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1-10 因縁の依頼

1-10 因縁の依頼


「……こっちよ」


 ミユキは、騒がしいギルドの真ん中を避けて、隅の目立たないボックス席に俺たちを連れていった。


 周りに聞き耳を立てている奴がいないのを確かめてから、タブレットをテーブルに置く。


 画面には、例の指名依頼の中身が映っていた。


「昨日、あんたたちが船に戻ろうとギルドを出た、すぐ後よ。これを窓口に直接出しに来たのは」


 依頼主の欄には、こうあった。


『ツクヨミ 特殊素材位相研究室 オメガ・ハブ出張所 アン・トドロキ』


 依頼の中身は、たった一行。


『指定の座標(研究所)まで、RX880Qを運んでほしい』


 そして、その下の報酬額に、俺たちの目は釘づけになった。


『報酬:10,000,000ディル』


「いっせんまん!?」


 ガラムが、ばん、とテーブルを叩いて立ち上がった。


 声がギルド中に響き渡り、周りの荒くれ者たちが、一斉に胡散臭そうな目を向けてくる。ガラムは「……す、すまねぇ」と小さくなって座り直した。


「いやいやいや! 登録したてのアイアンに出す依頼じゃねぇぞ、これ!」


 小声で抗議するガラムの横で、セレナは「一千万……!」と目をきらきらさせていた。


 俺は黙って、画面を見つめたままだった。


「そうね。ギルドとしても、登録したばかりのアイアンに払う報酬にしては高すぎるし、何より中身が書いてなさすぎる」


 ミユキは、落ち着いた声で言った。


「普通なら、こんな怪しい依頼はその場で突っぱねるわ。でも、相手はツクヨミよ。四大企業に次ぐ大企業が、わざわざこんな場末のギルドを通して、新人を指名してきた。ギルドとしても、無下には断れないの」


 だから、本人たちの意見も聞かないとギルドとしては受けられない――そう理由をつけて、どうにか保留にしてある。ミユキは、そう付け加えた。


「だとよ。どうする、旦那」


 ガラムが、深刻な顔で耳打ちしてきた。


「百歩譲って、この怪しい依頼を受けるとしてもだ。そもそも『RX880Q』って何だ? 何を運ぶのか分からなきゃ、運びようがねぇぞ」


 俺は、ガラムには答えずに、顔を上げた。


「……悪い、ミユキ。少し席を外してもらえないか。ここから先は、身内だけの話になる」


「……分かったわ。決まったら呼んで」


 俺の声の調子から何かを察したのか、ミユキは素直に立ち上がって、カウンターへ戻っていった。


 その背中が見えなくなってから、俺は声を落とした。


「運ぶ物には、心当たりがある」


「えっ?」


 ガラムとセレナが、同時に声を上げた。


 ガラムが、ごくりと喉を鳴らした。


「……旦那。まさか、そいつって」


「ああ。くそっ、そのまさかだ」


 俺は舌打ちして、ハットの鍔を下げた。


「ワープの前から積んでる、あの気味の悪いコンテナだ」


「ワープの前? 荷物? 何の話よ?」


 事情を知らないセレナに、俺は手短に説明した。


「お前が乗る前から、船に積んでる曰く付きの箱だ。そいつを運んでる途中で、俺はワープボックスを壊した濡れ衣を着せられて、PDCに追われる羽目になった」


 俺は携帯端末を取り出し、前に受けた輸送の契約書を画面に出した。


「ここを見ろ」


 運ぶ物の欄に、はっきりと書いてあった。


『RX880Qの輸送』


「荷物の識別コードが、そっくり同じだ。前の依頼主は正体を隠してたが、今度の『ツクヨミの研究室』ってのは、同じ連中か、それに近い連中だと思った方がいい」


「前にも言ったけどよ、旦那……よくあんな得体の知れねぇ依頼、受けたな」


 呆れ顔のガラムに、俺は少しばつが悪くなった。


「前金がたっぷり出たんだよ。今は凍結された口座の中で眠ってるがな。……あの頃はゴールドだったんだ。まさか運んでる途中で、テロリストに仕立て上げられるとは思わねぇだろ。それより、受けるか、受けないかだ」


「受けるに決まってるじゃない!」


 身を乗り出してきたのは、セレナだった。


「一千万よ!? アイアンじゃネズミ駆除しかできないって言ってたじゃない! 稼げる時に、一気に稼ぎましょうよ!」


「キャプテン。そう簡単な話じゃねぇんだ」


 ガラムが、冷静に止めた。


「連中は、俺たちのことをよく知ってる。俺たちがギルドを出た直後に依頼を出してきたってことは、ずっと見張られてたんだ。じゃなきゃ、このタイミングで声はかからねぇ」


 その通りだった。


 オメガ・ハブに潜り込んで、どうにか仮の身分を手に入れて、ようやく一息つけた。そのちょうど一番いい時を狙いすましたような依頼だ。


「間違いねぇ。罠だよ」


 ガラムが、言い切った。


「……罠かもしれねぇ。だが、これは断れない」


 俺は深くため息をついて、テーブルの上で手を組んだ。


「ここまで手間をかけて俺たちを見張ってるんだ。断ったところで、簡単に振り切れるとは思えねぇ。どうせ、また別の形で近づいてくる。それに……」


「それに?」


 首を傾げたセレナに、俺は口の端を上げてみせた。


「うちのキャプテンを騙したクズ野郎は、ツクヨミの星系に逃げたんだろ? この依頼を受ければ、そいつの足取りも掴めるかもしれねぇ」


 セレナの顔が、ぱっと明るくなった。


「やるじゃない! そうこなくっちゃ!」


 ばしばしと俺の肩を叩いてくる。罠の危険より、詐欺師への恨みと大金への欲が、あっさり勝ったらしい。


 手を挙げると、ミユキが戻ってきた。


「話はまとまったみたいね。で、どうするの?」


「受ける。ギルドに、承諾の返事を出してくれ」


「本当にいいのね? 指名依頼は、一度サインしたら、後から『やっぱりやめた』は通らないわよ」


「ああ、問題ない」


 ……問題は大ありなんだがな。


 背中に冷や汗をかきながら、俺は余裕のある顔を崩さずに頷いた。


 ……顔に出てないことを祈る。


「じゃあ、キャプテン・セレナ。ここにサインを」


「任せてー♪」


 事の重さがまったく分かっていないセレナは、鼻歌まじりに端末へサインを書き込んだ。


「あ、そうだ。忘れるところだった」


 手続きを終えたミユキが、ポケットから何かを取り出して、テーブルに置いた。


「依頼を受けるようなら、これを渡してほしいって、依頼を出しに来た人に頼まれてたのよ」


 重みのある、つや消しの黒いカードだった。


 表には、ツクヨミの社章が金色で刻まれている。


「少し調べてみたんだけど……それ、千二百万ディルが入った、名前のないプリペイドカードよ。どうするかは、あんたたちで決めなさい」


 千二百万の入ったカードとは思えないほど無造作に、ミユキはそれをテーブルの真ん中へ滑らせた。


「千二百万、か」


 俺は、思わず呟いた。


 千二百万ディル。前の依頼の成功報酬と、まったく同じ額だった。


「オメガ・ハブに着いた時点で、前の仕事は果たしたことになってるらしい。律儀に、成功報酬を払ってきたってわけだ」


「……絶対に何かある。旦那、この金には、なるべく手をつけねぇ方がいい」


 ガラムが、カードを睨みつけた。


 その横で、我らがキャプテンは、黒いカードをうっとりと眺めていた。


「千二百万かぁ……ふふっ、何が買えるかなぁ……♪」


「おい、お嬢様! 今の深刻な話、聞いてたか!?」


 ガラムが、慌てて突っ込んだ。


「その金で、また無駄に露出の多いコンバットスーツなんか買う気じゃねぇだろうな! 命より高い買い物はねぇんだぞ!」


「ちょっと! 無駄な露出って何よ、失礼ね!」


 正体の分からない一千万の罠と、気味が悪いほど律儀に支払われた千二百万。


 それを前にしても緊張感のかけらもないキャプテンと、胃を押さえて突っ込むハッカー。


 温度差のひどい三人組だが、どうやらこれが、俺たちの新しい日常らしい。


 俺は苦笑いして、テーブルの黒いカードを拾い上げた。


 それから、タブレットの依頼主の名前を、もう一度見た。


 アン・トドロキ。


 俺を全宇宙のお尋ね者にした、あの箱。それを、わざわざここまで追いかけてきた奴だ。


 どんな面をしてるのか、拝んでやろうじゃねぇか。


【用語解説】


■人物


セレナ

四大企業の一つ、SD社の令嬢にして家出娘。17歳。本作きってのトラブルメーカーにして、《ラスティ・バレット》のキャプテン(名義上)。

一族の中では下から二番目の生まれで、家の中での立場は低かった。昔からホロ映画の影響で傭兵に強く憧れており、その憧れにつけ込んだ男に全財産を騙し取られて、オメガ・ハブに流れ着いた。

「立てば芍薬、座れば牡丹、喋る姿は機関銃」を地で行く少女で、黙っていれば誰もが振り返る美人。だが、お嬢様らしい教育をまともに受けてこなかったのか、本人に覚える気がなかったのか、無鉄砲で向こう見ず。思ったことはすぐに行動に移し、嬉しいことも嫌なこともすぐ顔に出る。その常識外れの勢いが、時にザックたちの窮地を救い、時に自ら窮地を招く。


ミユキ

オメガ・ハブの傭兵ギルドで働く、セレナの元同僚。

セレナと同年代の若い女性に見られがちだが、実は見た目よりも年上のしっかり者。若く見られてしまうのが、本人のひそかな悩みである。わがままなセレナをたしなめるなど、職員の中では「お母さん」のような立ち位置にあり、同僚からの信頼も厚い。面倒見の良さと穏やかな雰囲気から、荒くれ者の傭兵たちの中にも隠れファンが多い。


アルス・キルレイン(ギルド支配人)

オメガ・ハブの傭兵ギルドを取り仕切る、白髪の好々爺。

物腰は柔らかく、いつもにこにこと笑っているが、目の奥だけは笑っていない。職員を大事にすることでも知られ、セレナの登録の際には、わざわざ自分で窓口に座った。

無法者の吹き溜まりのギルドにしては、不釣り合いなほど高性能な生体認証の仕組みが入っているのは、この支配人の顔の広さのおかげだという噂もある。どうしてこんな辺境で支配人をしているのか、その過去を知る者は少ない。


■組織・階級


ツクヨミ(ツクヨミ・グローバル・ホールディングス)

四大企業には及ばないものの、それに次ぐ規模と影響力を持つ巨大企業。

自分たちの星系の資源を売って勢力を広げるのではなく、優れた研究所と研究者を数多く抱え、「技術とアイディアで人類を導く」という理念のもと、技術力で優位に立とうとする独特の企業。技術力そのものは、四大企業にも引けを取らないと言われている。


SD社(ステラ・デベロップメント)

セレナの実家であり、宇宙を牛耳る四大企業の一つ。

いくつもの星系を支配下に置き、とりわけ、惑星の環境を人が住めるように作り変える「テラフォーミング」の技術に強い。一方で、社風は古めかしく血筋を重んじ、社長や会長といった経営の要職は、すべて一族で占められている。そのため、一族の中での権力争いや足の引っ張り合いが絶えない。


傭兵ギルドの階級(ランク)

傭兵ギルドに所属する者の実力を示す、六段階の指標。下から順に「アイアン」「カッパー」「シルバー」「ゴールド」「プラチナ」「ダイヤ」。

依頼の達成数や成功率、ギルドへの貢献度などで上下する。アイアンが受けられるのは、宇宙のゴミ拾いやネズミ駆除といった、お掃除屋や便利屋のような仕事だけ。カッパーでようやく警備の仕事などが回ってくる。「傭兵として一人前」と認められるのは、シルバーから。

ザックは元ゴールドのトップクラスだが、広い宇宙にはわずかながら、さらに上のプラチナが存在する。最上位のダイヤに至っては、伝説、神の領域とまで呼ばれている。


傭兵ギルドの職員

無法者の集まるオメガ・ハブでは、ギルド職員の地位は比較的高く、辺境としては珍しく給料も安定していて相場より高い。

受付嬢だったセレナも、それなりの給料をもらっていたはずなのだが、金銭感覚が「大企業のお嬢様」のまま止まっていたため、入った端から使ってしまい、常にすっからかんだった。


■地名・施設


人工惑星オメガ・ハブ

ザックたちが身を隠した、無法者たちの街。

小惑星帯という天然の壁に守られ、軍の大型艦が入り込めないため、宇宙のお尋ね者たちの吹き溜まりとして独自に発展してきた。もとは小さな簡易駐機基地だったが、今では後ろ暗い取引や、身元を隠したい者たちが集まる巨大な闇市のような場所になっている。ネオンが絶えず明滅し、あちこちの星の言葉と欲望が入り混じる、猥雑で騒がしい街。


後払いの駐機所

宇宙港で船を停めておく場所。当然、前払いの方が安い。治安の悪い辺境では、料金の踏み倒しや、船の持ち主が死んで戻ってこない危険も見込まれているため、後払いを選ぶと足元を見られ、とても高くつく。


■アイテム・装備


絶対権限リング(エグゼクティブ・リング)

四大企業のトップ層と、その一族だけが持つ電子の指輪。光を受けると浮かび上がる、八角形の幾何学模様が目印。

本来は最高レベルの守りを通り抜けるための鍵だが、オメガ・ハブのギルドが、SD社のお下がりの古いセキュリティ装置を使っていたため、セレナのリングによる「強制承認」という力業が通ってしまった。


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お読みいただき、ありがとうございます。

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