1-1 弾切れのガンマン
1-1 弾切れのガンマン
安い合成酒は、泥水の味がした。
ここは辺境の廃惑星、ダストホール。
外を歩けば、三歩で口の中がじゃりじゃりになる。昔、ルミナライトとかいう、ワープボックスの燃料になる鉱石を、星の芯まで掘り尽くされたらしい。その前は、アルテシアという名前の、緑と水にあふれた星だったそうだ。今残っているのは、掘りかすの砂と、行き場のない連中だけだ。
俺はその掃き溜めの、さらに隅っこの酒場で、昼間からグラスを舐めていた。
名前はザック。三日前まで、ゴールドランクの傭兵だった。
傭兵ギルドのランクでいえば、上から数えた方が早い。大企業の重役の護衛だの、艦隊同士の小競り合いの助っ人だの、そういう仕事が向こうから舞い込んでくる身分だ。
それが今じゃ、口座は凍結。愛機はガムテープでツギハギ。財布に残っていた十万ディルは、スラムなら一家がひと月は食える額でも、俺にとっては小銭だった。それも、三日分の駐機代と、このテンガロンハットとサングラスに化けた。
ついでに、全宇宙のお尋ね者だ。
カウンターの端で、砂を被った古いモニターがニュースを流している。
『――ワープボックス破壊テロ事件の続報です。ICAは主犯格の傭兵、ザック容疑者の行方を――』
画面いっぱいに、俺の顔写真が映った。
しかも、写りが悪い。よりによって、ギルドの登録証の写真だ。
俺はハットを目深にかぶり直した。この店に来る途中、露店で買ったものだ。安物のサングラスもかけている。大昔の地球で流行ったという、西部のガンマンそのものの格好だ。
変装のつもりだった。どう見ても、悪目立ちしている。
……まあ、誰も気づいてないんだから、良しとしよう。
カウンターの向こうでは、身の丈二メートルはありそうなヒゲ面のバーテンダーが、黙ってグラスを磨いている。店に入ってから、こいつが喋るのを一度も聞いていない。
何とかなる。何とかしてやる。三日前は、本気でそう思っていた。
だから、この三日間で、やれることは全部やった。
まず、傭兵ギルドに連絡した。「登録は凍結中です」の一点張りで、担当者にすら繋がらなかった。
次に、付き合いの長い依頼主たちに、片っ端から通信を入れた。重役の護衛を何度も引き受けた企業もあった。海賊から助けてやった船団の船長もいた。名乗った途端に、全員が回線を切った。
最後に、ICAの窓口へ、無実を訴える文書を送った。返事の代わりに、発信元を逆探知する信号が飛んできた。慌てて端末の電源を落とした。
三日かけて分かったのは、一つだけだ。
誤解ってのは、聞く耳を持った相手がいて初めて解けるもんだ。全宇宙が相手じゃ、どこから手をつければいいのかも分からない。
外が騒がしくなったのは、一杯きりのグラスを、ちびちびと舐めていた時だった。
怒鳴り声。鈍い音。もう一度、鈍い音。
バーテンダーは顔も上げない。この星じゃ、いつものことらしい。
入口のスイングドアは片方が壊れていて、カウンターからでも通りが丸見えだった。
砂埃の中で、男が一人、三人がかりで蹴られていた。
蹴られている方は、見るからにチンピラだ。蛍光オレンジのだぼだぼのジャケットに、すり減った安全靴。つるつるのスキンヘッドに、トライバル柄の刺青。顔は腫れ上がって、口の端から血が垂れている。
蹴っている方は、胸にICAの下請けマークを付けていた。この街の治安維持を任されている警備会社――という名目の、制服を着たゴロツキどもだ。こんな辺境の星には、ICAの本社の人間なんて来やしない。代わりに、ろくでもない下請けが好き勝手をやっている。
「たかがスラムのガキの水配給チケットを巻き上げたぐらいで、正義の味方気取りかよ、ええ?」
チンピラの背中の後ろで、ボロを着た小さな子供が、泣きながらうずくまっていた。
なるほど。
砂しかないこの星で、水の配給チケットは命綱だ。警備員がそれを子供から巻き上げて、あのチンピラが割って入った。そういうことらしい。
見た目に似合わず、損な性分の奴だ。
「いいか、俺たちはICAから正式に委託されてんだ。逆らう奴は、テロリストとして処理していいことになってるんだよ!」
警備員の一人が、腰から電磁警棒を引き抜いた。親指で出力のダイヤルを回す。一番上まで。
人間を殴るための出力じゃない。
テロリストとして処理。
便利な言葉だな、と思った。俺もつい三日前に、同じ言葉で処理されかけた。
気がつくと、俺は立ち上がっていた。
*
なんで立ち上がったのか、自分でもよく分からない。
酔っていたのかもしれない。蹴られている奴が、自分に見えたのかもしれない。
ただ、足の方が先に動いて、気づけば砂埃の通りに出ていた。
ハットの鍔を、指で少し持ち上げる。
腰のホルスターには、愛用の電子銃。軍用のバッテリーを違法に直結した、高出力のプラズマガンだ。装甲服だろうが、中身ごと消し炭にできる。
まあ、手加減はしてやる。俺は優しいんでね。
グリップを握り、抜きかけたところで、手が止まった。
……充電、してねぇ。
ここしばらく、仕事は船に乗っての撃ち合いばかりだった。地べたで銃を抜くなんて、何か月ぶりだ。
あまりの間抜けさに、思わず鼻で笑ってしまった。
「あァ? 何笑ってんだ、てめぇ」
警備員の一人が、こっちを睨んだ。
「スラムのドブネズミが、ガンマン気取りか? 牢屋にぶち込まれるか、お星さまになるか、選ばせてやろうか」
俺はグリップから手を離し、首をゆっくりと鳴らした。
「どっちも遠慮しとく。狭いところは苦手でね。星になる趣味もない」
「……舐めやがって」
「代わりに、三つ目はどうだ。お前らが、ここで仲良く昼寝する」
「殺せ!」
三人が、警棒を振りかぶって突っ込んでくる。
遅い。
落ちぶれても、三日前までゴールドだった男だ。制服を着ただけのゴロツキに、素手で負ける理由がない。
先頭の一人の大振りを、半歩沈んでかわす。がら空きのみぞおちに、腰を乗せた拳を一発。
男は目を剥いて、砂の上に崩れた。
背中から掴みかかってきた二人目の腕を取り、そのまま背負って地面に叩きつける。岩に頭を打ったらしく、そいつは白目を剥いて動かなくなった。
残った三人目が、後ずさった。モヒカン頭が、ぶるぶる震えている。
踏み込んで、回し蹴り。顎を打ち抜かれたモヒカンは、通りの脇のスクラップの山に突っ込んで、静かになった。
数秒の出来事だった。
酒場の窓から覗いていた客たちが、しんと静まり返っている。
……何やってんだ、俺は。
頭に上っていた血が、すうっと引いていく。
店の奥のモニターでは、まだ俺の顔が映っていた。
全宇宙から追われてる男が、街のど真ん中で警備員を三人のして、どうする。
さっさと船に戻ろう。
俺はのびた三人を跨いで、駐機場の方へ歩き出した。
すぐに、後ろから足音が追いかけてきた。
「だ、旦那! 待ってくれ! ありがとよ!」
さっきのスキンヘッドだった。
無視して、歩く速度を上げる。今の俺と関わったら、こいつまで追っ手に巻き込まれる。
だが、そいつは尻尾を振る犬みたいに、ぴったり横に並んできた。
「俺はガラム! この辺の第4地区で、まあ、何でも屋みてぇなことやってんだ。旦那、強ぇな! さっきの動き、素人じゃねぇだろ!」
腫れた顔で血を拭いながら、ガラムと名乗った男は勝手に喋り続けた。昔はどこそこにいただの、機械いじりなら誰にも負けねぇだの。
俺は一言も返さずに歩いた。
場末の民間駐機場は、錆と油の匂いがした。
ポケットの遠隔スイッチを押す。軋んだ音を立てて、俺の船のタラップが降りてくる。
ガムテープだらけの、ツギハギの船体。
ガラムの声が、ぴたりと止んだ。
見た目はゴミ屑みたいなもんだ。だが、量産型の船体を極限までいじり倒したスラスターの形と、船の大きさに似合わない物騒な武装は、隠しようがない。
「……おい」
ガラムが、船と俺の顔を見比べた。
「ニュースで流れてた船と、そっくりじゃねぇか。ボロボロだけどよ。……旦那、まさか、あの『ザック』かい?」
まずい。
正体を知られた。それだけで、今の俺には十分すぎる脅威だ。こいつが懸賞金に目がくらめば、一時間後には、この駐機場は警備隊に囲まれる。
考えるより先に、手が動いていた。
ホルスターから銃を抜き、ガラムの眉間に突きつける。
乾いた風が、俺たちの間を吹き抜けた。
暑くもないのに、こめかみを汗が伝っていく。
この銃に弾が入っていないことを、知っているのは俺だけだ。
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