1-3 受付嬢の退屈
1-3 受付嬢の退屈
退屈。
この一言に尽きるわ。
オメガ・ハブの傭兵ギルド、第七支部。その受付カウンターで、私――セレナは、爪に三度目のトップコートを塗っていた。
朝から来た客は、たった二人。どっちも、汗くさいおじさんの傭兵。依頼の掲示板を眺めて、舌打ちして帰っていった。
「セレナ。爪を塗る前に、そこの書類を片付けてくれる?」
隣の席から、同僚のミユキが言った。黒髪をすっきりまとめた、背の高い美人。見た目は私と同い年くらいなのに、なぜか口ぶりがお母さんみたいなのよね。
「今、乾かしてるところなの。動かしたら、よれちゃうでしょ」
「乾かしてる間に、書類は片付くと思うんだけど」
「ミユキは分かってないわね。爪を乾かすのも、立派な仕事のうちよ」
ミユキが、深いため息をついた。
だって、本当に退屈なんだもの。
私が思い描いていた傭兵の世界は、こんなのじゃなかった。
ホロ映画の女傭兵みたいに、格好いい戦闘服を着て、自分の船で星の海を駆けて、悪党を片っ端からやっつける。そのつもりで、家を飛び出してきたのに。
気づけば、場末のギルドの受付嬢。
しかもお給料は、もらったその日に、オメガ・ハブで一番おいしいケーキ屋さんに全部消えてしまった。おかげで今月の残りは、栄養ペーストで食いつなぐしかない。
……あれは仕方なかったのよ。季節限定の、星屑ベリーのタルトが出ていたんだもの。
それもこれも、全部あの男のせい。
「あなたのような方に出会えて、幸運です」なんて、キザな台詞で私に近づいて。「傭兵として独立したい」って夢を語るから、私と同じだと思って、応援したくなった。
言われた額を送った次の日から、あの男は一度も通信に出なくなった。
私の手元に残ったのは、大きなキャリーケースが一つと、指にはまったこの指輪だけ。
右手の人差し指で、金色の指輪が光る。光の加減で、細かい八角形の模様が浮かんで見える。
これだけは、売るわけにいかなかった。……売ったら、どこから来たのか一発でばれちゃうもの。
「――ワープボックス破壊テロ事件の続報です」
カウンターの端のモニターから、ニュースの声が流れてきた。
この三日、どこの局をつけても、同じ話ばっかり。
画面いっぱいに、男の顔写真が映る。
『主犯格の傭兵、ザック容疑者は、依然として逃走を続けており――』
「……ひどい写り」
思わず、声に出ていた。
ギルドの登録証の写真らしい。眠そうな目で、髪はぼさぼさ。証明写真って、どうしてみんなこうなっちゃうのかしら。
でも、私は、なんとなくその顔から目が離せなかった。
ワープボックスを吹き飛ばした、極悪なテロリスト。全宇宙のお尋ね者。
なのに、写真の中のこの人は、ちっとも悪そうに見えない。
私は、悪い男の顔を知っている。
いつも小綺麗に身なりを整えて、キザな台詞で褒めちぎって、こっちが喜ぶ顔ばかり見せてくる。あの男が、そうだった。
この写真の人は、取り繕う気すらなさそう。どちらかというと、締め切りに追われてくたびれた、普通のおじさんの顔だ。
「……ねぇ、ミユキ。テロリストって、もっと悪そうな顔してるものじゃないの?」
「顔で人を判断しちゃいけません。あんた、それで一回痛い目を見てるでしょ」
「うっ」
ぐうの音も出なかった。
「ほら、書類。それと、ニュースばっかり見てないで、仕事しなさい」
「はぁい……」
奥の扉から、支配人がひょっこり顔を出した。湯気の立つ湯呑みを片手に、にこにこと私たちを眺めている。
「おやおや。今日も仲がよろしいですな」
「支配人、この子に何か言ってやってください」
「ははは。若いうちは、退屈も仕事のうちですよ」
ほら、支配人もああ言ってるじゃない。
ミユキが、こめかみを押さえた。
私は、もう一度モニターを見た。
手配写真は、もう次のニュースに切り替わっていた。
でも、あの顔は、なぜか頭に残っていた。
――テロリストなら、隠れながら宇宙を飛び回るのなんて、お手のものなんでしょうね。
私だって、いつかこんな星から飛び出してやる。あの男を見つけ出して、お金を取り返して、ホロ映画みたいな傭兵になってやる。
連れ出してくれる船が、どこかにあればいいのに。
たとえ、それがお尋ね者の船だって。
私は、ぼさぼさ頭のテロリストの顔を、もう一度だけ思い浮かべた。
……あの顔、覚えておこうかしら。
何となく、よ。
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