1-14 跳躍の代償
1-14 跳躍の代償
四大企業の中枢から、最高機密を奪ってきた代物。
連中が血眼になって追ってくるわけだ。これ以上掘り下げたら、命がいくつあっても足りない。
「……お、着いたみたいだな」
俺は、あからさまに話を逸らして、メインスクリーンを指さした。
暗い宙域の先に、巨大な箱の形をした建造物が浮かび上がってくる。
ICAが独り占めしている、本物のワープボックスにそっくりだった。
ツクヨミの、疑似ワープの実験場だ。
あの形を見た瞬間、操縦桿を握る手に、じわりと汗がにじんだ。
あの箱をくぐった先で、俺は全部を失った。また、箱の中に入るのか。
……あの時の、妙にさっぱりした感覚が、ふと頭をよぎった。
実験場のゲートが、ゆっくりと開く。俺は誘導に従って、巨大な箱の中へ船を滑り込ませた。
「最後の座標の計算と、システムの同期に、少し時間がかかります。三十分ほど、自由にしていてください」
アンは通信の操作を終えると、「実験場の方と打ち合わせをしてきます」と言い残して、一人で船を降りていった。
四大企業から奪ってきたという結晶のこと。問い詰めたい気持ちはあった。だが、やめておいた。
これ以上、厄介な話に首を突っ込みたくないという保身もある。だがそれ以上に、あの小さな体に背負っているだろう重さを思うと、余計な気苦労をかけたくなかった。
実験場の職員たちが、星核結晶を運び出していく。それを、カメラ越しに眺めていると、ガラムが席を立った。
「俺は念のため、さっきの戦いで船にダメージがねぇか見てくるわ」
「俺も手伝う」
俺も立ち上がって、コックピットを出ようとした、その時。
「……ねぇ、ザック」
後ろから、珍しく弱々しい声がした。
振り向くと、一段高い特等席で、セレナが膝の上の手をぎゅっと握って、うつむいていた。
「私……キャプテンとして、このままでいいのかな」
ぽつりと、こぼれた。
「戦いになっても、何もできない。役に立つどころか、邪魔ばっかり……。本当は、私なんかいなくてもいいんじゃないかって……」
さっきの戦いで何もできなかったことが、お嬢様の誇りを少しだけ削ったらしい。
俺は責めもしなかったし、同情めいた慰めも言わなかった。ハットを軽く押し上げて、セレナの目を真っ直ぐに見た。
「お前と組んだ時に、俺は言ったはずだ。お互いの得が一致した、まっとうな契約だってな」
「……」
「お前の身分と、思い切りがなけりゃ、俺たちは今ごろオメガ・ハブの路地裏で腐ってた。お前が『連れ出して』と言ったから、俺たちは今、星の海を飛んでるんだ」
俺は、小さく笑って肩をすくめた。
「腕っぷしも操縦も、子分の仕事だ。キャプテンはどっしり構えて、行き先を指させばいい。……お前は、ちゃんとこの船のキャプテンだよ」
セレナは、ぱちぱちとまばたきをした。
気休めでも、甘やかしでもない。同じ船で命を預け合う仲間として、思ったことを言っただけだ。
「……そ、そうよね! 私はキャプテンなんだから、子分をうまく使うのが仕事よね!」
セレナの顔に、いつもの能天気な明るさが戻った。
「ふふん。あんたたちには、馬車馬みたいに働いてもらうから、覚悟しなさいよね!」
「へいへい。せいぜい、でかいニンジンを用意しといてくれ」
苦笑まじりに答えると、セレナは嬉しそうに、えへへと笑った。
*
間もなく、アンが戻ってきた。
「準備ができました。皆さん、席に着いてください。ここからは、手順どおりにお願いします」
ガラムも機関室から戻って、左のナビゲーター席に飛び乗った。
「外装も、中の仕組みも、全部問題なしだ。いつでもいけるぜ」
いよいよ、前代未聞の疑似ワープが始まる。
右のサブ操縦席では、アンが静かにコンソールを操作している。後ろの特等席では、セレナが鼻歌を歌いながら、ご機嫌でシートベルトを締めていた。
「ん? どうした、キャプテン。ずいぶんご機嫌じゃねぇか」
ガラムが、不思議そうに聞いた。
「べっつに〜? キャプテンとして、子分たちの働きぶりを、特等席から見守ってあげようと思っただけよ!」
「……? よく分からんが、ま、いっか」
コックピットには、妙なくらいくつろいだ空気が流れていた。
試したこともない、未完成の疑似ワープ。燃料は、星を消し飛ばす結晶。冷静に考えれば、正気の沙汰じゃない。
それなのに、不思議と、俺たちの誰一人として、この実験が失敗するなんて思っていなかった。
ツクヨミの技術を信じていたのか。アンという天才に安心していたのか。
……それとも、これでやっと追っ手から逃げ切れる、というただの楽観だったのか。
『空間位相、固定完了。重力場干渉キャンセラー、作動。ステラ・コア、臨界まであと十秒』
外の通信から、実験場の職員たちの、専門用語の山のような声が次々に届く。
『次元座標リンク、すべて正常。生体位相転移、最終段階へ移行します』
窓の向こうで、箱の内側の壁が、目も眩むほどの赤紫色の光に包まれていく。
結晶の力が、空間そのものをこじ開けようとしているのだ。
『カウントダウン開始。五、四、三、二、一――』
息を呑む俺たちの前で、宇宙の景色が、ぐにゃりと歪んだ。
『ワープ、スタート!』
そして、俺たちは跳んだ。
光のトンネルに吸い込まれていくような、強烈な浮遊感が船を包む。
これが無事に終われば、安全なツクヨミの星系で、詐欺師の足取りを追う新しい旅が始まるはずだ。
……そう。無事に終わりさえすれば。
歪んでいく視界の端で、俺は、右隣に座るアンが、小さく口元を動かすのを見た気がした。
――『ごめんなさい』、と。
何に対する謝罪なのか。それを考える間もなく、俺の意識は、圧倒的な閃光に、白く、白く塗りつぶされていった。
第一章 完
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