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プロローグ 理不尽の出口

プロローグ 理不尽の出口


「貴艦には、ワープボックス破壊の容疑がかかっている」


 たった今、そのワープボックスから出てきたばかりの俺に向かって、軍はそう言った。


 数秒前まで、俺はゴールドランクの傭兵だった。


 どうやら今は、全宇宙のお尋ね者らしい。


 *


 ワープボックス。船ごと潜り込めば、はるか彼方の星系へ一瞬で跳べる巨大な箱だ。


 仕組みはエレベーターと変わらない。乗り込んで扉が閉まり、次に開いたら別の場所にいる。違うのは、着く先が隣の階じゃなく、何光年も先の星系だってことくらいだ。


 箱の中で何が起きているのかなんて、誰も気にしない。エレベーターのワイヤーを見たことがある奴が、どれだけいる?


 国に代わって宇宙を仕切る巨大企業の連合、ICAがこの箱を管理していて、宇宙中の誰もがそれを当たり前に使っている。


 俺もその一人だった。


『転送先、ダストホール星系。乗員の皆様、ICAが提供する快適な旅をお楽しみください』


 愛機『シルバー・バレット』のコックピットに、いつもの合成音声が流れる。


 俺はこの声が嫌いだ。理由は特にない。


 飲みかけのコーヒーに手を伸ばしたところで、視界が白く弾けた。


 一瞬の浮遊感。光が引くと、長い眠りから覚めたような爽快感が残る。


 染みついていた機械油の匂いまで消えて、新品の船に乗り換えたような気分だった。箱を抜けるたびに思うが、思い込みってのは大したもんだ。


 いつもなら、ここから退屈な航海が始まる。


 メインモニターが、真っ赤に染まった。


『警告。複数の火器管制レーダーによるロックオンを検知』


 窓の外を見て、俺はコーヒーをコンソールにぶちまけた。


 箱の出口をぐるりと囲んで、重武装の駆逐艦がひしめいている。


 箱を守る防衛艦隊、PDC。いわば箱の番人だ。その砲門が一つ残らず、俺一人に向いていた。


『こちらPDC第4辺境防衛部隊。出口のコルベットに告ぐ。所属、船名、艦長の氏名を明らかにせよ』


「フリーランス、ゴールドランク傭兵のザックだ! 船は『シルバー・バレット』、艦長は俺本人! 正規の手続きで箱を通ってきた客に、何のつもりだ!」


 識別コードを叩きつけるように送る。数秒の沈黙。


『照合完了。対象をザック、船名シルバー・バレットと特定。ワープボックス破壊、ならびに第一級反逆罪の容疑で拿捕する。エンジンを停止し、全武装を解除せよ』


「寝ぼけてんのか! 俺は今、無傷の箱から出てきたばかりだぞ!」


 怒鳴っても、返ってくるのは同じ文言だけだった。


『最終通告の期限を過ぎた。全艦、撃て』


「ハメやがったな……!」


 操縦桿を引き倒し、リミッターのスイッチを拳で叩き割る。


 ミサイルとレーザーが、雨のように降ってきた。逃げ道なんてどこにもない。直撃を食らうたび、機体が悲鳴を上げる。


 足元のカバーを蹴り飛ばし、冷却ガスの緊急バルブを引き抜いた。ワープ明けの火照った機体を冷やすためのガスだ。


 そいつを宇宙にぶちまけて、レーザーで焼く。


 燃え上がったガスは、レーダーも光学センサーも潰す巨大なプラズマの雲になった。宇宙で焚く煙幕みたいなもんだ。


 煙の真ん中へ、船の名札代わりの識別信号を出す装置を撃ち出す。


「そっちの身代わりでも撃ってな!」


 PDCのミサイルが偽物の名札に群がり、宙域が爆発の光で埋まった。


 その隙に、船の電源を全部落とす。死んだふりだ。


 熱も光も出さない鉄の塊になったシルバー・バレットは、散らばったデブリに紛れ、慣性だけで包囲の外へ滑り出た。


 眼下には、赤茶けた辺境の惑星、ダストホール。


 俺は重力に引かれるまま、その星へ落ちていった。


 *


 逃げ切った代償は、でかかった。


 大気圏に突っ込む前に、穴だらけの外装をどうにかしなきゃならない。予備電源を入れて、船外アームを動かす。


 アームが握っているのは、宇宙ガムテープ。宇宙服の裂け目から船体の亀裂まで、とりあえず何でも塞いでくれる、傭兵とジャンク屋の命綱だ。


 色も柄もバラバラのテープで弾痕を塞いでいくうちに、自慢の愛機は見る影もないツギハギになった。


 どうにか最寄りの民間駐機場に滑り込み、精算機に決済カードを差し込む。


 エラー。


 ゴールドランクとして長年溜め込んできた口座は、ICAの手で凍結されていた。


 追い打ちのように、手首の端末が震える。ICAの一斉通知だった。


『指名手配 ザック ワープボックス破壊テロ事件・主犯 懸賞金付き』


「……仕事が早いことで」


 財布の中身は、現金で十万ディルほど。明日までの駐機代を払ったら、修理どころか燃料もまともに入れられない。


「おいおい兄ちゃん。よくこんなゴミの塊で、大気圏を抜けてこられたな」


 油まみれのおっちゃんが、ツギハギの船を見上げて笑っていた。


「船の名前は?」


「……シルバー・バレット。銀の弾丸だ」


 おっちゃんは、腹を抱えて大笑いした。


「これのどこが銀だ! ガムテープとサビと焦げ跡だらけじゃねぇか! こいつは『シルバー』なんて大層なもんじゃねぇ」


 太い指が、俺の愛機を指差す。


「『ラスティ・バレット』。錆び弾だな!」


 錆び弾、か。笑えない冗談だ。


 あの箱を抜けたときの、妙にさっぱりした感覚が、なぜか頭から離れなかった。


 まあいい。どうせ何かの間違いだ。誤解なら、解けばいい。


 何とかなる。いや、何とかしてやる。


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