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1-6 規格外の相棒

1-6 規格外の相棒


 命を削るような脱出だった。


 もう一度やれと言われたら、断る。あんな真似をするくらいなら、ダストホールの酒場の泥水みたいな合成酒を、一気飲みする方がまだましだ。


 体にかかる重さがようやく抜けて、船が宇宙での安定した航行に移った。


 隣のサブ操縦席からは、ガラムの鼻歌と、コンソールを叩く音が聞こえてくる。


「……さて、ガラム」


 俺は操縦桿から手を離して、隣のスキンヘッドを見た。


「お前のおかげで、安く補給もできた。こうして生きて喋ってもいる。感謝はしてる。だから、種明かしをしてもらおうか」


 ガラムは「何のこと?」とでも言いたげに、きょとんと首を傾げた。


「とぼけんな。なんで最初から、罠だって言わなかった」


「旦那は、すぐ顔に出るタイプだと思ったからさ」


 ガラムは悪びれもせずに笑った。


「あの場で全部話してたら、パコに勘付かれてたかもしれねぇだろ?」


「……顔に出る、だと」


「出る出る。俺に銃を突きつけた時なんか、汗だらだらだったぜ」


 言い返そうとして、やめた。心当たりがありすぎる。


「それに、土壇場になりゃ、旦那なら分かってくれると思ってた。実際、ぴったりのタイミングでシールドを張って、コンベアに合わせて推力を叩き込んでくれた。あれが遅れてたら、今ごろ二人仲良く溶鉱炉で煮えてたぜ」


 その通りなので、何も言えない。


 張っていた気が緩んだのか、大きなあくびが出た。俺はシートに深くもたれた。


「で、パコとはどういう関係だったんだ」


「昔からの仕事仲間さ」


 ガラムは、コンソールを叩きながら言った。


「あいつのやり口はえげつねぇぜ。お尋ね者の船を、口八丁で工場まで誘い込む。クレーンで捕まえて、治安部隊に通報する。懸賞金をもらった上に、残った船はバラして部品を売る。一隻で二度おいしいってわけだ」


「見た目に似合わず、よく頭が回る男だな」


 俺は天井を見上げた。


「治安部隊がしくじった時のために、タダの部品に見せかけて発信機まで仕込んでやがった」


「抜け目がねぇのさ。あの発信機は壊しといたが、他にも仕込まれてねぇか、後で確かめとく」


「頼む。……二度と会いたくねぇな、あいつには」


「俺もだ。今日の補給代、踏み倒してきたしな」


「……払ってねぇのかよ」


「旦那が請求書を回してきた時には、もう逃げる段取りだったからさ」


 ガラムは肩をすくめた。


「あいつの下の仕事は、人に言えたもんじゃなかった。給料の未払いなんてしょっちゅうだ。パコは、自分の腹を肥やすことしか考えてねぇ。あの丸太みてぇな腹を見りゃ分かるだろ? いつか抜けてやろうと、ずっと思ってたんだ」


 そこで、ガラムは手を止めた。


 少しだけ真面目な顔になって、こっちを見る。


「それに、これは俺にとっちゃ、またとないチャンスだったんだ。……見ず知らずのチンピラと子供のために、自分の身も顧みずに立ち上がる。そういう人の下で働きてぇって、本気で思ったんだよ。おまけに、ゴールドランクの傭兵様ときた。俺の目に狂いはなかったぜ」


 真っ直ぐすぎる言葉に、俺は咳払いでごまかした。


「ゴールドランク、ね。今じゃ、穴だらけの筋書きで指名手配された、ただのテロリストだ」


「そこなんだよな」


 ガラムが、身を乗り出した。


「時間の矛盾。箱を壊す順番の矛盾。こないだ話したよな。あんなもん、ちょっと考えりゃ誰でも気づく。なんでわざわざ、そんな雑な嘘をついたんだと思う?」


「俺も、ずっとそこが引っかかってた」


 お前に話すまでは、引っかかってることにすら気づいてなかったが。それは黙っておく。


「奴らは馬鹿じゃない。考えられる理由は二つだ」


 俺は、背もたれから体を起こした。


「一つ。きれいな筋書きを作る暇もないくらい、裏で何かとんでもないことが起きて、慌ててる。だから一秒でも早く、身代わりが要った」


「もう一つは?」


「どんなに穴だらけの嘘でも、押し通せると思ってる。ニュースも裁判も、自分たちの言いなりならな。誰も疑わなけりゃ、理屈の穴なんてないのと同じだ」


 ガラムは、苦い顔で舌打ちした。


「……面白くもねぇ話だな。間抜けな敵より、よっぽど質が悪い」


 それから、ぱっと前を向いた。


「ま、この話はやめだ。旦那がそういう顔になっちまうからさ」


 ……また、顔に出ていたらしい。


 ガラムは、軽快にキーを叩き始めた。


 その指先を眺めながら、俺はふと聞いた。


「あのクレーンとコンベア。よくあんな短い間に乗っ取れたな」


「俺が天才だからさ。……ってのは半分でな」


 ガラムは画面から目を離さずに答えた。


「抜けるつもりだったって言ったろ? だから前々から、工場のシステムに、俺のお手製の仕掛けを忍ばせといたんだ。いざって時に、自分が逃げ出すための保険だよ。あとは、あのラブレターを送るだけだったってわけさ」


 最初からパコを信用せず、逃げ道を作っておいた。スラムのチンピラにしては、手回しが良すぎる。


「……お前、ただの何でも屋にしちゃ慣れすぎてるな。どこで覚えた」


 ガラムの手が、一瞬だけ止まった。


「……昔、ちょっとな。どっかの会社の堅苦しいオフィスで、黒い画面とにらめっこする退屈な仕事をしてたんだ。訳あって飛び出して、身元を詮索しねぇパコの下に潜り込んでた」


「追われる身ってわけか」


「お互い様だろ、旦那?」


 ガラムは、にっと笑ってごまかした。


 そこから先、ガラムはさっきの仕掛けの作り方を、専門用語を山ほど並べて語り始めた。俺の頭には、一つも入ってこなかった。


「……で、これからどうする」


 たまらず、話を遮った。


「旦那はどうしたいんだ? 俺はついてくぜ」


「まずは、姿勢制御とジャイロだ。パコの部品を付けるにしろ、まともなのを買うにしろな。このままじゃ、ガタガタ揺れて戦うどころか、俺の尻がもたねぇ」


「違ぇねぇ!」


 ガラムは大笑いすると、メインモニターに周りの星系の立体地図を映した。


「いったん、ここの簡易駐機基地に寄ろうぜ。身を隠しながら修理もできる」


「待て。そんなところに寄って、PDCに見つからねぇか」


「心配いらねぇよ。さっきPDCの通信の履歴を追ってたんだが、この辺りにはしばらく艦隊は回ってこねぇ」


 さらりと言われて、背中が少し寒くなった。


 軍の通信の履歴を、追った?


「……おい。まさか、さっきからコンソールを叩いてるのは、そういうことか」


「旦那ぁ、いくら俺が天才でも、そんなもん、この短い時間じゃ無理だって」


 ガラムは肩を揺らして笑った。


「時間がありゃ、何とかなっちまうかもしれねぇけどな。今回は、とある人物が作った非合法のアプリを使わせてもらったんだ」


「とある人物?」


「前の職場から逃げ出す時に、裏で手を回してくれた、昔の腐れ縁さ。当分会うこともねぇし、旦那が会いたくねぇなら、それでいいだろ?」


「……ああ。それでいい」


 厄介事の匂いしかしない。わざわざ自分から火に飛び込むことはない。


 それでも、ガラムはまだコンソールを叩き続けていた。


「じゃあ、お前はさっきから何をそんなに真剣にやってるんだ」


「トリック・リストランテ、だったか?」


 ガラムが、目を輝かせて振り返った。


「あれ、めちゃくちゃすげぇんだろ? 何が作れるのか、ずっと調べてたんだ。飯にしようぜ、旦那。腹減っちまった!」


 屈託なく笑うその顔は、どこから見ても、ダストホールのスラムのチンピラだった。


 ……本当に、何者なんだか。


「好きなもん選べ。ただし、カートリッジは残り少ねぇからな」


「旦那は?」


「何でもいい」


 俺はシートにもたれて、目を閉じた。


「あの酒場の泥水よりは、何だってましだ。あれより不味いもんは、この宇宙のどこにも存在しねぇよ」


「へいへい。……あ、そうだ、旦那」


 メニューを選びかけていたガラムが、ふと手を止めた。


「さっき、発信機を探して貨物室を漁った時に見たんだが。奥に、でけぇ金属の箱が積んであったよな。ありゃ、何だ?」


 俺は、目を開けた。


「……ただの荷物だ」


「ただの荷物の話で、旦那がそんな顔するかよ」


 ……また、顔に出ていたらしい。


 あの箱を積んだのは、ワープの前だ。あの箱を運んでいる途中で、俺は全部を失った。


「飯の後で話す」


 それだけ言って、俺はもう一度目を閉じた。


 ガラムは、それ以上は聞いてこなかった。


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