1-9 野良犬の首輪
1-9 野良犬の1-9 野良犬の首輪
「じゃあ私、先にギルドに戻って辞めてくるわね! 傭兵になるなら、まずは受付嬢を辞めなきゃ!」
話がまとまるやいなや、セレナは飲みかけのジュースを放り出して、一人でバーを飛び出していった。嵐みたいな小娘だ。
後を追って大通りを歩きながら、ガラムがぼそりと言った。
「……あの箱を闇市で売っちまえば、もっとましな偽の身分も買えたかもしれねぇのにな」
「あの箱をいじって金に換えるのは、どうにも嫌な予感がするんだ。傭兵の勘ってやつだ」
ガラムは肩をすくめて、それ以上は言わなかった。
*
ギルドに戻ると、カウンターの隅で、さっそくセレナが揉めていた。
相手は、黒髪ですらりと背の高い受付嬢だった。
「急に戻ってきたと思ったら、辞める? しかも傭兵になる? 夢を見るのもいいけど、現実を見なさい」
怒鳴りはしない。駄々をこねる子供をなだめる、母親みたいな口ぶりだった。
「ミユキは何も分かってない! 優秀な手下を雇ったって、言ってるじゃない!」
「その手下が問題なのよ。『路地裏で拾ったスラム上がりのスキンヘッドと、西部劇にかぶれたくたびれたおっさん』でしょ? 本当に信用できるの?」
……なんて説明をしやがる。
俺はわざとブーツの踵を鳴らして、二人に近づいた。
「待たせたな、キャプテン」
ミユキの目が、俺を射抜いた。
「……あんたが、セレナに近づいた新しい詐欺師ね。前の男に全財産巻き上げられたこの子を、さらに食い物にしようっての? 私は騙されないからね!」
目を吊り上げたその顔は、大昔の地球にあったという般若の面そのものだった。
「落ち着け。こっちにとっても、これは対等な商売なんだ」
俺は両手を軽く上げた。
「腕も船もあるんだが、四大企業が絡んだ揉め事で、身分証をなくしちまってな。作り直すのも難しい。だから、どうしても身元のきれいな『キャプテン』が要ったんだ」
「……証拠は?」
俺は、わざと声を落とした。
「あんた、セレナの生まれは知ってるんだろ?」
ミユキが、はっと目を見開いた。
四大企業が絡む話なら、身元のきれいな名義が欲しい事情もありえる。そういう顔になった。
「名義は彼女が貸す。腕と船は、俺たちが出す。そして、彼女を無事に星の海へ連れ出す。お互いの得が一致した、まっとうな契約さ。巻き上げようにも、こいつの口座はすっからかんだしな」
「ちょっと! すっからかんは余計よ!」
ミユキは、じっと俺の目を見た。俺も、目を逸らさなかった。
やがて、ミユキは深く、本当に深いため息をついた。
「……前の夢見がちな詐欺師よりは、よっぽど肝が据わってるみたいね。いいわ。でも、この子に万が一のことがあったら、ギルドの網を使って、全宇宙に手配書を回すからね」
……もう回ってるんだがな。
「安心しろ。雇い主を守るのが、俺たちの仕事だ」
「ありがとう、ミユキ! 大好き!」
抱きつくセレナの頭を、ミユキがやれやれと撫でる。
「……旦那。息をするように嘘をつくな」
後ろで、ガラムがぼそりと言った。
「お尋ね者の必須技能だ。覚えとけ」
*
いよいよ、本番だ。
登録の窓口で、俺とガラムはセレナのすぐ後ろに立った。
スキャナーにかけられるのは、登録するセレナだけだ。付き添いの俺たちが調べられるわけじゃない。そう自分に言い聞かせて、なるべく自然に振る舞う。
ところが、カウンターの奥から白髪の老人がふらりと現れて、作業をしていた職員と席を代わってしまった。
「し、支配人!?」
セレナが、裏返った声を上げた。
支配人は、柔らかな笑みを浮かべたまま、俺の方へ目を向けた。
笑っているのに、目の奥だけが笑っていない。
「うちの大事な職員を連れていくという方を、ひと目見ておきたくなりましてね」
支配人は、端末を操作するふりをしながら、セレナ越しに身を乗り出した。周りには聞こえない、ひどく静かな声だった。
「近頃は、宇宙も物騒になりましてね。若い娘を連れ去る人攫いや……ワープボックスを壊すなんていう、とんでもない事件も起きているそうで。大事な職員を預ける身として、ひどく不安になる気持ちは、分かりますでしょう?」
心臓が、嫌な音を立てた。
はっきりしたことは、何一つ言っていない。だが、この老人は分かっている。俺が誰なのかを分かった上で、鎌をかけてきている。
俺は、ハットの鍔を少し下げて、支配人の目を真っ直ぐに見返した。
「路地裏の野良犬だって、自分の身の守り方くらいは知ってますよ。それに今は、素敵な飼い主もいるんでね。……首輪をつけられた犬は、飼い主に噛みついたりしませんよ」
支配人は、数秒のあいだ、俺の目の奥を探っていた。
やがて、目尻のしわが、ふっと深くなった。
「……この子を、お願いしますね。あなた方が思っているより、ずっとお転婆なんで」
「ええ。もう、痛いほど分かってますよ」
セレナがスキャナーに手を置いて、登録の書類を出す。チーム名と船の名前を兼ねて、『ラスティ・バレット』。
船の識別番号は、ガラムがでっち上げたでたらめな数字だ。正規の記録と照らし合わされたら、通るはずがない。
支配人が番号を打ち込み、ぴたりと手を止めた。
「……おや、エラーですね。何せ、中古の古い機械なもので。奥から取扱説明書を取ってきます」
支配人は、ゆっくりと背を向けて、奥の部屋へ消えていった。
俺は、セレナの肩をぽんと叩いた。
セレナは、周りの目なんてまるで気にせず、思いきりカウンターに身を乗り出した。端末の差し込み口に、右手の指輪を押しつける。
ピピッ。
エラーが上書きされ、承認の表示があっけなく灯った。
その直後、まるで終わるのを待っていたかのように、支配人が説明書を片手に戻ってきた。
「おや? エラーが消えていますね。通信の具合でも悪かったんですかねぇ」
真新しいカードが、一枚、吐き出された。
「これで登録完了です。あなたは今日から、アイアンランクの傭兵です」
カードをセレナに手渡しながら、支配人はちらりと俺を見た。
「これからも、末永いお付き合いを」
*
「えへへ……アイアンランク、アイアンランク……♪」
帰り道、セレナはカードを顔の前に掲げて、にまにまと笑い続けていた。
「旦那。あの支配人、わざと奥に引っ込んだよな」
「エラーくらいで、説明書を取りに席を外す奴はいねぇよ。見逃してくれたんだ。……たぶんな」
それに、あの老人。どこかで会ったことがある気がする。頭の隅に何かが引っかかっていたが、思い出せなかった。
数時間後。荷物を取りに寮へ戻っていたセレナが、ドックに現れた。
体にぴったり張りつくコンバットスーツに、思いきり短いホットパンツ。膝上まである長いブーツ。首には、どこで使うのか分からないごついゴーグル。金髪は、元気なポニーテールにまとめてある。
たぶん、こいつが思う「最高に格好いい女傭兵」の姿、そのものなのだろう。
「で、私の部屋はどこ?」
「……そこの貨物室だ」
個室は、俺の部屋と予備の一部屋しかない。予備はガラムに渡してある。
金属の壁とむき出しのパイプを見て、セレナは絵に描いたような渋い顔をした。
*
その夜、ダイニングで、トリック・リストランテのピザとハンバーガーを囲んだ。
「ねぇ、仕事って何するの? 宇宙海賊を相手に悪党退治とか、いいわね!」
口の周りをソースだらけにしたセレナが、目を輝かせた。
「アイアンランクに、そんな派手な仕事はねぇよ」
ガラムが、ため息をついた。
「せいぜい、宇宙のゴミ拾いとか、ステーションのネズミ駆除だ。悪党退治が回ってくるのは、シルバーに上がってからだな」
「ゴミ拾い!? ネズミ駆除!? そんなの、お掃除屋さんじゃない! ……もうっ、早くランクを上げなきゃ! 二人とも、死ぬ気で私についてきなさいよ!」
ふんぞり返るポニーテールの小娘に、俺とガラムは同時に吹き出した。
アイアンランク、か。
数日前までゴールドだった俺が、今は一番下の、ただの平の乗組員だ。
それでも、まあ。やれることを、やるしかない。
*
翌朝。
ギルドに足を踏み入れた瞬間、カウンターの奥から、切羽詰まった声が飛んできた。
「ちょっと! あんたたち!」
ミユキだった。血相を変えて駆け寄ってくると、周りを気にしながら、声を落とした。
「あんたたち……昨日の今日で、いったい何をやったのよ!?」
俺たち三人は、きょとんと顔を見合わせた。
「……その顔は、本当に何も知らないって顔ね」
ミユキは、抱えていたタブレットをこちらに向けた。
「あんたたちの『ラスティ・バレット』宛てに、指名依頼が来てるわ」
画面には、『アイアンランク 指名依頼』の文字。
昨日登録したばかりの、名もない新人だ。
そんな俺たちを、名指しで呼びつける奴が、どこにいる。
「じゃあ私、先にギルドに戻って辞めてくるわね! 傭兵になるなら、まずは受付嬢を辞めなきゃ!」
話がまとまるやいなや、セレナは飲みかけのジュースを放り出して、一人でバーを飛び出していった。嵐みたいな小娘だ。
俺とガラムは会計を済ませて、少し距離を置いてから後を追った。
ネオンのちらつく大通りを歩きながら、ガラムが珍しく真面目な声を出した。
「……本当によかったのか、旦那」
「何がだ」
「お嬢様を艦長に据える件さ。先に進むには、それしかねぇのは分かる。けど、例の積み荷を闇市で売っちまえば、裏の組織を通して、もっとましな偽の身分を買えたかもしれねぇだろ?」
俺は、ハットを深くかぶり直した。
「あの箱をいじって金に換えるのは、どうにも嫌な予感がするんだ。得体の知れねぇ匂いが、ぷんぷんしやがる」
「嫌な予感、ね」
「ああ。傭兵の勘ってやつだ」
理屈じゃない。だが、何度も死線をくぐってきた勘が、あの箱に勝手に手を出すなと言っている。
ガラムは肩をすくめて、小さく笑った。
「旦那がいいなら、もう文句は言わねぇよ。最後までついてくって決めたしな」
*
傭兵ギルドに戻ると、入口近くのカウンターの隅で、さっそくセレナが揉めていた。
相手は、黒髪ですらりと背の高い受付嬢だった。
「あんたねぇ、いい加減に目を覚ましなさい」
怒鳴りはしない。呆れ半分、諭すような口調だった。
「急に戻ってきたと思ったら、辞める? しかも傭兵になる? 夢を見るのもいいけど、現実を見なさい」
見た目はセレナと同じくらいの年に見える。なのに、その落ち着きぶりは、駄々をこねる子供をなだめる母親そのものだった。
「ミユキは何も分かってない!」
セレナが、唇を尖らせて言い返す。
「急に決めて、シフトに穴を開けるのは悪いと思ってるわよ。でも、傭兵の経験がなくても大丈夫だって言ってるじゃない! 優秀な手下を雇ったって、さっき言ったでしょ!」
「その優秀な手下ってのが問題なのよ。聞けば、『路地裏で拾ったスラム上がりのスキンヘッドと、西部劇にかぶれたくたびれたおっさん』だって言うじゃない。本当に信用できるの?」
……なんて説明をしやがる。
まあ、指名手配犯だとばれていないだけましか。
だが、こんな目立つところで押し問答を続けられたら、警備兵やほかの傭兵に余計な目をつけられる。
俺はわざとブーツの踵を鳴らして、二人に近づいた。
「待たせたな、キャプテン」
声をかけた瞬間、ミユキの目が俺を射抜いた。
「……あんたが、セレナに近づいてきた新しい詐欺師ね。前の男に全財産巻き上げられて弱ってるこの子を、さらに食い物にしようっての? どういうつもりか知らないけど、私は騙されないからね!」
さっきまでの母親の顔はどこへやら。目を吊り上げたその顔は、大昔の地球にあったという般若の面そのものだった。
俺は両手を軽く上げて、敵意がないことを示した。
「落ち着け。嬢ちゃんを騙す気なんて、これっぽっちもない。こっちにとっても、これは対等な商売なんだ」
「商売ですって?」
「ああ。腕も船もあるんだが、ちょっとした揉め事でな。四大企業が絡んでるんで詳しくは言えねぇが、身分証をなくしちまった。事情があって、作り直すのも難しい。だから、どうしても身元のきれいな『キャプテン』が要ったんだ」
いかにも訳ありのプロらしい、落ち着いた声で嘘を並べる。
「……証拠は?」
「証拠?」
俺は、わざと声を落とした。
「あんた、セレナの生まれは知ってるんだろ?」
ミユキが、はっと目を見開いた。
どうやら、セレナが四大企業SD社の家出娘だということを、知っていたらしい。四大企業が絡む話なら、身元のきれいな名義が欲しい事情も、ありえないことじゃない。そういう顔になった。
「キャプテンの名義と、ギルドの登録の枠を、彼女が俺たちに貸す。俺たちは、腕と船を出す。そして、彼女を無事に星の海へ連れ出す。お互いの得が一致しただけの、まっとうな契約さ」
「……またこの子から、お金を巻き上げる気じゃないでしょうね」
「巻き上げようにも、こいつの口座がすっからかんなのは、あんたも知ってるだろ。当面の経費は、こっち持ちだ。俺たちが欲しいのは、こいつの『きれいな身分』だけだよ」
「ちょっと! すっからかんは余計よ!」
横でセレナが抗議したが、俺もミユキも無視した。
ミユキは、じっと俺の目を見た。俺も、目を逸らさなかった。
やがて、ミユキは深く、本当に深いため息をついた。
「……はぁ。前の夢見がちな詐欺師よりは、よっぽど肝が据わってるみたいね」
般若の面が崩れて、呆れた母親の顔に戻った。
「分かったわよ。セレナが一度言い出したら聞かないのは、私が一番よく知ってる。……でも、この子に万が一のことがあったら、ギルドの網を使って、全宇宙に手配書を回すからね」
……もう回ってるんだがな。
心の中で苦笑しながら、俺はにやりと笑ってみせた。
「安心しろ。雇い主を守るのが、俺たちの仕事だ」
ミユキは渋々、手元の端末を操作した。
「ほら、退職の手続きは終わったわよ。さっさと登録の窓口に行きなさい、キャプテン・セレナ」
「ありがとう、ミユキ! 大好き!」
抱きついてくるセレナの頭を、ミユキがやれやれと撫でる。
うまく丸め込んだ俺の後ろで、ガラムがぼそりと言った。
「……旦那。息をするように嘘をつくな」
「お尋ね者の必須技能だ。覚えとけ」
*
いよいよ、本番だ。
登録の窓口で、俺とガラムはセレナのすぐ後ろに立った。何かあれば、すぐに助けに入れる位置だ。
さっきは、あの生体スキャナーと武装した警備兵に尻込みして引き返した。だが今回、スキャナーにかけられるのは、登録するセレナだけだ。付き添いの俺たちが調べられるわけじゃない。そう自分に言い聞かせて、なるべく自然に振る舞う。
手続きは、打ち合わせどおりに進むはずだった。
ところが、カウンターの奥から一人の男がふらりと現れ、作業をしていた職員の肩をぽんと叩いた。そのまま、席を代わってしまう。
「し、支配人!?」
セレナが、裏返った声を上げた。
白髪をきれいに撫でつけた、いかにも人の良さそうな老人だった。
「なんだい。私が直々に受付をしちゃ、いけないのかい?」
「い、いえ、そんなことは……」
支配人は、柔らかな笑みを浮かべたまま、俺の方へ目を向けた。
笑っているのに、目の奥だけが笑っていない。
「うちの大事な職員を連れていくという方を、ひと目見ておきたくなりましてね。さっきのやり取りが、少し聞こえてしまいまして」
「……そいつは光栄だ。ずいぶん過保護な職場だな。この星には似合わない」
支配人は、端末を操作するふりをしながら、セレナ越しに身を乗り出した。周りには聞こえない、ひどく静かな声だった。
「近頃は、宇宙もずいぶん物騒になりましてね。言葉巧みに若い娘を連れ去る、人攫いのような事件もあるそうですし……」
そこで一度、言葉を切る。
「……ワープボックスを壊すなんていう、とんでもなく物騒な事件も起きているそうで。分かりますでしょう? 大事な職員を預ける身として、ひどく不安になる気持ちが」
心臓が、嫌な音を立てた。
はっきりしたことは、何一つ言っていない。だが、この老人は分かっている。俺が誰なのかを分かった上で、鎌をかけてきている。
隣で、ガラムが息を呑む気配がした。
俺は、ハットの鍔を少しだけ下げて、支配人の目を真っ直ぐに見返した。
「路地裏の野良犬だって、自分の身の守り方くらいは知ってますよ。それに今は、素敵な飼い主もいるんでね。……首輪をつけられた犬は、飼い主に噛みついたりしませんよ」
支配人は、数秒のあいだ、俺の目の奥を探っていた。
やがて、小さく、本当に小さく息を吐いた。目尻のしわが、ふっと深くなる。
「……この子を、お願いしますね。あなた方が思っているより、ずっとお転婆なんで」
「ええ。もう、痛いほど分かってますよ」
「ちょっと、何なのよ! 私を置いてけぼりにして!」
蚊帳の外に置かれたセレナが、頬を膨らませた。
「おっと、失礼。お待たせしてはいけませんね。登録を進めましょう」
セレナがスキャナーに手を置いて、生体情報を登録する。それから、用意しておいた書類のデータを提出した。
セレナの名前。チーム名と船の名前を兼ねて、『ラスティ・バレット』。それに、船の識別番号。
この番号は、ガラムがでっち上げた、でたらめな数字だ。正規の記録と照らし合わされたら、通るはずがない。
「ほう。チーム名は『ラスティ・バレット』ですか。……いい名前ですね」
……嫌味にしか聞こえねぇ。
支配人は識別番号を打ち込み、ぴたりと手を止めた。
画面に、エラーが出たらしい。支配人の目が、すっと細くなる。
「……おや、エラーですね。何せ、中古の古い機械なもので。少々お待ちを。奥から取扱説明書を取ってきます」
支配人は、ゆっくりと立ち上がると、背を向けて奥の部屋へ消えていった。
その背中が見えなくなったのを確かめて、俺はセレナの肩をぽんと叩いた。
セレナは、はっとして――周りの目なんてまるで気にせず、思いきりカウンターに身を乗り出した。支配人が触っていた端末の差し込み口に、右手の指輪を押しつける。
ピピッ。
エラーが上書きされ、承認の表示があっけなく灯った。
その直後。まるで終わるのを待っていたかのように、支配人が説明書を片手にひょっこりと戻ってきた。
画面を覗き込んで、わざとらしく目を丸くする。
「おや? エラーが消えて、登録が済んでいますね。通信の具合でも悪かったんですかねぇ」
そこから先は、何事もなく進んだ。
端末から、真新しいカードが一枚、吐き出される。
「これで登録完了です。おめでとうございます。あなたは今日から、アイアンランクの傭兵です」
支配人は、セレナにカードを手渡しながら、ちらりと俺を見た。
「これからも、末永いお付き合いを」
その笑顔の意味を、俺は最後まで読み切れなかった。
【用語解説】
■人物
セレナ
四大企業の一つ、SD社の令嬢にして家出娘。17歳。本作きってのトラブルメーカーにして、《ラスティ・バレット》のキャプテン(名義上)。
一族の中では下から二番目の生まれで、家の中での立場は低かった。昔からホロ映画の影響で傭兵に強く憧れており、家を出てすぐ、世間知らずにつけ込んだ男に全財産を騙し取られて、オメガ・ハブに流れ着いた。
「立てば芍薬、座れば牡丹、喋る姿は機関銃」を地で行く少女で、黙っていれば誰もが振り返る美人。だが、お嬢様らしい教育をまともに受けてこなかったのか、本人に覚える気がなかったのか、無鉄砲で向こう見ず。思ったことはすぐに行動に移し、嬉しいことも嫌なこともすぐ顔に出る。その常識外れの勢いが、時にザックたちの窮地を救い、時に自ら窮地を招く。
ミユキ
オメガ・ハブの傭兵ギルドで働く、セレナの元同僚。
セレナと同年代の若い女性に見られがちだが、実は見た目よりも年上のしっかり者。若く見られてしまうのが、本人のひそかな悩みである。わがままなセレナをたしなめるなど、職員の中では「お母さん」のような立ち位置にあり、同僚からの信頼も厚い。面倒見の良さと穏やかな雰囲気から、荒くれ者の傭兵たちの中にも隠れファンが多い。
ギルド支配人
オメガ・ハブの傭兵ギルドを取り仕切る、白髪の好々爺。
物腰は柔らかく、いつもにこにこと笑っているが、目の奥だけは笑っていない。職員を大事にすることでも知られ、セレナの登録の際には、わざわざ自分で窓口に座った。
無法者の吹き溜まりのギルドにしては、不釣り合いなほど高性能な生体認証の仕組みが入っているのは、この支配人の顔の広さのおかげだという噂もある。どうしてこんな辺境で支配人をしているのか、その過去を知る者は少ない。
■組織・階級
ツクヨミ(ツクヨミ・グローバル・ホールディングス)
四大企業には及ばないものの、それに次ぐ規模と影響力を持つ巨大企業。
自分たちの星系の資源を売って勢力を広げるのではなく、優れた研究所と研究者を数多く抱え、「技術とアイディアで人類を導く」という理念のもと、技術力で優位に立とうとする独特の企業。技術力そのものは、四大企業にも引けを取らないと言われている。
SD社
セレナの実家であり、宇宙を牛耳る四大企業の一つ。
いくつもの星系を支配下に置き、とりわけ、惑星の環境を人が住めるように作り変える「テラフォーミング」の技術に強い。一方で、社風は古めかしく血筋を重んじ、社長や会長といった経営の要職は、すべて一族で占められている。そのため、一族の中での権力争いや足の引っ張り合いが絶えない。
傭兵ギルドの階級
傭兵ギルドに所属する者の実力を示す、六段階の指標。下から順に「アイアン」「カッパー」「シルバー」「ゴールド」「プラチナ」「ダイヤ」。
依頼の達成数や成功率、ギルドへの貢献度などで上下する。アイアンが受けられるのは、宇宙のゴミ拾いやネズミ駆除といった、お掃除屋や便利屋のような仕事だけ。カッパーでようやく警備の仕事などが回ってくる。「傭兵として一人前」と認められるのは、シルバーから。
ゴールドは、現役の傭兵が実際に届く頂点と言っていい。その上のプラチナは、宇宙全体でも数えるほどしかいない。最上位のダイヤに至っては、伝説、神の領域とまで呼ばれている。元ゴールドのトップクラスだったザックは、まさに現役の頂点にいた男である。
傭兵ギルドの職員
無法者の集まるオメガ・ハブでは、ギルド職員の地位は比較的高く、辺境としては珍しく給料も安定していて相場より高い。
受付嬢だったセレナも、それなりの給料をもらっていたはずなのだが、金銭感覚が「大企業のお嬢様」のまま止まっていたため、入った端から使ってしまい、常にすっからかんだった。
■地名・施設
人工惑星オメガ・ハブ
ザックたちが身を隠した、無法者たちの街。
小惑星帯という天然の壁に守られ、軍の大型艦が入り込めないため、宇宙のお尋ね者たちの吹き溜まりとして独自に発展してきた。もとは小さな簡易駐機基地だったが、今では後ろ暗い取引や、身元を隠したい者たちが集まる巨大な闇市のような場所になっている。ネオンが絶えず明滅し、あちこちの星の言葉と欲望が入り混じる、猥雑で騒がしい街。
後払いの駐機所
宇宙港で船を停めておく場所。当然、前払いの方が安い。治安の悪い辺境では、料金の踏み倒しや、船の持ち主が死んで戻ってこない危険も見込まれているため、後払いを選ぶと足元を見られ、とても高くつく。
■アイテム・装備
絶対権限リング(エグゼクティブ・リング)
四大企業のトップ層と、その一族だけが持つ電子の指輪。光を受けると浮かび上がる、八角形の幾何学模様が目印。
本来は最高レベルの守りを通り抜けるための鍵だが、オメガ・ハブのギルドが、SD社のお下がりの古いセキュリティ装置を使っていたため、セレナのリングによる「強制承認」という力業が通ってしまった。
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