1-2 無実の証明
1-2 無実の証明
ガラムは、両手を上げた。
怯えた様子は、なかった。腫れ上がった顔で、にかっと笑っている。
「おいおい、慌てんなって! 俺は旦那を尊敬してんだぜ!」
「……は?」
「あの偉そうなPDCの連中に、でっけぇ一発をお見舞いしたんだろ? ニュース見た時から、すげぇ奴がいるもんだって震えてたんだ。生きてるうちに本物に会えるなんてよ!」
箱の番人を気取って、辺境の船乗りにまで威張り散らす連中だ。この星での評判は、すこぶる悪いらしい。
……どうやら、こいつの中では、俺は英雄になっている。
毒気を抜かれて、俺は銃を下ろした。
「……俺は、何もやってねぇよ」
「へ?」
「箱なんか壊してねぇ。出てきたところを、いきなり撃たれたんだ」
ガラムは目を丸くして、それから、にやりと笑った。
「まあ、旦那は最初から俺を撃つ気なんてなかったんだろうけどな」
「……なんでそう思う」
「セーフティ、かかったままだぜ。ここから丸見えだ」
ガラムが、血だらけの歯を見せて笑った。
俺は「気づいてたか」という顔を、どうにか作ってみせた。
セーフティどころか、充電すらしていないただの鉄の塊だということは、墓まで持っていこう。
*
タラップに並んで腰を下ろした。
どうせ正体はばれている。俺は投げやりな気分で、三日前のことを話した。
ワープボックスを抜けた瞬間、PDCの艦隊に囲まれていたこと。箱を壊した容疑だと言われたこと。問答無用で撃たれて、命からがらこの星に落ちてきたこと。
ガラムは、黙って聞いていた。
聞き終わると、ガラムは顎に手を当てて、急に真面目な顔になった。
「なぁ、旦那。軍の連中、旦那が箱を壊したって言ったんだよな」
「ああ。俺が出てきた方の箱は、傷一つなかった。壊れたってんなら、俺が入った方だろうな」
「……妙だな」
「妙なのは全部だろ。無実の人間を、いきなり撃ち殺そうとしたんだぞ」
言いながら、俺は自分の言葉に引っかかった。
いきなり。
そうだ。あれは、いきなりだった。
三日間、誰にも聞いてもらえなかった話を、初めて声に出して並べてみた。そうしたら、ずっと見えていなかったものが、ようやく目の前に出てきた。
「……待て」
「旦那?」
「俺が入った方の箱が壊れたとする。その知らせが着く側に届くのは、どんなに早くても、俺と同時だ」
仕事で、軍の船と組んだことなら何度もある。命令が出てから、駆逐艦の群れが出撃して、包囲の陣形を組み終えるまで。どんなに急いでも、一時間は下らない。
「なのに、俺が箱から出てきた瞬間には、もう全部の砲門がこっちを向いてた」
ガラムの目が、丸くなった。
「……間に合うはずがねぇ、ってことか」
「ああ。俺が箱の中にいる間に、何時間か経ってたか。それとも、軍が最初から、俺が来るのを知ってて待ち構えてたか。どっちかだ」
口に出した途端、背中に冷たいものが走った。
ガラムは、しばらく俺の顔を見ていた。それから、にやりと笑った。
「さすが、ゴールドの旦那だ。……じゃあ、俺からも一つ」
ガラムが、指を一本立てた。
「旦那が箱を壊して逃げた、ってことになってるんだよな。……壊れた箱で、どうやってワープすんだ?」
「……あ」
「旦那が箱に入る。旦那が箱を壊す。壊れた箱でワープする。……な、おかしいだろ。旦那が箱に入って、ワープして、向こうに着いた。その後で、誰かが箱を壊した。そうじゃなきゃ、話が通らねぇ」
ガラムは、立てた指で、俺の胸を軽く突いた。
「旦那には、箱を壊すことはできねぇんだ。最初からな」
言われてみれば、当たり前の話だった。
この三日間、俺は無実を訴えることばかり考えていた。誰も聞いてくれない、と腐っていた。誰がハメたのか。なんで俺なのか。そればかりで、事件そのものを、一度もちゃんと見ていなかった。
ふと、あの箱を抜けた時のことを思い出した。
光が引いた後の、長い眠りから覚めたような、妙にさっぱりした感覚。
何時間か、経ってたか。
……まさかな。
箱の中で居眠りする奴なんて、聞いたこともない。俺は、浮かんだ考えを頭から追い出した。
「ま、難しい話は後だ」
ガラムが、ぱんと膝を叩いた。
「とにかく、さっさと船を直して、どっか安全なとこに移らねぇとな。この星は、ワープボックスから近すぎる」
「……おい」
俺は、ガラムを睨んだ。
「なんで、しれっとついてくる気でいるんだ」
「頼むよ、旦那!」
ガラムは、両手をぱちんと合わせた。
「俺だって、こんな砂だらけの星で一生くすぶってるつもりはねぇんだ。旦那の相棒として、広い宇宙で、でっけぇ花火を打ち上げてぇんだよ! 足手まといにはならねぇからさ!」
俺は頭を抱えた。
面倒な奴に懐かれた。それは間違いない。
だが、一人で腐っていた三日間より、こいつに話したこの数分の方が、よっぽど前に進んだ。
話を聞いて、同じ方を向いて考えてくれる奴。今の俺に一番足りないのは、たぶん、それだ。
「……勝手にしろ」
「っしゃあ!」
ガラムは拳を突き上げると、言うが早いか、タラップを駆け上がっていった。
「じゃあ早速だ、旦那! 安く直せる店を知ってんだ。案内するぜ!」
俺が追いかけてコックピットに入った時には、もう、ガラムがコンソールを叩いていた。空中に、街の立体地図が浮かび上がる。
「北西の第6セクターに、顔なじみのジャンク屋がいてよ――」
「待て。なんでお前、うちの船のコンソールを動かせるんだ」
ガラムは、悪びれもせずに笑った。
「機械に関しちゃ、俺の右に出る奴はいねぇんだよ」
……本当に、何者なんだ、こいつは。
俺は、コックピットの窓から、ツギハギの船首を眺めた。
入った方の箱が、壊された。着いた方では、軍が待っていた。
その間に、何があった。
あの箱の中で、俺の時間は、どこへ消えたんだ。
突き止めてやる。
消えた時間も。俺をハメた奴も。全部、引きずり出してやる。
【用語解説】
■人物
ザック
本作の主人公。凄腕のフリーランス傭兵で、ランクは上から数えた方が早い「ゴールド」。愛機は『シルバー・バレット』。何者かの罠でワープボックス破壊テロの主犯格にされ、全宇宙から追われる身となった。
テンガロンハットとサングラスで変装しているつもりだが、本人も認めるとおり、かえって目立っている。腕は確かだが、愛銃の充電を忘れるなど、どこか抜けている。
ガラム
ダストホールの第4地区をシマにする、スキンヘッドのチンピラ(自称・何でも屋)。見た目に反して正義感が強く、子供を庇って警備員に袋叩きにされていた。
機械にめっぽう強く、頭の回転も速い。ザックの話を聞くなり、「壊れた箱でワープはできない」という順番の矛盾を見抜いてみせた。何やら隠していることもありそうだが。
■組織・世界観
ワープボックス(正式名称:位相跳躍箱〈フェイズ・チェンバー〉)
宇宙船ごと、はるか彼方の星系へ一瞬で跳べる巨大な装置。人類が宇宙へ広がるのを支えてきたが、跳ぶ仕組みの核心は公開されていない。
今回の事件では、ザックが入った「出発側の箱」が破壊されたとされている。
ICA(星間企業連合)
国に代わって宇宙を仕切る、四つの巨大企業が出資して作った連合組織。ワープボックスを独占して管理している。
辺境の星の治安維持は下請けの警備会社に丸投げされており、その評判はすこぶる悪い。
PDC(高次元位相転移装置防衛艦隊)
ICA直属の防衛艦隊。ワープボックスの周りを見張る「箱の番人」。
ザックが箱から出てきた瞬間、すでに完璧な包囲の陣形を敷いていた。その早さは、どう考えても不自然である。
■地名
惑星ダストホール(旧名:第4惑星アルテシア/ダストホール星系)
ザックが逃げ込んだ辺境の廃惑星。かつては豊かな自然と資源に恵まれた美しい星だった。
開拓時代、ワープボックスの燃料となる鉱石「ルミナライト」を採るために、星の芯に至るまで削り取られ、使い捨てにされた。今では掘りかすの砂に覆われ、文字どおり砂まみれになっている。
統治は弱小企業に丸投げされ、警察の権限もICAの下請けに委託されている。人呼んで「宇宙のゴミ箱」。
■装備・アイテム・資源
ルミナライト(高次元駆動鉱石)
ダストホールをはじめとする資源惑星から大量に採掘された希少な鉱石。一般には「ワープボックスを動かすための燃料」として知られ、宇宙開拓に欠かせない資源とされている。
シルバー・バレット
ザックの愛機。量産型のコルベット(小型の戦闘艦)を、極限までチューンナップしている。
PDCの砲撃と大気圏突入でボロボロになり、宇宙ガムテープでツギハギにされた。駐機場のおっちゃんには「ラスティ・バレット(錆び弾)」と笑われた。
宇宙ガムテープ
宇宙で暮らす者の命綱とも言える万能補修材。宇宙服の裂け目から船体の亀裂まで、とりあえず何でも塞いでくれる。現在のシルバー・バレットの外装は、色も柄もバラバラのこれで継ぎはぎされている。
電子銃
ザックの愛銃。軍用のバッテリーを違法改造で直結させた高出力品で、装甲服ごと中身を消し炭にできる。……はずなのだが、現在は充電切れの、ただの鉄の塊。しかもセーフティはかかったままだった。
ディル(通貨)
全宇宙で使われている共通の通貨(1ディル=約1円)。四大企業が治める中枢惑星では物価が異常に高く、1日の駐機代だけで100万ディルを超える。
口座を凍結されたザックの手元に残った10万ディルは、スラムでは大金でも、トップ傭兵の彼にとっては底辺の駐機場代と変装道具で消える小銭にすぎなかった。
――――――――――
お読みいただき、ありがとうございます。
「続きが気になる」と思っていただけたら、ブックマークや★での評価をいただけると励みになります。




