2-3 寄り道の星
第伍商業星イザナギへの航行は、あっけないほど早く終わった。
道中、宇宙海賊に襲撃されることもなく、レーダーは静まり返ったまま。俺たち《ラスティ・バレット》は、無事にツクヨミ社がお抱えにしている巨大なプライベート・ドックへと着陸した。
「えーっと、ザックから送られてきた修理リストによれば……装甲材はTGH規格のβルミナスで、メインフレームの排熱ファンを最新のに取り替えてくれ、だそうだ。……あ、それとついでに、俺からの個人的な注文で、個室の通信アンテナの出力もこっそり上げておいてくれないか?」
「ははっ、任せておきな。特別なお客様からのオーダーだ、特急で完璧に仕上げてやるよ」
ガラムはさっそくドックの整備スタッフを捕まえて、俺に言われた通りの修理箇所を読み上げながら、何やら念入りに、そしてちゃっかり自分の要望も交えながら、打ち合わせをしている。
この『イザナギ』は、ツクヨミの管理星系の中でも「第伍商業星」という立ち位置にある。
ツクヨミの管理が行き届いている範囲において、ここでは完全な自由経済が認められていた。商船の行き来は凄まじく活発で、民間の駐機場などは予約無しで来ようものなら、空きが出るまで惑星の軌道上を数週間グルグルと回る羽目になるほどの盛況ぶりだ。
今回、俺たちが着陸の順番待ちをすっ飛ばして、しかもツクヨミ直属の最新鋭ドックにすんなりと入れたのは、偏にアンの『顔』が効いたおかげである。この星には、ツクヨミの子会社もいくつか本社を構えているらしい。
「よし、船の修理は任せておけそうだ。俺たちの『最重要任務』に向かうとしようぜ」
「ええ! 私の胃袋の危機を救う、超重要なミッションよ!」
意気揚々と拳を握るセレナと共に、俺たちはドックを後にした。
向かった先は、『アジヨミ・テクノロジーズ』の本社ビルである。
言うまでもなく、空っぽになったトリック・リストランテの素材カートリッジを補充し、食糧危機を解決するためだ。
「すげぇな……上まで見えねぇぞ」
エアカーを降りてビルを見上げた俺とガラムは、口をぽかんと開けた。
「ここがアジヨミの本社ですね」
アンが淡々と言う通り、流石は宇宙を股にかける巨大食品・家電メーカーだ。空を貫くような高層ビル全体が、まるごと会社のオフィスになっているらしい。
ガラス張りのエントランスを抜けると、一階と二階の広大なフロアが、最新調理家電の展示スペースと商談用のラウンジになっていた。
受付のホログラムAIに要件を伝えると、アンが事前に連絡を入れてくれていたのか、すぐに一人の女性スタッフが小走りでやってきた。
「お待ちしておりました。トドロキ様よりご紹介を預かりました、法人営業部のナギサと申します」
パリッとしたスーツを着こなし、淡いピンクの髪をタイトにまとめた知的で柔和な女性だった。
「早速ですが、本日はどのようなご用命でしょうか?」
「ああ、うちの船に積んでるトリック・リストランテのカートリッジ補充だ。それと、最新版のレシピデータも更新してほしい。……『地球風料理』を中心に、な」
「地球風……ですか? 随分とマニアックなご指定ですが、お口に合いますか?」
「ああ。理由はシンプルだ、美味いからな」
俺がウインクを飛ばすと、ナギサは端末を操作し、ふと目を丸くした。
「あの、お客様。確認なのですが、ご乗船されているのはアイアンランクのコルベット艦ですよね? データによりますと、導入されているリストランテのシステムが、大型豪華客船用の『最新ハイエンド版』となっているのですが……」
「ははっ、細かいことは気にするな。傭兵稼業ってのは、見た目によらず羽振りがいい時もあるのさ」
俺は適当な冗談ではぐらかした。
……もらい物だ、とは言わずにおいた。説明し始めたら、令嬢と海賊団の話から始めなきゃならない。
「左様でございましたか。では、カートリッジの補充とレシピの更新、承りました」
ナギサはプロの笑顔に戻ると、タブレットを操作しながら、とんでもないことを口にした。
「すぐに請求書の作成を行えますが……実は現在、ご紹介のお客様限定で『幻の宮廷フルコース・データパック』ならびに『伝説の三ツ星シェフAIモジュール』の特別導入キャンペーンを行っております。こちらを導入すれば、船内が宇宙最高峰の高級レストランへと早変わりいたしますが、いかがでしょうか?」
俺とガラム、そしてセレナの動きがピタリと止まった。
『幻の宮廷フルコース』。
『伝説の三ツ星シェフ』。
その甘美な響きが、俺たちの胃袋を鷲掴みにした。
「「「やる!」」」
三人の声が見事にハモる。
「ありがとうございます!」
ナギサは満面の笑みを浮かべた。
「ただ、こちらをフルスペックで導入するとなりますと、少しばかり値が張ってしまいまして……」
そう言って、ナギサが手元のタブレットに概算金額を入力し、こちらへ提示してきた。
「ッ……!?」
並んだゼロの数を見て、俺は思わず息を呑んだ。ちょっとした高級エアカーが新車で買えるほどの金額だ。
「そ、それは……我らが偉大なるスポンサー様のご意見を伺ってからにしよう」
俺は冷や汗をかきながら、隣のアンに視線を向けた。
アンは提示された金額を確認すると、半眼のジト目で俺の顔をじっと見つめた。
数秒の沈黙の後。
「……はぁ」
アンはわざとらしく大きなため息をついた。だが、その表情は決して嫌そうではなく、むしろ世話の焼ける子供を見るような、どこか楽しげなものだった。
「ナギサさん。支払いはTGHの経費口座へ回しておいてください」
「やったぜ!」
「アン! あんた最高よ!」
俺とガラムはハイタッチを交わし、セレナは歓喜のジャンプを決めた。
「で、これからどうする?」
用事を終えてビルを出たところで、ガラムが伸びをしながら言った。
「船は修理と補給中だ。アンの顔パス特急仕上げだが、それでも終わるまでに丸一日はかかるらしい。それまでは中には入れねぇぞ」
「アジヨミの方も、データのインストールは明日の朝一番になるらしいから……今日は、この星で宿を取ろうよ!」
セレナが目を輝かせて提案する。
「ホテルに行く途中で、ここの自慢の料理も堪能しましょ。ええ、これも全て偉大なるスポンサー様のご厚意のおかげよね!」
「私はOKを出した覚えはないのですけどね」
アンが呆れたように肩をすくめた。
「まぁ、どうせ泣きつかれるんでしょうから構いませんよ。夕食なら、私のオススメのお店を紹介します」
*
予約したホテルは、オメガ・ハブのゴロツキが闊歩しているような安宿とは次元が違った。
エントランスには本物の大理石が敷き詰められ、部屋はそれぞれ立派な個室。ベッドは雲のようにフカフカで、窓からは『イザナギ』の美しい都市夜景が一望できる、文句なしの最高級ホテルだった。
だが、そんな圧倒的な高級感を前にして、セレナだけは妙に落ち着き払っていた。
チェックインの際の手続きや、ベルボーイへのチップの渡し方など、無意識の所作が完全に「本物」のそれなのだ。普段の騒がしさが嘘のように堂々としており、逆に少し気持ち悪いぐらいだった。
荷物を置き、ロビーに再集合した時のこと。
「よぉ、キャプテン。フカフカのベッドで飛び跳ねて、天井に頭ぶつけなかったか?」
ガラムがニヤニヤしながらからかうと、セレナは顔を真っ赤にして反論した。
「う、うるさいわね! 天井になんてぶつけてないわよ!」
「跳ねてはいたんですね……」
アンの冷静なツッコミに、俺たちは腹を抱えて笑った。
*
夜。
アンの案内で向かったのは、繁華街の裏路地にひっそりと佇む『トモシビ』という名の小料理屋だった。
店内はカウンター席のみ。厨房の中央には、今では宇宙のどこを探しても滅多にお目にかかれない「本物の炭」を積んだ焼き台が鎮座していた。
「へぇ……炭で火を起こすなんて、風情があるじゃねぇか」
何代もここで店を営んでいるという主人は、整えられた顎ヒゲにタオルを頭に巻いた、ガタイの良い男だった。無口だが、テキパキと焼き台を操る姿には生粋の職人らしさが漂っている。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
出迎えてくれたのは、主人の奥様である「女将」だ。
昔、地球の東洋で着られていたという『和服』のような古風な合わせの衣装を纏い、とてもおっとりとした雰囲気を漂わせている。あの苛烈そうな主人とどうして夫婦になれたのか不思議なくらいだが、手早くおしぼりや配膳を行う姿を見ていると、妙に相容れる、お似合いの夫婦だという気がした。
「アンちゃん、久しぶりだねぇ。今日は『オマカセ』でよかったかい?」
「ええ、お願いします。それと、この二人には『トリアエズナマ』を。私はいつものお茶で」
「私も! フルーツジュースお願い!」
やがて、キンキンに冷えたジョッキが俺とガラムの前にドンと置かれた。
一口あおる。
「……ッ!」
とてつもなく美味かった。
ほのかな苦味が舌を刺激し、きめ細やかな泡の甘さがそれを優しく包み込む。何より、シュワッと弾ける炭酸の喉越しが、脳天を突き抜けるような心地よい爽快感を生み出していた。
「クゥ〜ッ! キンキンに冷えてやがるっ……!」
俺がアンに事前に言われた通り叫ぶと、アンがくすりと笑った。
「トリアエズナマを飲んだら、それを言うのが『しきたり』らしいですよ。不思議な事に、飲んだらつい言ってしまうみたいですね」
「違いない、言いたくなる気持ちは痛いほど分かるぜ……!」
ちなみに俺は、このトリアエズナマを船に持ち帰れないかと、真剣に交渉した。だが主人に「長距離航行中の振動と温度変化じゃ、樽の圧力管理が難しい。それに、うちの生は店で飲むもんだ」と一蹴され、泣く泣く諦めることになった。
ジョッキを瞬く間に飲み干し、おかわりを頼んだ頃、料理が運ばれてきた。
「お待ちどおさま。うちの看板料理、『ヤキソリ』です」
それは、竹串というよくしなる木の棒に刺さった鶏肉を、炭火で焼き上げたシンプルな料理だった。華やかさはないが、古風な伝統と格式を感じる佇まいだ。
まずは塩だけで味付けされた一本を齧る。
「……美味い」
色んな星で鶏肉料理を食ってきたが、「素材そのものの美味さ」をここまで引き出したものを食べたのは初めてだった。
鶏の脂の甘みと、炭の香ばしい匂い。
噛み締めるたび、表面の香ばしさの奥から熱い肉汁がじわりと溢れ出してくる。
そこへ、すかさずトリアエズナマを流し込む。
キリッとした苦味が口の中の脂を洗い流し、次の一口を欲しがらせる。
なるほど。
これは危険だ。
肉を食えば酒が欲しくなり、酒を飲めばまた肉が欲しくなる。
永遠に終わらない。
「次はタレです。こちらの『サケ』と一緒にどうぞ」
女将が勧めてくれたのは、少し甘みのある透明な醸造酒だった。
オリジナルのタレが絡んだヤキソリを頬張る。
炭火で焦げたタレの香りが鼻へ抜け、甘辛い味が肉の脂と混ざり合う。
そこへサケを口に含んだ。
「なんだこれ……」
タレの濃厚な甘みと、サケの芳醇な香りが口の中で複雑に絡み合う。
さっきの塩とトリアエズナマが「勢いよく食わせる組み合わせ」なら、こっちは完全に逆だ。
一口ずつ、ゆっくり味わいたくなる。
もはや飲み込むのが惜しくなるような奇跡の味わいだった。
「どうですか、ザックさん。アジヨミの料理も良いですが、こういうのも悪くないでしょう?」
お茶をすすりながら、アンが微笑む。
「悪くないどころか、最高だぜ。……お嬢ちゃん、あんた本当に良い店を知ってるな」
「だからお嬢ちゃんじゃないと言ってるでしょう」
「あはは! ザック、口にタレついてるわよ!」
「うるせぇキャプテン、お前もジュースばっかり飲んでないで肉を食え肉を」
俺たち四人は、美味い料理と酒に舌鼓を打ちながら、久しぶりの平和な会話を心から楽しんだ。
追われる身であることを忘れさせるような、温かく、和やかな時間が流れていく。
――この温かな時間が、ずっと続けばいい。
酔いの回った頭で、俺は柄にもなくそんなことを考えていた。
*
「……あ」
ヤキソリを頬張っていたガラムの動きが、不自然にピタリと止まった。
彼の視線は、カウンターの奥、壁に掛けられていた小さなニュースモニターへと釘付けになっていた。
「どうした、ガラム」
「ザック……アレを見ろ」
ガラムの声は、震えていた。
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