2-2 黒幕の円卓
2-2 黒幕の円卓
――オメガ・ハブから遥か何万光年も離れた、銀河の中心宙域。
星間企業連合(ICA)本部の最深部に位置する、完全遮断された極秘会議室。
宇宙一のセキュリティと、一切のラグを許さない最速の量子通信によって構築されたそのオンライン仮想空間は、息が詰まるほどの重々しい空気に支配されていた。
円卓の席についているのは五名。
進行役として上座に座る、少し丸みを帯びた体型で頭頂部の薄い、まさしく「おじさん」と呼ぶにふさわしい初老の男。
そして、彼を取り囲むように座る四名のホログラム映像だ。彼らこそが、この宇宙の経済、物流、軍事のすべてを牛耳る「四大企業」の実質的な支配者たちである。
「で、では、次の議題に移りたいと存じます」
ICAのトップであるはずの『長官』は、ホログラムの四人に対してペコペコと頭を下げながら、額に浮かんだ汗をハンカチで拭った。
「四大企業の一角、ステラ・デベロップメント(SD)社より頂戴致しました情報と、その後の状況変化についてのご報告です。貴重な情報提供の件、SD社副社長アルベリック・ロートシルト様には、重ね重ね感謝を申し上げる次第であります」
「ふん」
長官の媚びへつらうような言葉を、アルベリック・ロートシルトは鼻で笑って切り捨てた。
結ばずに流した長いブロンドの髪、高く彫りの深い鼻筋。痩せ型で高身長なその男は、氷のように冷たい目で長官を見下ろした。
「我々の家族の出がらしのような、あのバカな年の離れた妹の事など正直どうでも良い。だが、目下の問題は早期に片付けねばならん。父でもある総統の御心を乱す問題を解決できるのであれば、恥を忍んで情報を提供したまでのこと。貴様ごときに礼を言われる筋合いはない」
「は、はいっ。ごもっともでございます……。まずは頂いた情報の再度確認です」
長官は手元の資料に目を落とし、早口で要約を読み上げた。
「家出をされたセレナ様が、辺境の傭兵ギルドにて『絶対権限リング』を使用。それによりSD社へ位置情報が発信されました。SD社が現地エージェントに念のため調査を依頼した結果、彼女が、我々が血眼になって探している手配犯『ザック』と共に行動していることが判明。……その事実を、当ICAへご報告いただいた、という流れでございます」
「そんな事を時系列順に伝える為に、我々ヴァンガード・オービタルの時間を奪うつもりでしょうか?」
地を這うような、知的な低音が響いた。
ヴァンガード社の実質的なナンバーツーであるCTO(最高技術責任者)、ライオネル・モックだ。黒い肌と鍛え上げられた筋肉質な肉体を上質なスーツに包んだ彼は、つまらなそうにホログラムの指先でテーブルを叩いた。
「事の経緯など既知の事実。本題をお願いします、長官」
「ひぃっ、し、失礼いたしました!」
長官はビクッと肩を跳ねさせ、滝のように滴り落ちる汗をハンカチで乱暴に拭った。
「そ、その情報を元に、我々ICAは直ちに宇宙軍(PDC)を現地へ向かわせました。ザックは捕縛、抵抗すれば殺害もやむなし。セレナ様につきましては、必ず無傷で保護するよう厳命しております。……ですが、誠に遺憾ながら……現在、対象を見失ってしまった次第でして……ッ」
「……はっ」
黙って話を聞いていた一人が、明らかな苛立ちと呆れを隠すことなく鼻で笑った。
ジール社の社長、イアン・カールマン。ツンツンと逆立てたベージュ色のソフトモヒカンと、獲物を狙う獣のようにギラついた目が特徴的な男だ。
「こいつは驚いた。我々四大企業から莫大な予算を吸い上げておきながら、PDCの無能どもはネズミ一匹捕まえられないとでも言いたいようじゃないか。……まさか長官、この期に及んでこの場で『予算の増額』などというふざけた冗談を言うつもりではないだろうね?」
イアンのギラついた視線に射抜かれ、長官の顔面から一気に血の気が引く。
「まぁまぁ、イアン。長官も明らかに動揺しているじゃないか。可哀想に、汗を拭くハンカチまでビショビショだよ」
ピリついた空気を楽しむように、甘く、それでいて毒を含んだ女の声が響いた。
華潤通商の『大姐』と呼ばれる女傑、フェイ・イェンだ。
昔、東洋と呼ばれた地球の古い伝統衣装を思わせる、深いスリットの入ったドレス。彼女は長官の方を見もせずに、長く伸ばした爪の先を、照明にかざして眺めていた。
「そういうお前は、この状況を正しく理解しているのか? フェイ・イェン」
イアンが突っかかると、フェイ・イェンは優雅に足を組み替えた。
「やだねぇ。この私が、何の手土産も持たずにこんな退屈な会議に参加するとでも思って?」
「ふん。では、その土産とやらをさっさと明かしてもらおうか」
「はぁ。ガッツキ過ぎる男は嫌われるのよ? ご存じない?」
余裕たっぷりに冗談めかすフェイ・イェンに対し、ライオネル・モックが冷徹な声を挟む。
「我々の時間を言葉遊びで消費するのは、いささか勿体ないのでは?」
「……それもそうね」
フェイ・イェンはふっと笑みを消し、紅を引いた唇を吊り上げた。
「華潤の管理星系から、『星核結晶』が奪われたわ」
その言葉に、アルベリック、モック、イアンの三人が微かに眉を動かした。長官に至っては「ヒッ」と短い悲鳴を上げて息を呑んでいる。
「話はここで終わればよかったんだけど、続きがあるのよ。奪った連中をうちの私兵部隊が追っていたんだけど、連中もなかなか上手く逃げていてね。けど、見つけたのよ。……判明したのは、奪った首謀者が『ツクヨミ』だということ」
「あぁ……、あの女狐が治める企業か。いかにもやりかねないな」
アルベリックが忌々しそうに呟く。
「ええ。そして、そのツクヨミが星核結晶の運び屋として頼ったのが……私たちが血眼になって追っている、あの『ザック』というわけよ」
「しかし、待てよ」
イアンが怪訝そうな顔で口を挟む。
「そもそもなぜ、ツクヨミはあんたのところの星核結晶を奪おうと考えたんだ? あれは華潤のお得意な『兵器開発用』のマテリアルだったはずだろ? そんなマネをすれば、華潤の苛烈などという言葉では済まない報復を受けることぐらい分かるもんだろ」
「えぇ、そうね。ツクヨミが星核結晶を奪って、華潤の報復を受けるリスクをとってでも手に入れたかった価値のあるもの……。それは、『疑似ワープボックス』の起動でしょうね」
その場にいた全員が、ハッと息を呑んだ。
「どうしても逃げたい元ゴールドランクの傭兵を使って、極秘施設へ向かわせた所を見ると……私の読みは当たりだと思うわよ」
「ということは、我々のワープボックスの独占利権が、ツクヨミに潰される可能性が出てきたということか?」
イアンがギリッと奥歯を鳴らす。
「いえ、あの結晶のエネルギー量だと往路はいけても、復路は無理だそうよ」
フェイ・イェンは冷たい目で首を振った。
「ただ、問題なのはそこじゃなくて……我々のワープボックスの『秘密』が、ツクヨミに完全に露呈する可能性が出てきたということよ」
「秘密の露呈、だと?」
イアンが怪訝そうに眉を顰める。
「ええ。うちが掴んだとある情報によれば、ツクヨミの一部の研究者たちは、ルミナライトの出力だけで空間跳躍ができるわけがないって、気づき始めてるらしいわ。判明した研究者は始末した。けど水面下で、彼らは星核結晶ほどの莫大なエネルギーを使って、『本物の空間跳躍』を証明しようとしている」
フェイ・イェンの言葉に、ライオネル・モックが低い声で合点がいったように呟いた。
「なるほど。もしツクヨミが本物のワープを成功させ、それに必要な『莫大なエネルギー量』の理論を確立してしまえば、我々のシステムとの間に致命的な矛盾が浮き彫りになる。……既存のICAのワープボックスは、空間を跳躍しているのではなく、『全く別の手法』を用いているということに気付かれるのは時間の問題でしょうな」
「そっ、それはかなり不味いのではないでしょうか?」
素っ頓狂な声を上げた長官が、ガタッと椅子から立ち上がった。
「こ、コホン!……ただちに我々ICAと、管理下のPDC全艦隊を即座に動かします!」
「今から動くなんて、遅すぎるわ」
フェイ・イェンは、ゴミでも見るような目で長官をねめつけた。
「そんな鈍足な仕事していたら、うちの総帥にひき肉にされるわよ。良かったわね、長官が華潤の社員じゃなくて」
「なっ……し、して、華潤はどのような手を打ったと……?」
「取り急ぎ、ツクヨミの船を全部徴発しておいたわ。あいつらが逃げられないようにね。さらに、うちのお抱えの傭兵を現地に向かわせた」
彼女は長い爪で、コツ、コツとテーブルを叩く。
「傭兵だけで捕まえることはできないかもしれないけれど……『星核結晶』と『ツクヨミ』、そして『ザック』。その三者の繋がりを証明できれば十分。証明できた後は、証拠隠滅のためにツクヨミの研究者と研究所を徹底的に破壊する。……そこまでは、既に動いているわ」
「もちろん、それだけじゃ終わらないんだろ? 『大姐』?」
ほくそ笑みながらイアンが尋ねると、フェイ・イェンは獰猛な笑みを浮かべた。
「当然よ。逃げた先まで追いかけて、完全に潰す。……華潤通商をナメては困るわ」
「ふぅ。華潤のおかげで何とかなりそうだな。うちの会長にも良い報告ができそうだ」
イアンが肩の力を抜き、座る位置を直して深く背もたれに寄りかかった。
「大方、事の全容が見えましたな」
それまで黙って推移を計算していたライオネル・モックが、低く通る声で場の空気を制圧した。
「フェイ・イェン殿の情報で、過去にザックが引き起こしたとされる『ワープボックスの暴走事故』……その真の原因も繋がりました。言葉で説明するよりも、まずはこちらをご覧いただきたい」
ライオネルが手元の端末を操作すると、円卓の中央に新たなホログラム映像が展開された。
それは、二つの監視カメラの映像を左右に並べたものだった。
「左側は、事件当時、『出発側』ゲートの監視映像。右側は、『到着側』ゲートの監視映像です」
映像が再生される。
左の画面(出発側)では、ワープシステムが原因不明の暴走を起こし、大爆発を起こす様子が映し出されていた。そしてその炎の中から、ザックの乗る小型船が間一髪で脱出し、暗がりへと逃亡していく姿がはっきりと記録されていた。
だが、異常なのは右の画面(到着側)だった。
左の画面でザックが逃亡してから『数時間後』。PDCの艦隊が重包囲を敷いて待ち構えるダストホール星系の到着側ゲートから、あろうことか、まったく同じ《シルバー・バレット》が出現したのだ。
「……なんだ、これは」
イアンが怪訝そうに眉をひそめ、アルベリックの目が鋭く細められる。
その瞬間だった。
ICA長官の顔から、先ほどまでの卑屈な汗や滑稽な作り笑いが、完全に消え失せた。
血の気が引き、死人のように青ざめた真顔。先ほどまでの滑稽な小物ぶりは、そこには欠片も残っていなかった。
「我々ヴァンガードは、次世代技術開発のために既存のワープシステムのブラックボックス領域を独自に解析しておりましてね」
長官の様子など意に介さず、ライオネルは無機質な声で説明を続けた。
「世間一般では、ワープボックスは『物体を亜空間を通じて瞬時に移動させる魔法の箱』だと認識されています。しかし皆様ご承知の通り、我々のシステムは、対象を『移動』させてなどいない」
ライオネルは、左右の映像に映る『二隻のシルバー・バレット』を指差した。
「ボックスは、中に入った対象の全情報を、船体ごと素粒子レベルでスキャンし、そのデータをルミナライトを利用して転送先へ送っているだけです」
「そして、送られてきたデータを展開し『全く同じものを再構成』している」
淡々としたライオネルの言葉に、フェイ・イェンが目を細めて問う。
「確認だけど、元のゲートに残った『コピー元個体』の処理は、いつも通り?」
「ええ。通常であれば、到着側での再構成完了の信号を受信した直後、ボックス内で完全溶解(処分)されます。……この宇宙に、同一存在が二つ同時に存在するというエラーを防ぐための、いつものプロトコルです」
沈黙が落ちた。
それはつまり、この宇宙でワープボックスを利用した人間は、例外なく一度死んでいるということだ。
「問題は、この星核結晶という『超新星爆発クラスの規格外のエネルギー体』が、知らず知らずのうちに一緒にボックス内へ運び込まれていたことです」
ライオネルが映像を拡大した。
「星核結晶の異常なエネルギー密度によって、スキャン系が設計限界を超え、システムが致命的なエラーを起こした。ワープ元(コピー元)では、許容量を超えたエネルギーによってシステムが暴走し、設備そのものが物理的に大爆発を起こした。ザックがこの『ゲート破壊』の容疑で即座に指名手配されたのはご存知の通りです」
「一方で、膨大なエネルギーの読み込みにより、出力先のゲートでは大幅な『タイムラグ』が発生しました。その数時間のラグのおかげで、PDCは手配犯の転送先を特定し、艦隊を集結させて完全包囲を敷くことができたわけですが……」
モックの目が、冷徹な知性を帯びて細められた。
「結果として何が起きたか。……出発側の暴走と破損によって、システム内で最も重要なプロセスである【コピー元個体の溶解処理】が実行されなかったということです」
長官の顔面が、今度こそ純白に染まった。
それはつまり。
「出力先には莫大なラグを経て『再構成個体』のザックが現れ……溶解を免れた『コピー元個体』のザックは、施設の爆発に乗じて逃げ出した。ゆえに現在、この宇宙にはザックという人間が『二人』存在してしまっている……。論理的帰結としてはそんな所でしょう。その辺りの事実関係については、ICA側で極秘調査をお願いしたい。よろしいですね、長官?」
「もっ……もちろんです! 長官の権限において、必ず……ッ!」
震える声で答えた長官は、周囲のホログラムの四人を見回し、すがるように念を押した。
「皆様、重々ご承知のこととは存じますが……! あの事故がテロなどではなく、システムのエラーであったこと。そして何より、ワープボックスの実態がコピー元の人間を殺処分し続ける『非人道的な装置』と同義であるということは、絶対に……っ、絶対に一般社会へ露見してはならないのですから……!」
「非人道的、とは言い過ぎだろう」
アルベリック・ロートシルトが、酷薄な笑みを浮かべて長官の言葉を遮った。
「それは、選ばれた我々だけが管理を許された……『超法規的な人類進歩』と呼びたまえよ、長官」
酷薄なアルベリックの言葉を最後に、仮想空間の会議室は、真の闇よりも深い沈黙に包まれた。
――時を同じくして。
オメガ・ハブから遠く離れた、名もなき辺境の星。
薄暗い安酒場の片隅で、深々とフードを被った一人の男が、カウンター上部の古びたホログラムモニターを見上げていた。
『――指名手配中の元ゴールド傭兵、ザック容疑者の足取りは依然として掴めておらず……』
ニュースキャスターの無機質な声が流れる中、男は手元のグラスを傾け、氷をカラリと鳴らした。
「派手にやってるじゃねぇか」
フードの奥で、男の口角が微かに上がる。
モニターの光に照らされたその不敵な横顔は、ニュース映像に映る手配犯『ザック』と、寸分違わぬ瓜二つだった。
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