1-4 音速の錆び弾
1-4 音速の錆び弾
操縦席に腰を下ろし、メインエンジンのスイッチを押し込んだ。
船の奥で、炉がゆっくりと唸り始める。燃料を一滴でも残すために、この三日間、エンジンは止めたままにしていた。
「動き出すまでに、一つ確認だ」
俺はシートを回して、横に立つガラムを見上げた。
「相棒になるのは勝手にしろと言ったがな。俺には燃料を入れる金も、修理する金もねぇぞ」
「心配いらねぇよ。こう見えて、俺は結構持ってんだ」
ガラムは血の滲んだ唇で笑って、胸を叩いた。
押しかけてきた子分に、初日から金を借りる親分。……これで、いいのか?
俺が頭を抱えている間に、ガラムは隣のサブ操縦席にどっかりと座り込んだ。
「うへぇ、ホコリまみれじゃねぇか」
「ずっと一人で飛んできたんだ。そこはただの荷物置き場だよ」
ガラムは袖でホコリを拭うと、サブのコンソールを叩き始めた。
何気なく覗き込んで、俺は眉をひそめた。
記号と英数字の列が、画面を滝みたいに流れていく。打ち込む指に、迷いがない。スラムで見よう見まねで覚えた手つきじゃない。昔、中枢星系の大企業で見た、巨大なシステムを任された技術者たちと同じ動きだ。
……こいつ、何者だ。
「おい。人の船で、ラブレターでも書いてんのか」
「まあ、そんなとこさ」
ガラムは画面から目を離さずに、にやりと笑った。
「愛しの『お宝』を振り向かせるための、とびきりの口説き文句だよ」
『メインシステム、オンライン。オール・グリーン』
計器に、光が戻った。
*
行き先は、ガラムの知り合いのジャンク屋。飛んで二時間ほどの、北西の第6セクターだ。
推力の設定を詰めていると、ガラムが横から覗き込んで声を上げた。
「おいおい、旦那。この設定、音速超えてるぜ。このガムテープの船で、空中分解しねぇだろうな」
「速く飛べば、それだけ軌道の上のPDCに見つかりにくい。それに、この船はいじりすぎてて、大気の中をのんびり飛ぶより、音速を超えた方が燃費がいいんだ」
「で、空中分解しねぇ保証は?」
「ある。いいか、宇宙ガムテープってのはな、繊維の一本一本に超高分子の――」
「あー、はいはい。分かった、分かった」
ここから面白くなるところなんだが。
穴だらけで左右の重さが狂った機体に合わせて、スラスターの向きを一つずつ手で合わせていく。いかれかけたジャイロの数字は、頭の中で補正する。何十とある発進の手順を、画面も見ずに片付けた。
「……さすがだな」
「ベルト締めとけ。舌噛んでも知らねぇぞ」
船体が地面を離れる。
窓の外では、駐機場の端で、あの油まみれのおっちゃんが両手をちぎれんばかりに振っていた。
錆び弾。三日前、あの人は俺の船をそう呼んで、腹を抱えて笑った。
全部失って突っ立っていた俺を、不器用に笑わせようとしてくれたのかもしれない。
今度この星に来たら、礼の一つも言うか。……いや、やっぱり来たくねぇな。
俺は操縦桿を引いた。
ツギハギだらけの銀の弾丸が、赤茶けた空へ駆け上がった。
*
PDCの目を避けて、地表すれすれを飛ぶ。
低いところで音速を超えれば、衝撃波が地面を叩いて砂を巻き上げる。その砂に視界を奪われたら、そのまま地面に突っ込んで終わりだ。高すぎず、低すぎず。その細い隙間を縫っていく。
撃たれた姿勢制御装置は言うことを聞かず、船体はずっと嫌な揺れ方をしていた。その震えを、手首でねじ伏せる。
こんな飛び方ができる奴は、そういない。
久しぶりに、そう思えた。三日間、酒場の隅で腐っていた何かが、少しずつ元の場所に戻ってくる。
やがて見えてきたのは、ジャンク屋なんて可愛いものじゃなかった。
荒野の真ん中に、山のような三角錐がそびえている。てっぺんには、底の見えない大穴。穴の底で、溶けた鉄くずが真っ赤に煮えたぎっていた。星の地熱を使った、巨大な溶鉱炉だ。
斜面には、船をそのまま載せられそうな幅のベルトコンベアが、火口へ向かって這い上がっている。廃船を丸ごと放り込むためのものらしい。その脇には、船体を吊り上げられそうな、無骨な巨大クレーンが立っていた。
「あのクレーンのすぐ横に降ろしてくれ。先方にも、そう話を通してある」
ガラムは、画面から目を上げずに言った。
なんで、わざわざ船を潰すためのクレーンの真横に停める?
喉まで出かかった言葉を、俺は飲み込んだ。
*
着陸して間もなく、プレハブ小屋から巨体がのっそりと出てきた。
「旦那、外には出るな。この手の連中は、自分の縄張りで上に立ちたがる。船の中に引き込んだ方が、話の主導権を握れる」
ガラムに言われて、タラップだけを下ろす。
どすん、どすん、と重い足音を響かせて、男がコックピットに入ってきた。百キロは優に超えていそうだ。
「パコだぁ。よろしく頼むぜぇ」
廃船を解体して、使える部品を抜いては売りさばく。黒寄りのグレーな商売をしている男だと、ガラムが道中で教えてくれた。
「ガラムよぉ、ずいぶんいい船持ってきたじゃねぇかぁ」
狭いコックピットが震えるほどの大声で言いながら、パコは計器や内装を一つずつ眺めていく。油の浮いた顔で、舌なめずりしながら。
客の船を見る目じゃない。売り物を見る目だ。
差し出された分厚い右手は、手汗でぐっしょり濡れていた。
「……話は聞いてるな。こっちは訳ありだ」
「心配すんなぁ。手配書にツラが載ってようが、金さえ払ってくれりゃ野暮な詮索はしねぇ。それがオレの流儀だぁ」
パコは、汚れた端末を読み上げた。
「燃料は満タン、光学兵器用のプラズマセル、シールドのバッテリー。ここまでは在庫ありだぁ。ただ、ミサイルと冷却ガスは品切れだなぁ」
冷却ガス。PDCの包囲から逃げた時、煙幕代わりに焼いたやつだ。また同じ目に遭ったら、今度は同じ手が使えない。
「たぁだぁ……なんだぁ、この『フードカートリッジ』ってのはぁ」
パコが、首を傾げた。
俺の船には、料理を作る機械が積んである。名前は『トリック・リストランテ』。素材のカートリッジを差してボタンを押せば、本場の料理人が作ったような一皿が出てくる。俺が毎日飲むコーヒーも、こいつが淹れている。傭兵の船にこんな高級品を積んでいるのは、宇宙広しといえど俺くらいだろう。
「俺の命の次に大事な燃料だ。ないのか」
「あるわけねぇだろぉ! こんなスクラップ置き場によぉ!」
……だろうな。泣く泣く、缶詰で手を打った。
「ついでに聞くが、姿勢制御とジャイロの部品はないか。取り付けは自分でやる」
「無茶言うなよぉ。あんたの船は、いじり倒した特注品だろぉ? ウチにあるのは、ポンコツ貨物船から引っぺがしたガラクタばっかりだぁ」
パコはハッチから外へ身を乗り出すと、空気が震えるほどの声で怒鳴った。
「野郎どもー! 仕事だぁー!」
スクラップの山の陰から、屈強な男たちがぞろぞろと出てきて、重機を動かし始める。
「終わるまで、オレの事務所で冷てぇ水でも飲んでくかぁ?」
俺が答えるより先に、ガラムが顔を上げた。
「俺は、まだこっちの仕事が残ってる。……旦那も、そうするだろ?」
その目は、はっきりと言っていた。残れ、と。
「ああ。補給の指示を出さなきゃならねぇからな」
パコが出ていき、ハッチが重い音を立てて閉まった。
二人きりになったコックピットで、俺は小さく息を吐いた。
「……あの男、信用できるのか」
「さあな」
ガラムは画面を見たまま、口の端を上げた。
「でも旦那、先の心配より、今の心配をした方がいいぜ。……俺のラブレターも、これで書き上がりだ」
指が、最後の数行を一気に打ち込んでいく。
ガラムの指が、エンターキーをひときわ強く叩いた。
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