1-11 積み荷の正体
1-11 積み荷の正体
ギルドでの話を終えて、俺たちは船を停めたドックへ戻った。
運ぶのは、あのコンテナだ。手で抱えていけるような大きさじゃない。研究所までは、船ごと向かうことになる。
さっそく出発の準備を始めようとしたところで、ガラムが頭を抱えた。
「……なぁ、旦那。すっかり忘れてたんだが、ここの後払いの駐機料、どうすんだ?」
ガラムが見せてきた端末には、相変わらず、俺たちの手持ちをはるかに超えた額が並んでいた。
「さっきもらった千二百万のカードから払う?」
セレナが当たり前のように言ったが、ガラムは首を横に振った。
「駄目だ。あの怪しい金は、使ったところから足がつくかもしれねぇ。どんな仕掛けがあるか分かったもんじゃねぇ。ぎりぎりまで手をつけるな」
「じゃあ、どうするのよ。宇宙港のトイレ掃除でもしてお金を貯める?」
「冗談じゃねぇ。とにかく、少しでもまけてもらえるように、俺が掛け合ってくる」
俺は重い足取りで、ドックの隅の薄汚れた事務所に向かった。
窓口であくびをしていたのは、着いた日にタダの整備を断ってきた、あのつなぎ姿の整備士だった。
「……あー、悪いが、『ラスティ・バレット』の駐機料の件なんだが」
少しでも凄みを利かせて、値切りに持ち込もうとした瞬間。整備士は端末を叩いて、あっさり言った。
「ああ、あんたらの船の代金なら、もう全部払ってもらってるぜ」
「……は?」
俺の後ろについてきていたガラムとセレナの声まで、きれいに揃った。
「は、払ってもらってるって……誰にだよ」
ガラムが詰め寄ると、整備士は不思議そうに首を傾げた。
「誰って、あんたら、傭兵ギルドの人だろ? ギルドの支配人さんが、さっき全額、現金で払っていったんだよ。気前がいいよな。あんなぼったくり料金を、ぽんと出すんだから」
俺とガラムは、顔を見合わせた。
「あ、そうだ。支配人さんから伝言だ。『うちのお転婆娘を、よろしく頼む』だとさ」
「えっ、支配人が!?」
セレナが、両手を頬に当てて目を輝かせた。
「やだ、支配人ったら! 私がキャプテンとしてデビューしたから、お祝いに払ってくれたのね! 私ってば、そんなに期待されてるのかしら!」
「めでてぇ頭してんな、お嬢様!」
ガラムが、すかさず突っ込んだ。
「これはどう見ても圧力だろ! 『お前らが金に困ってるのも、ツクヨミの危ねぇ依頼を受けたのも、全部お見通しだ。お嬢様に何かあったら、分かってるだろうな』っていう、無言の脅しだぜ! 殺される! 下手なことしたら、絶対に殺される!」
頭を抱えて震えるガラムと、見当違いの感動に浸って胸を張るセレナ。
その横で、俺はハットの鍔を下げた。
……恐ろしく手回しがいい。
俺たちが金欠で動けないことなんて、とっくに見抜かれていた。ツクヨミの依頼を、俺たちが断らないことまで。
この街の裏の裏まで知り尽くして、すべてを手のひらの上で転がしている。ただの場末のギルドの支配人に、こんな真似ができるものか。
だが、あの老人がやったことは、計算や脅しだけじゃない気がした。
うちのお転婆娘を、よろしく頼む。
その言葉には、本気でセレナを案じる、親のような響きがあった。
「……粋な真似をしてくれる」
見えない首輪をつけられて、ついでに尻を叩かれた気分だ。だが、不思議と嫌な気はしなかった。
「行くぞ、お前ら」
俺は、二人に声をかけた。
「支配人の厚意を、無駄にするわけにはいかねぇからな。……キャプテン。あんたの命は、俺が守ってやる」
「ちょっと、急に格好つけないでよ! キャプテンは私なんだから、私が二人を守るの!」
照れ隠しのように腰に手を当てて威張るセレナに、俺はにやりと笑い返した。
「……やれやれ。先が思いやられるぜ」
ガラムが、肩をすくめた。
*
依頼主のアン・トドロキが指定してきた座標は、オメガ・ハブの外れにある、ツクヨミの研究所だった。
秘密の施設かと思ったら、ガラムが調べると、誰でも見られる地図にあっさり場所が載っていた。
「……ずいぶん開けっぴろげな研究所だな。本当に、ヤバい依頼なのか?」
「分からん。だが、気は抜くなよ」
俺は操縦席に座って、出発の手順を進めていった。
左のナビゲーター席には、ガラム。ダストホールでは右のサブ操縦席に座っていたが、計器の配置が気に入らないとかで、いつの間にか左の席を自分の場所に決めていた。
空いた右のサブ操縦席には、キャプテンとして初めて船に乗るセレナが座っている。
「わぁ……光ってるボタンがいっぱい……!」
セレナが、目をきらきらさせてスイッチに手を伸ばす。
「勝手に触るなよ。キャプテンの初仕事が、ハッチ全開で船の中の空気を全部捨てること、なんて笑えねぇからな」
「……わ、分かってるわよ! 触ろうとしたんじゃなくて、デザインを見てただけよ!」
慌てて手を引っ込めるセレナを横目に、俺はスラスターを噴かした。
ダストホールの時のような無茶はしない。オメガ・ハブの喧騒を抜けて、のんびりと飛ぶ。
一時間ほどで、目的の座標に着いた。
小惑星の岩肌に溶け込むように建てられた、無骨な施設だった。
通信を入れると、「遠隔操縦で、研究所の中の駐機場までご案内します」と返事があった。
操縦を向こうに預けると、研究所の隣の岩肌――金属でできた巨大な床の扉が、ゆっくりと開いた。船が、その中へ引き込まれていく。
中は、屋内の駐機場になっていた。
ずいぶんと広い。それなのに、俺たちの船のほかには、一隻も停まっていなかった。
「……ここで待て、だとさ」
船を降りて貨物室の前で待っていると、奥のエアロックが開いた。
白衣を着た研究員らしい男たちが、数人。その先頭を歩いてくるのは、小さな女の子だった。
「おや?」
ガラムが首を傾げて、女の子の前にしゃがみ込んだ。目線を合わせて、優しく話しかける。
「お嬢ちゃん、迷子か? ここに、アン・トドロキって大人の人はいねぇかな。いたら、呼んできてほしいんだけど」
女の子は、落ち着いた声で、にっこりと笑った。
「私が、そのアン・トドロキです。アンと呼んでくださって構いませんよ」
「……は?」
ガラムが、しゃがんだまま固まった。
黒髪のおかっぱ頭に、ぶかぶかの白衣。どう見ても、十歳前後の子供だ。
だが、その落ち着き払った物腰と、知的な目つきは、明らかに子供のものではなかった。
「宇宙線の影響で、遺伝子に異常が出てしまいまして。成長が止まっているんです。見た目はこうですが、年はそちらのキャプテンより上。たぶん、ザックさんと同じくらいですよ」
アンは、微笑んだまま続けた。
「よくからかわれるので、慣れています。お気になさらず」
……俺の名前は、もう知られてるってわけか。
どこまで割れているのか。考えるだけで、頭が痛くなった。
「それより、さっそく積み荷を確かめさせていただいても?」
「あ、ああ。こっちだ」
貨物室に案内すると、研究員の一人が端末を操作して、コンテナの鍵を外した。
蓋が開く。
「……開けられた形跡はありませんね。安心しました」
アンが、中を覗いて満足そうに頷いた。
……開けなくて、本当によかった。
俺は心の中で、そっと拳を握った。
研究員たちが、コンテナの中から慎重に何かを取り出した。
大きなコンテナには不釣り合いな、人の頭ほどの大きさの、透明な箱だった。
その中に、ひし形の結晶が一つ、静かに浮かんでいた。
赤紫色の、鈍い光。じっと見ていると、光が奥の方で、ゆっくりと脈を打っているように見えた。
俺を全宇宙のお尋ね者にした、あの箱の中身。
その正体が、これだった。
見ているだけで、胸の奥がざわついた。
こいつは、ただの荷物じゃない。
俺の傭兵の勘が、さっきから、うるさいくらいにそう言っていた。
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