の正体は、これである。
デザートドッグ
かつて「地球」と呼ばれた星から持ち込まれ、ダストホールの過酷な環境で独自の進化を遂げた犬。しつけ次第で、温厚にも獰猛にもなる。番犬やソリ引きなど、この星の暮らしには欠かせない相棒。
水配給チケット
ダストホールのスラムで、命綱である水を配給してもらうためのチケット。持っていれば奪われる標的になり、持っていなければ、生きるために誰かから奪うしかない。どうしても、貧しい人や子供が狙われやすく、この星の治安が悪い大きな原因になっている。
■組織・施設
クリーン・アルテシア
第6セクターにある、パコが経営する超巨大スクラップ工場。「アルテシア」は、廃惑星ダストホールの正式名称。社名には「かつて緑と水にあふれていた美しいアルテシアを取り戻す」という立派な意味が込められている。
実際には、お尋ね者を罠にかけて売り飛ばし、残った船をバラして部品を売りさばいている。看板と中身が、これほど食い違っている会社もない。
ICA公認・正規治安維持部隊(下請け)
ダストホールの治安維持を任された民間の業者。中身は、制服を着たスラムのゴロツキ。
『ICA辺境星区・第4種防衛及び民事活動支援共同体』という立派な正式名称があるのだが、長くて覚えにくい上に、隊員たちの頭ではとても覚えきれないため、誰も使っていない。
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