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1-5 裏切りの旅立ち

1-5 裏切りの旅立ち


 小一時間ほど、窓の外を補給の重機が行き来していた。


 パコが出ていった後、俺はようやく電子銃を充電器に差した。三日ぶりの食事だ。たらふく食わせてやる。


 重機の音がぴたりと止んだのと同時に、コンソールにパコから通信が入った。


『おう、キャプテン! 補給は全部終わったぜぇ。請求書は送ったからなぁ』


 見た目に似合わず、仕事は早い。少し見直しかけたところで、パコが声を張り上げた。


『あと、さっきあんたが欲しがってたジャイロと姿勢制御装置なぁ! ジャンク品だが、貨物室に入れといてやったぜぇ! オレからのサプライズだ。そいつはタダにしといてやるよ!』


 俺は、思わず画面を見つめた。


 あの脂ぎった巨体の後ろに、後光が差して見えた。今なら、あの手汗まみれの手を両手で握ってやってもいい。


『これからも、オレの会社「クリーン・アルテシア」をよろしく頼むぜぇ!』


 アルテシアは、この星が掘り尽くされる前の名前だ。緑と水の星を取り戻す、とでも言いたいらしい。……溶鉱炉のスクラップ工場に、これほど似合わない社名もない。


 パコは大声で笑いながら、一方的に通信を切った。


 請求書を開くと、ずいぶん安かった。横流し品を扱っているだけのことはある。支払いはガラムに回して、俺は貨物室へ向かった。


 薄暗い貨物室の隅に、子供が一人隠れられそうな大きさの箱が、ぽつんと置かれていた。


 蓋を開けると、緩衝材に包まれて、姿勢制御装置とジャイロが入っていた。型は古い。骨董品に近い。だが、保存状態はいい。


 何より驚いたのは、うちの船にちゃんと合う型だったことだ。船の部品ってのは、メーカーや世代が違えば、まず付かない。適当なジャンクを掴まされて泣く奴はいくらでもいる。


 さっきは「ウチには転がってねぇ」と言っていたくせに、ちゃんと探してくれたらしい。目利きは確かだ。


「あの揺れとも、これでお別れだな」


 部品を持ち上げようと、箱に手を伸ばした時だった。


「その部品、付けない方がいいかもしれないぜ、旦那!」


 いつの間にか、ガラムが後ろに立っていた。


 振り返る間もなかった。ガラムは俺を押しのけると、箱の中へ上半身ごと頭から突っ込んだ。


 逆立ちに近い格好で、箱の奥をがさごそと漁っている。何をしているのか分からず、俺はただ突っ立っていた。


 一、二分ほどだっただろうか。


「ほらな!」


 箱から抜け出したガラムが、右手を掲げた。


 指の間に、黒くて小さな機械がつままれていた。


 発信機だった。


 まだ電源は入っていない。ジャイロの電源から、こっそり電気を盗んで動くように細工してある。


 つまり、俺が喜んでこの部品を船に繋いだ瞬間、俺たちの居場所は筒抜けになっていたわけだ。


「……あの野郎!」


 頭に血が上った。とっ捕まえて、吐かせてやる。


 腰のホルスターに手をかけて、空を掴んだ。


 ……銃は今、コックピットの充電器の中だ。


「無駄だぜ、旦那」


 ガラムは、貨物室の小さな窓から外を眺めていた。


「今から怒鳴り込んだって、『はぁ? そんなもん付いてたかぁ? ジャンク品なんだから、前の持ち主の細工が残ってたんだろぉ』って、あの顔でとぼけられて終わりだよ」


 パコの喋り方の真似が、妙に上手い。腹は立つが、言っていることはその通りだ。タダでくれた物に文句を言っても、言い逃れされるだけだ。


 取り付ける前に見つかっただけ、良しとするか。


 俺が無理やり怒りを飲み込んだ、その時だった。


「……それより旦那。呼んでもいねぇお客さんが、来たみたいだぜ」


 窓の外を見たまま、ガラムが平坦な声で言った。


 俺は窓に駆け寄った。


 巨大クレーンの足元。スクラップ工場の周り。


 赤茶けた砂埃の向こうから、武装したホバーバイクと装甲車が十数台、土煙を上げて走ってくる。あっという間に、俺たちの船を幾重にも取り囲んでいった。


 ……やられた。


 *


 貨物室を飛び出し、コックピットに滑り込む。


 シートに座るのと同時に、通信が強引に割り込んできた。


『あー、コホン! こちらは、ええと……ICA公認の、正規治安維持部隊である! 貴様らにはテロの嫌疑がかかっている! 素直に投降した方が、身のためだ! 逆らうなら……ええい、まどろっこしい! ボコボコにしてやるから、とっとと両手上げて出てこい、このゴミ共が!』


 聞き覚えのある声だった。カメラを寄せると、モヒカン頭が映った。酒場の前で、回し蹴りでスクラップの山に沈めてやった男だ。


 まだ懲りていないらしい。正規軍の真似をしようとして、十秒でボロが出ている。


「ICA公認の部隊ってのは、ずいぶん台詞覚えの悪い役者を雇ってるんだな。次は、三歳児でも読める台本を書いてもらいな」


 相手が顔を真っ赤にして喚き出す前に、通信を切ってやった。


 つけられたのか。いや、違う。発信機はまだ動いていなかった。


 なら、どうやってここが分かった。


 答えは、すぐに向こうからやってきた。


『ガハハハハ! 悪いなぁ、キャプテン! オレたちみてぇないたいけな一般市民は、お上には逆らえねぇのさぁ!』


 パコだった。


 発信機は、念のための保険だったらしい。本命は最初から、こっちだ。


『それにぃ、キャプテンの隣の若けぇのも、こうなるのは最初っから知ってたんじゃねぇかぁ?』


「……は?」


 俺は、サブ操縦席のガラムを見た。


「すまねぇ、旦那。騙すつもりはなかったんだ」


 ガラムは振り返りもしなかった。書き上げたラブレターを確かめるように、キーを軽く何度か弾いている。


 問い詰めようとした、その瞬間。


 窓の外が、暗くなった。


 巨大クレーンが、動いていた。


 無骨な鉄の腕が旋回して、俺たちの真上に覆いかぶさってくる。どん、と重い衝撃。船の天井に、何かが食らいついた。


 警報が、一斉に鳴り響いた。


 工業用の電磁石だ。廃船を丸ごと吊り上げて、溶鉱炉に放り込むための化け物みたいな磁石。今のこの船の出力じゃ、どう足掻いても振りほどけない。


『ガッハッハ! お茶の間を騒がす大物テロリストも、これでブタ箱行きだなぁ! 懸賞金は、ありがたく頂いとくぜぇ!』


 だが、パコの声なんか、もうどうでもよかった。


「てめぇ、売ったのか!」


 俺はベルトを跳ね飛ばして、ガラムの胸ぐらを両手で掴み上げた。


「最初から、これが狙いだったのかよ!」


 頭の中が、ぐちゃぐちゃだった。三日間、誰にも話を聞いてもらえなかった。ようやく一人、聞いてくれる奴が現れたと思ったら、これか。


 通信の向こうで、パコがガラムに「武装を切れ」と指図しているのが聞こえる。胸ぐらを掴む手に、力が入った。


 ガラムは、怯まなかった。


 それどころか、にっと白い歯を見せた。


「どういうことだって? ――こういうことだよ、旦那!」


 ガラムは、胸ぐらを掴まれたまま片手を伸ばし、エンターキーを思い切り叩いた。


 その瞬間、クレーンが勝手に旋回を始めた。


 窓の外で、パコの部下たちが制御盤に飛びついている。だが、鉄の腕は言うことを聞かない。俺たちの船を軽々と吊り上げると、すぐ脇のベルトコンベアの上へ、乱暴に降ろした。


 がこん、と船底がレールに噛み合う。


 同時に、俺の船のメインエンジンが勝手に目を覚まし、唸りを上げ始めた。


 呆然とする俺に、ガラムがにやりと笑った。


「旦那、ベルトは締めた方がいいぜ。舌噛んでも知らねぇぞ」


 ……どこかで聞いた台詞だ。


 その笑い方を見て、ようやく分かった。こいつが何をする気なのか。


 あの火口へ向かって真っ直ぐ伸びる、巨大なベルトコンベア。


 あれは、滑走路だ。


 空母の甲板から、戦闘機を一気に空へ弾き出す仕掛けがある。カタパルト。あれと同じことを、廃船を運ぶためのコンベアでやろうとしている。


 俺はシートに飛び込み、ベルトを限界まで引き絞った。前面のシールドを、最大にする。


『おい、ガラム! てめぇ、クレーンの制御盤をいじりやがったな! コンベアなんかに船を置くんじゃねぇ! さっさと戻せっ!』


 パコの声が、裏返っていた。


 ガラムは、マイクに向かってふてぶてしく答えた。


「いや……ここじゃなきゃ駄目なのさ」


 ガラムが通信を切った、直後。


 安全装置を外されたコンベアが、青白い火花を散らしながら、狂ったような速さで回り始めた。


「飛ぶぜ!」


 背中を、蹴り飛ばされた。


 何百トンもの鉄くずをゆっくり運ぶはずのレールが、軽いコルベット一隻を弾丸みたいに撃ち出していく。それに合わせて、俺はスラスターを限界の先まで叩き込んだ。


 二つの力に押されて、体中の血が背中に張りつく。視界の端が、暗くなる。


 コンベアの終わり。煮えたぎる火口の縁が、目の前に迫る。


 俺は歯を食いしばり、操縦桿を力いっぱい引いた。


「行けぇぇぇっ!」


 船首が、空を向いた。


 背後で、衝撃波が工場の屋根を吹き飛ばした。取り囲んでいたホバーバイクが、木の葉みたいにスクラップの山へ転がっていく。


 赤茶けた大地を、全部置き去りにして。


 ツギハギだらけの錆びた弾丸は、真っ黒な宇宙へ向かって、一直線に駆け上がっていった。


 *


 窓の外が、静かになった。


 振り返ると、沈みかけた陽の光が、ダストホールの大地をいっそう赤く染めていた。


 隣では、ガラムが鼻歌まじりにコンソールを叩いている。


 俺は、さっきまで胸ぐらを掴んでいた自分の手を見下ろした。


 パコが売ることも。クレーンで捕まえに来ることも。こいつは、全部知っていた。知った上で、黙って、俺をここまで連れてきた。


「……おい、ガラム」


「ん?」


「説明してもらおうか。全部だ」


 ガラムは、振り返って笑った。


「いいぜ、旦那。……どこから聞きたい?」


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