1-13 金色の襲撃者
1-13 金色の襲撃者
コックピットの一番後ろ。俺にたっぷり油を絞られたセレナは、新品の特等席で背筋を伸ばして、黙って俺たちの作業を見守っていた。
お仕置きは、しっかり効いたらしい。……あの落ち着きのないお嬢様のことだ。この神妙な顔が長続きしないのは、目に見えていたが。
左のナビゲーター席では、ガラムが実験場の座標を打ち込み、PDCの最新の警備範囲と見比べながら、網の目を縫うような航路を組んでいる。
俺は真ん中の操縦席で発進の手順を進めながら、右のサブ操縦席に目をやった。
「……トドロキ、いや、アン。その席でいいのか。用意した部屋で休んでてくれても構わねぇんだぞ」
アンは、ぶかぶかの白衣の袖を揺らして答えた。
「いえ。依頼主とはいえ、少しくらいお手伝いしても罰は当たらないでしょう。それに、操縦の補助くらいなら、私にもできるつもりですので」
その目には、はっきりとした自信があった。
はったりには見えなかった。俺は黙ってコンソールを叩き、船の管理と補助操縦の権限の一部を、アンの席に回した。
発進は、驚くほど滑らかに進んだ。船は小惑星の偽装ドックから、静かに宇宙へ滑り出す。
この分なら、何事もなく実験場まで行けそうだ。そんな気がした。
しばらくは、エンジンの低い唸りだけが、コックピットに響いていた。
窓の反射越しに、後ろの席のセレナがうずうずと身をよじっているのが見えたが、無視することにした。
「……なぁ、アン。あの積み荷のことで、ちょっと聞いてもいいか」
静かな船内で、ガラムが口を開いた。
「ええ。答えられる範囲でよければ」
「あのステラ・コアってやつだ。すごく安定してるって話だったが……たとえばだ。まかり間違って、この船にでかい一発が当たって、誘爆してドカン、なんてことはねぇのか?」
アンは、コンソールから目を離して、ガラムの方を向いた。意地の悪い笑みを浮かべている。
「そうですね。いくら安定しているといっても、絶対にない、とは言い切れません。十中八九ないでしょうけど……もし誘爆したら、この星系がまるごと消えてなくなるかもしれませんね」
くすくす、と、いたずらが成功した子供のように笑う。
「ですが、シールドを突き抜けるほどの直撃をもらったら、その時点で私たちは生きていないでしょうし。考えるだけ無駄では?」
「……はっ。違ぇねぇ」
ガラムは、額の汗を拭った。
「俺たちは、この星系の命運を握って飛んでるってわけだ。……旦那」
急に、ガラムの声から冗談の色が消えた。
指が、猛烈な速さでコンソールを叩き始める。
「レーダーに反応。所属の分からねぇ船が一隻、すごい速さで近づいてくる。撃ち合える距離まで、あと三百秒ってとこだ」
ガラムの画面が、前方のメインスクリーンに映し出された。
暗い宇宙を切り裂いて、こっちを真っ直ぐに目指してくる光点が一つ。
「通信だ。……無理やり割り込んできやがった」
メインスクリーンが、切り替わった。
映ったのは、純白の豪華なパイロットスーツに身を包んだ男だった。ヘルメットのバイザーを下ろしていて、顔は口元しか見えない。その口元に、薄笑いが浮かんでいる。
襟元では、ゴールドランクの傭兵を示すバッジが、誇らしげに光っていた。
『聞こえているな、アイアンランクの運送屋。俺はゴールドランクのヴィンセント・ロウ。この最新鋭の重攻撃機、《ブラッド・オニキス》の乗り手だ』
男は、顎でこっちをしゃくった。
『要求は一つ。エンジンを切って、積み荷のコンテナを渡せ。船ごと明け渡すなら、お前たち下賤なネズミの命くらいは見逃してやろう』
「……大きく出たな」
俺はマイクを入れて、ハットの奥から男を睨んだ。
「あいにく、このガラクタ船にはまだローンが残っててね。それに、積み荷は大事なお客さんへの届け物の最中だ。あんたみたいな育ちの良さそうな坊ちゃんに、くれてやる義理はねぇよ」
男の薄笑いが、すっと消えた。
『……アイアンの底辺が、減らず口を。まあいい。その気なら、船ごとスクラップにして回収するだけだ』
通信が切れた。
「来るぞ! 衝撃に備えろ!」
叫んだのと同時に、《ブラッド・オニキス》から、レーザーの雨が降ってきた。
ずん、と船体が激しく揺れる。警報が、一斉に鳴り響いた。
「ひゃあっ!? ちょっと、何よ!? いきなり撃ってくるなんて、野蛮すぎない!?」
後ろで、セレナが悲鳴を上げた。
「シールド、一気に三割持っていかれた! なんだ、あの火力は!」
ガラムが、悲鳴に近い声を上げた。
「ありえねぇ! ギルドの決まりで許された武装を超えてるぞ! 軍用……いや、どっかの大企業の最新兵器だ!」
「くそっ、金持ちの坊ちゃんめ……!」
俺は操縦桿を倒し、スラスターを細かく噴かして避けにかかった。
だが、あの男の腕は、機体の性能に負けず劣らず一流だった。俺の動きを読み切って、逃げ道を塞ぐように、ミサイルとビームをばらまいてくる。
しかも、たちの悪いことに、奴はコンテナの中身を知らないらしい。
当たれば星系ごと消えるかもしれない結晶を抱えたこっちと違って、向こうは遠慮なく撃ち込んでくる。
「右のスラスター、点火を〇・二秒前倒しします。シールドは、左の後ろ側に寄せますね」
張りつめた空気の中、隣から、信じられないほど落ち着いた声がした。
アンだ。
小さな手が、とんでもない速さでサブのコンソールを叩いている。俺の操縦の癖を一瞬で掴んで、エネルギーの配分とシールドの向きを、先回りして合わせてくる。
研究者の手つきじゃない。何年も操縦席に座ってきた人間の手つきだ。
「やるじゃねぇか、お嬢ちゃん!」
「これでも一応、立派な天才レディですから」
アンのおかげで、俺は避けることだけに集中できた。
「ちょっと、私にも何かやらせなさいよ! キャプテンなんだから!」
後ろで、セレナが騒ぎ出した。
「私の手元に、『緊急パージ』って書いてある大きな赤いボタンがあるんだけど、これ押せばいいの!?」
「絶対に押すな! 外装が吹っ飛んで、全員宇宙のゴミになるぞ!」
避けながら、俺は怒鳴った。
「ガラム! いつまで逃げ回らせる気だ! 向こうの船はまだ乗っ取れねぇのか!」
「急かすな! 守りが馬鹿みてぇに硬ぇんだよ! 隙間が一つもねぇ。このままじゃ、何分かかるか分からねぇ!」
何分も、もつはずがない。
俺は、奴の撃ち方を思い返していた。ミサイル、ビーム、またミサイル。どれも小手先だ。あの機体には、もっとでかい牙がある。船首に積んだ、馬鹿でかい主砲だ。
昔、あの手の重攻撃機と組んだことがある。でかい主砲は、撃つ前に力を溜めなきゃならない。その間、機体の頭は、狙いと溜めのことで手一杯になる。守りの方まで、手が回らなくなる。
「ガラム。隙間は、俺が作る」
「は?」
「奴に、主砲を撃たせる。溜め始めたら、守りが緩むはずだ。そこを突け」
「……どれくらいもつ?」
「三十秒は稼いでやる。舌噛むなよ!」
俺は操縦桿を引き絞り、小惑星のかけらが群れる宙域へ、船を突っ込ませた。
岩の群れを縫うように飛ぶ。ヴィンセントの射線を、岩で次々に遮っていく。小さな火器では、岩が邪魔で当たらない。
焦れろ。でかいのを使いたくなれ。
わざと、一番大きな岩の陰で、速度を落とした。逃げ場のない、行き止まりの影だ。
『ちょこまかと逃げ回るネズミめ……! だが、そこは袋小路だ。岩ごと消えろ!』
《ブラッド・オニキス》の船首で、巨大な主砲に光が集まり始めた。
かかった。
「ガラム、今だ!」
「……開いた! 守りが空っぽになりやがった!」
ガラムの指が、キーの上で残像を描く。
主砲の光が、どんどん膨らんでいく。まともに食らえば、岩ごと、シールドごと蒸発する。
俺は操縦桿を握りしめたまま、動かなかった。今ここで逃げれば、奴は溜めをやめる。守りが戻る。
「旦那、あと五秒!」
光が、目の前の岩を白く染めた。
「ガラム!」
「もらったぁ!」
ガラムが、エンターキーを叩き割らんばかりの勢いで叩いた。
その瞬間。《ブラッド・オニキス》の主砲の光が、ぷつんと、間抜けに消えた。それどころか、両翼のスラスターまでがでたらめに瞬き始める。
『なっ……!? 計器がいかれた!? システムが……外から書き換えられているだと!?』
通信から、余裕を失った声が響いた。
『くそっ、どうなっている! なんで、こんなガムテープまみれのボロ船にっ!』
「……確かに、ガラクタ船かもしれねぇがな」
俺は、口の端を上げて、引き金に指をかけた。
「乗ってる連中は、宇宙一かもしれねぇぜ」
《ブラッド・オニキス》の推進器に照準を合わせて、レーザーを立て続けに叩き込む。
右翼のスラスターと武装のブロックが砕けて、火花が散った。
『ぐあぁっ!?』
黒い機体が制御を失い、きりもみしながら、岩の群れの奥へ弾き飛ばされていった。
『……く、くそぉっ! 覚えておけ、下賤なネズミども! 次に会った時は、必ず俺が仕留めてやる!』
捨て台詞を最後に通信が途切れ、光点はレーダーから急いで遠ざかっていった。
プライドの高い坊ちゃん傭兵は、命からがら逃げる方を選んだらしい。
コックピットに、静けさが戻った。
「……ふぅ。一丁上がり、だ」
俺は操縦桿から手を離して、背もたれに体を預けた。
「やったぜ、旦那! ざまぁみろ、金持ちの坊ちゃんが!」
ガラムが、拳を突き上げた。
そして、一番後ろの特等席から、ふんぞり返ったキャプテンの誇らしげな声が響いた。
「ふふん! 私のキャプテンとしての威厳に恐れをなして、逃げていったわね! 楽勝だったじゃない!」
何もしていないどころか、緊急パージのボタンを押そうとしていたお嬢様の台詞に、俺とガラムとアンは顔を見合わせた。
張りつめていた糸が、ぷつんと切れた。三人そろって、思わず吹き出していた。
「ちょっと、何よ三人とも! 勝ったのに締まらないわね! 私、変なこと言った!?」
むくれるセレナを見ながら、俺は肩の力を抜いた。
命の瀬戸際でも、星を吹き飛ばす爆弾を抱えていても、悲壮感のかけらもない。こんな能天気なキャプテンの下で働くのも、案外悪くないのかもしれない。
そう思わされてしまうのだから、不思議なもんだ。
「そういや、ガラム。あの坊ちゃんの飼い主、探っとけ。どこの差し金か、知っといて損はねぇ」
「もう、やってみたぜ」
ガラムは、コンソールから顔を上げずに言った。
「通信を逆にたどってみたんだが……最後のところの守りが硬すぎて、誰が依頼主かまでは掴めなかった」
「えーっ? 破れなかったの? さっきまで天才ハッカー気取りだったのに、だらしないわね!」
すかさず、後ろのセレナが突っ込んだ。
「お嬢様は分かってねぇな」
ガラムは怒るどころか、にやりと笑った。
「この俺がすんなり破れねぇってことは、そこらの連中じゃねぇって証拠なんだよ。PDCの軍の守りより硬ぇ。十中八九、ICAの直轄か、四大企業のどこかだ。あの坊ちゃんのでたらめな武装を見ても、四大企業のどれかが金を出してるのは間違いねぇ」
「……ふーん。そうなんだ」
セレナは短く相槌を打って、特等席の背もたれに深く体を沈めた。
その膝の上で、両手がきつく握りしめられていたことに、前を向いていた俺たち三人は、誰一人気づかなかった。
四大企業、か。
宇宙の利権を牛耳る連中が、ツクヨミの実験の燃料になる結晶を、血眼になって追いかけている。その構図が、どうにも気になった。
「……依頼主様としては、そのへんの事情、どうお考えで?」
俺は、わざとへりくだった口調で、隣のアンにお伺いを立てた。
アンは、当たり前のことを言うような顔で答えた。
「それはそうでしょうね。何せ、この星核結晶は、私たちツクヨミの者が、ある四大企業の中枢の星から、直接『奪ってきた』ものですから」
……ああ。
俺は頬を引きつらせて、静かに前を向いた。
とんでもない地雷を、踏み抜いた。
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