1-8 錆び弾の艦長
1-8 錆び弾の艦長
ガラムが画面に描き出したPDCの監視網を避けながら、俺たちは誰の目にも留まらずに、目的の宙域へ辿り着いた。
人工惑星、オメガ・ハブ。
もとは、ただの簡易駐機基地の一つだった。ところが、周りをぐるりと分厚い小惑星帯に囲まれている。PDCの大艦隊が隊列を組んで通るには、とにかく都合が悪い。無理に通れないこともないが、手間と危険を考えれば、軍がわざわざ足を運ばなくなるのは当然だった。
軍の目が届かなければ、ならず者が集まる。ならず者が集まれば、それを相手に商売を始める奴が出てくる。好き勝手に建て増しを繰り返すうちに、気づけば一つの街になっていた。
お尋ね者が息を潜めるには、うってつけの星だ。
「旦那の言ってた後払いの駐機所、いくつか見繕っといたぜ。ここなんかおすすめだ。安い上に、整備がタダでついてくる」
ガラムの案内で、ネオンがちかちか瞬く薄汚れたドックに船を降ろした。
さっそくタダの整備を頼んでみたが、出てきたつなぎ姿の整備士は、船を見るなり首を振った。
「こんなボコボコの船は、ちゃんとした専門の整備所に持ってってくれ」
……まあ、そうだろうな。俺も内心で同意して、燃料の補給だけを頼んだ。支払いはもちろん、出ていく時の後払いだ。
その間に、ガラムは傭兵ギルドまでの道を調べ終えていた。
「積み荷の件は後回しだな。分からねぇことが多すぎる。まずはギルドで様子見だ」
「ああ。いけそうなら、その場で登録までやる。無理なら、お前の出番だ。携帯コンソール、忘れんなよ」
ガラムが、胸のポケットをぽんと叩いた。
「それでも駄目なら……例の積み荷に手を出すしかねぇな。それも無理なら、詰みだ」
俺は黙って、さっき整備士から届いた請求書を、ガラムに見せた。
今の俺たちには、どう逆立ちしても払えない駐機料が並んでいた。
*
オメガ・ハブの傭兵ギルドは、むせ返るような熱気と、あちこちの星の言葉が飛び交う、無法者の溜まり場だった。
登録の窓口へ向かいかけて、俺は足を止めた。
カウンターの奥で、生体スキャナーが鈍く光っている。その脇には、重武装の警備兵。
「……やめだ。あのスキャナー、そこらの市販品じゃねぇ。今の俺が近づいたら、その場で蜂の巣だ」
俺たちは窓口を離れ、隅の目立たない待合席に移った。
ガラムがジャケットの裏から携帯コンソールを取り出し、周りの目を盗んでギルドのシステムに潜り込もうとする。
数分後。
「……くそっ」
ガラムの額に、汗が浮いていた。
「なんでこんな場末に、こんな化け物みてぇな守りがあるんだ。……弾かれる。俺の道具が、まるで通用しねぇ。こんなの初めてだぜ」
「長居は無用だな。出るぞ」
ギルドの扉を抜けて、ネオンの瞬く通りに出た。
その直後だった。
……つけられてる。
背中に、不自然な視線が張りついている。目配せをすると、ガラムはばっと思い切り後ろを振り返った。
「お、おい! 誰か後ろに――」
「馬鹿、そんな派手に振り返る奴があるか」
俺はガラムの頭を小突いた。
だが、つけてきた相手は、それ以上の素人だった。ガラムが振り返った瞬間、びくっと肩を跳ね上げて、慌てて屋台の陰に隠れた。派手な金髪と、ギルドの制服が丸見えだ。
俺はわざと、人通りの少ない薄暗い路地へ入った。行き止まりの壁を確かめてから、物陰に張りつく。
数秒後。こつ、こつ、とヒールの足音が、路地に入ってきた。
「あれ? どこに行っちゃったの……?」
きょろきょろとあたりを見回すその背中に、俺は音もなく近づいた。
「俺なら、ここだ」
「ひゃあっ!?」
腕をひねり上げ、電子銃の銃口を脇腹に押し当てて、壁に押しつける。
大丈夫だ。今度は、ちゃんと充電してある。セーフティも外した。
つけてきたのは、さっきギルドの窓口で、暇そうに爪を磨いていた受付嬢だった。
「つけてきやがって。何の用だ」
「ち、違うの! 何かしようってわけじゃないわ! ただ……ニュースでやってたテロリストに、何だか似てる気がして……何となくよ! ほんとよ!」
……何となくで、大当たりを引いたのか、こいつは。
女は、セレナと名乗った。
年は十七、八といったところか。ゆるく波打つ金色の長い髪。黙っていれば、育ちのいいお嬢様に見えなくもない。
「お願い、私をここから連れ出して! 私のお金を持ち逃げした、あのクソ男が逃げた先……ツクヨミの星系に行きたいの! テロリストなんだから、隠れながら飛ぶなんて簡単でしょ!?」
「ふざけるな。簡単なわけがあるか。それに、どこの誰とも知れねぇ素人を船に乗せる気はない。行くぞ、ガラム」
鼻で笑って銃を下ろし、立ち去ろうとした瞬間。
「待って! お願い、行かないでぇっ!」
セレナは、俺の足にしがみついた。ぼろぼろと大粒の涙をこぼして、子供みたいに泣きじゃくり始める。
「もう嫌なの! 毎日こんなドブみたいな星で、栄養ペーストすすってタダ働きなんて! 私のお金持ち逃げしたあの男、絶対に許さないんだからぁ! うわぁぁぁん!」
すさまじい泣き声だった。
ここまで惨めに泣かれると、少しは情も湧く。だが、念のため、一つ鎌をかけてみることにした。
「……三文芝居はそこまでだ」
俺はもう一度銃を構えて、セレナの右手を指さした。
「泣き落としで隙を作る気だろうが、一つ致命的なミスをしてるぞ。その指輪だ。光が当たると、八角形の模様が浮かぶ。見る奴が見れば一発で分かる。四大企業の、それもトップの一族しか持てない『絶対権限リング』だろ」
セレナの肩が、びくりと跳ねた。
「その手の代物には、持ち主の危機を知らせる追跡装置が仕込まれてる。俺が腕をひねり上げて、お前の心臓が跳ね上がった瞬間、雇い主の私兵部隊に、ここの座標が飛んだはずだ。俺を足止めする。それが、お前の本当の仕事だな」
セレナの涙が、ぴたりと止まった。
そして、顔から一気に血の気が引いた。
「つ、追跡装置……!? 嘘でしょ、そんなの聞いてない!」
セレナは、指輪を必死に引っ張り始めた。手ががくがく震えている。
「やばいやばいやばい! 会社の警備部隊にここがバレたら、凍える軌道上の別荘に閉じ込められちゃう! いやぁぁぁっ! 抜けない! 抜けなくなっちゃったぁぁ!」
……さすがに、殺されはしないんじゃないか。
親にばれるのが怖くて、自分の指を引きちぎりそうな勢いで暴れている。どこからどう見ても、ただの家出娘の怯え方だ。足止めに失敗した刺客の焦りなんて、欠片もない。
「なぁ、旦那」
ガラムが、呆れた顔で手元のスキャナーを見せてきた。
「そいつの指輪、ただの古い電子マスターキーだぜ。追跡装置なんて物騒なもん、どこにも入ってねぇよ」
「……ああ、知ってる。ただの鎌かけだ」
大通りの方から、「なんだ、借金取りが女を泣かせてんのか?」と野次馬が集まり始めていた。全宇宙のお尋ね者にとって、これ以上の注目は命取りだ。
「……分かった、分かったから泣き止め! 追跡装置の話は俺の勘違いだ。誰も追ってこない。……悪かった。少しやりすぎた」
首根っこを掴んで立たせると、セレナはずるずると鼻をすすりながら、上目遣いでこっちを見た。
「……ほんと?」
「ああ。だから、さっさと化粧を直してこい。せっかくの美人が台無しだぞ」
ハンカチを差し出すと、セレナははっとして、慌てて手鏡を取り出し、顔を背けた。
*
大通りに戻って、近くのバーの奥のボックス席に潜り込んだ。
運ばれてきた合成酒を一口あおって、俺は息を吐いた。
「……美味いな。ダストホールの酒場の、何十倍も美味い。この店は当たりだ」
「旦那。こいつは、どこにでもある普通の、いや、それ以下の安酒だぜ」
ガラムが苦笑いした。
「旦那の舌が、ダストホールの泥水に毒されてるだけだ」
……あれより不味いもんはない。その意見は、今も変わらない。
ガラムはグラスを置いて、セレナに向き直った。
「で、セレナだったか。疑ってるわけじゃねぇが、詳しく話してくれねぇか」
セレナは、ぽつぽつと身の上を語り始めた。
四大企業の一つ、ステラ・デベロップメント――通称SD社の、下から二番目のお嬢様。それが、こいつの正体だった。
ホロ映画の影響で傭兵に憧れて、家を飛び出した。その世間知らずにつけ込まれて、男に全財産を騙し取られた。男が逃げ込んだ星系までは分かっている。だが追いかける足がない。途方に暮れていたところに、テロまでやってのける凄腕が現れた――というわけらしい。
ついでに、俺たちがPDCに追われるお尋ね者だということも、それとなく伝えてみた。
セレナは、ことの重大さがいまいちぴんと来ていないようだった。
「だって、あんたたち、悪人には見えないもの」
だそうだ。
「で、旦那。ギルドの登録の件だが」
ガラムが、話を戻した。
「あそこの守りは、がちがちだ。旦那の生体情報をごまかして登録するのは、今の俺の腕じゃ、まず無理だ」
「だろうな」
俺は腕を組んだ。
「かといって、身分を隠したままここをうろついても、駐機料は払えねぇ。積み荷の依頼主から連絡が来るのを待つこともできねぇ。届け先は『オメガ・ハブ』としか聞いてないんだ。いつもなら、ギルドを通して連絡が来るんだが……このままじゃ詰みだ」
手詰まりだ、と思った、その時。
ストローでカラフルなジュースをすすっていたセレナが、とんでもないことを言い出した。
「じゃあ、私がキャプテンになればいいじゃない! あなたたち二人は、私の子分よ!」
ばん、とテーブルを叩いて、胸を張る。
あまりの飛躍に、俺は目を丸くした。
「……ああ、そう来たかぁ。何も考えずに動ける奴って、ある意味怖ぇな……」
ガラムが、頭を抱えて本音を漏らした。
「まっさらな新人を登録して、俺たちがその下につく。それならシステムは通る。俺も考えはした。けど、あの船は旦那の船だ! ぽっと出のお嬢様に、艦長の座を譲るなんて――」
「いや、いいんじゃないか?」
俺は、あっさり頷いた。
「俺は、流麗で美しく、どの船よりも速く、強い『シルバー・バレット』の艦長であって、あのツギハギだらけのボコボコな船……『ラスティ・バレット(錆び弾)』の艦長じゃないからな」
名義なんて、どうでもいい。操縦席に座るのが俺である限り、あの船の誇りは消えない。今はとにかく、自由に動ける身分と金が要る。
「やったぁ! 船の名前も決まったみたいだし、オッケーってことでいいわね!」
「よくねぇよ!」
ガラムが、テーブルから身を乗り出した。
「人の登録は通せても、船はどうすんだ! 船の識別コードは、造った時に焼きつけられてる。ちゃんとした手続きを踏まねぇと、ごまかせねぇぞ!」
セレナは、得意げに笑って、右手の人差し指を立てた。
「これを使うのよ。さっき、あなたが鎌かけに使った、絶対権限リング」
金色の指輪が、バーの薄暗い照明を受けて光った。
「ここのギルドの支配人、ウチの会社のお下がりのセキュリティ装置を、安く買い叩いて使ってるのよ。だから、このリングを差し込めば、船の識別コードのエラーなんて、全部まとめて承認で上書きできるわ」
俺とガラムは、顔を見合わせた。
理屈は分かる。だがガラムは、ぽっと出の小娘を艦長に据えることに、まったく納得がいっていない顔で唸っている。
一方のセレナは、ホロ映画の主人公にでもなったつもりらしい。夢見るような満面の笑みだ。
一つ間違えれば、まとめてお縄になる綱渡り。
俺はグラスの残りを飲み干して、不満げな天才ハッカーと、ホロ映画に毒された無鉄砲なお嬢様を見渡した。
「さて。やるか」
「そうと決まれば、行くわよ、子分たち!」
セレナが、勢いよく立ち上がった。
「キャプテン命令よ!」
「……まだ登録もしてねぇだろ」
ガラムのぼやきを背中で聞きながら、俺も立ち上がった。
店を出る間際、ガラムが俺の袖を引いて、声を落とした。
「旦那。あの指輪、四大企業のトップの一族しか持てねぇ鍵なんだろ」
「ああ」
「そんなもんを、ギルドの機械に差し込んで……本当に、何も起きねぇと思うか?」
俺は、前を歩くセレナの背中を見た。
右手の指輪が、ネオンを受けて、金色に光っていた。
何も起きない、とは言い切れなかった。
だが、ほかに道はない。
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