カッコよく生きるコト
しんしんと、雪の降る昼下がりのことだ。珍しく東京は大雪に見舞われていた。昼だというのに空は暗く、昨夜から降り続ける雪も止みそうにない。つけっぱなしのテレビが、JRの運休を報じていた。
「楓佳さん」
「あん? どうした、あらたまって」
「私、カッコよく生きるオンナになりたいです」
楓佳さんの部屋にお邪魔していた私は、コタツの上のミカンをむきながら、そう切り出していた。楓佳さんの手元から、むいたミカンが一房転がり落ちた。
§
「つまり、あれか。香織は俺みたいにつっぱりたいと?」
「いいえ、そういう意味じゃないんですけど……」
新しく剥いたみかんを、口に放り込みながら私は言葉を探した。
「不良やヤンキーになりたいわけじゃありません。そうではなくて……強く自立した女性といいますか。ちょっとしたことで悩まず、へこたれず、きりっと背を伸ばして歩いて行ける、そんな女性になりたいんです」
「どうした、悩み事か? へこたれてんなら話聞くぜ。恋煩いか?」
茶化すように覗き込んでくる楓佳さんの顔を見て、私は思わず涙目になってしまった。図星だったからだ。
「恋煩いといいますか、恋が終わっちゃったといいますか……」
私は失恋をしていた。
相手は、ずっとずっと好きだった人。姉と一緒によく行っていた、行きつけの喫茶店の若いマスター。
「まーたアイツか……。ってことは、お前ら姉妹揃ってアイツのこと好きだったのか」
失恋の理由は、彼が他の女性と先に交際を始めたからだった。
そして、その相手というのは他でもない、私の姉だった。
姉の幸せを祝福したい想いは、確かにある。けれども、大好きな姉に先を越された、姉に彼を取られたという、認めたくないどろっとした嫌な感情も、私の中に同時に存在していた。そんな醜い感情を抱いてしまう自分が嫌で、ひどく落ち込んでいたのだ。
みかんを摘まみながら、楓佳さんは言葉足らずに私を慰めようとしてくれた。ただ、その口から飛び出すのは、あの人への悪口ばかりだ。
「罪づくりなヤツだ」
「なんだってあんなヤツがこんなモテんだ?」
「やっぱ一度シメとくか」
幼馴染だからだろうか。遠慮のない言葉が次々と飛び出してくることに、私は思わず苦笑いを浮かべた。
しかし、その荒っぽい台詞の端々に、どことなく寂しさやもの悲しさといった、哀愁や寂寥が滲んでいるような気がした。
彼女はあの人の幼馴染だ。ひょっとすると昔から、私なんかよりもはるか昔から、彼のことを好きだったのではないだろうか。
「楓佳さんも好きだったんですか?」
その瞬間、楓佳さんは思い切りみかんを喉に詰まらせて、激しくむせ返った。
「ごほっ、げほっ、ごほぉっ!」
「あわわ、ごめんなさいっ! お茶、お茶飲みますか!?」
私は大慌てで謝りながら急須からお茶を注ぎ、楓佳さんに差し出す。楓佳さんはそれをひったくるようにして一気にあおった。
「あーっ!? だめです、それ淹れたてでっ!」
「あッッッつ!? ごふっ、げぁっ!」
熱湯で喉を焼いた楓佳さんが悲鳴を上げる。
「ごごごご、ごめんなさあああいっ!!」
§
一息ついて、ようやく落ち着きを取り戻した楓佳さんは、涙目で私を睨みつけた。
「お前さあ、思ったことズケズケ聞く癖、直したほうがいいぜ?」
「お姉ちゃんにもよく言われます……」
二人揃って、今度こそ適温になったお茶をすすり、仕切り直す。
「それで、実際のところ、どうだったんですか?」
「そのうえで突っ込んで聞くのかよ……。お前も大概図太いよな」
「ごめんなさい……。けど、もしそうなら、好きな人が自分から離れて行ってしまっても、落ち込んだりする素振りをみせないで二人を祝ってあげてた楓佳さんが、とても強い人に思えて……。そんなふうに強く生きる秘訣みたいなものは、なんですか?」
私の問いに、楓佳さんは「そんな殊勝なもんでもなんでもねえよ」と鼻を鳴らしたあと、ふっと声のトーンを落とした。
「アイツは、そうだな……」
コタツの上の宙をぼんやりと見つめるその目は、遠い昔を懐かしむように穏やかだった。
「物心ついた時からずっとそばにいた、双子……いいや、違うな。片割れ? そう、半身みたいなもんだったんだ。どこ行くのにも一緒で、大昔おふくろさんが亡くなった時も、そしてこの前親父さんが亡くなった時も、一緒に悲しんだ」
ぽつり、ぽつりと絞り出すように語るその横顔は、普段の豪快な彼女からは想像もつかないほど寂しげに見えた。
「そんなアイツが俺の知らないところで彼女作って、馬鹿みたいに浮かれた顔して、幸せそうに笑ってて――正直、へこんだ。先に行っちまった、置いて行かれたみたいな嫌な気分だった。アイツの隣はずっと俺のポジションだったのに……居場所だったのに、それが離れて行っちまう。その場所に知らない誰かが入ってきて、あぶれちまったオレの居場所が、自分の席が少しずつ部屋の隅っこに追いやられていく感覚がたまらなく嫌だった」
「アイツが好きだった。まあ、それも確かにあるわな。愛とか恋とか深く考えたことねぇけど、これからずっと、死ぬまでアイツの隣に居られると思った。悪くねえって思った」
そこで楓佳さんは言葉を切り、ゆっくりと顔を上げた。
そして、誤魔化しの一切ない、真剣でまっすぐな瞳で私を正面から見据えた。
「だからオレのその心に嘘はねえ。偽らねえ」
凛としたその揺るぎない在りように、私は思わず息を呑む。
「オレはアイツが好きだった。だからアイツに彼女ができてショックを受けた。けどな、それ以上に幼い頃におふくろさん失くして、親父さん失くして、妹と店を一人で守ってやってかなきゃなんねえ、苦労ばっかだったアイツが報われるのが、幸せになるのが、自分のことのように嬉しかったんだ」
楓佳さんの声に、いつもの力強さが戻ってくる。
「その気持ちも嘘じゃねえ。辛いのも、嬉しいのも、どっちもホンモノだ。だったらオレは、全力で喜んでやる。居場所がなくなって寂しい、アイツを取られて悔しい。そんなダセえ本心は絶対見せねえ。自分の中でかみ砕いて、飲み込んでやる。それがオレの意地ってヤツだ。意地張りながら全力で笑って、祝って、背中ぶっ叩いて活入れてやって、いい子じゃねえか、幸せにしてやらねえと承知しねえぞ? って、送り出してやったんだ」
そこまで一気に言うと、楓佳さんは照れ隠しのように頭を掻いた。
「それがカッコよく見えてたってんなら、期待外れで悪かったな。ただ意地張って強がってるだけなんだわ。だからカッコよく生きる秘訣とか、そんなもんはねえんだ」
私は、息をするのも忘れるようにして聞き入っていた。
自分の感情を、善も悪もまるっと認めて、その上で前向きに歩いていくその姿が、カッコよくなくて何だというのだろう。
「美雪さんが、楓佳さんのことをお姉さまって慕う意味、分かった気がします」
「あん?」
「私もお姉さまって呼んでいいですか? 弟子入りしていいですか?」
「却下だ、却下! これ以上変な取り巻きを増やそうとするなっ!」
いつか私も、自分の中にあるものを清濁併せ呑んだ上で、楓佳さんのように背筋を伸ばしてまっすぐ歩いて行けるようになるだろうか。
今はまだ、分からない。
お姉ちゃんを羨む気持ちとか、自分から動いてもいないのに取られたと思って妬む気持ちとか、そんな感情が自分の中から湧いてくること自体が、自分がとても卑しい人間に思えて、どんどん気が滅入っていくばかりだというのに。
けれどいつかきっと。
私がまた他の誰かを好きになった時に、自分を守るために意地を張るのではなく、楓佳さんのように誰かを祝福するために意地を張れるような人間になることができたのなら。
私も少しは、楓佳さんのようにカッコよく生きるコトができるのかな、なんて。
そんなことを、ぼんやりと思った。
おわり
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
不器用で騒がしい、癖のある登場人物たちと二人の少女が紡ぐ、全20話の連作短編集です。
意地を張り、前を向いて気高く生きる彼女のカッコよさ。少しでも皆様の心に届いていれば嬉しいです。
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引き続き、彼女たちの物語をよろしくお願いいたします。
【初出】
「カッコよく生きるコト」 描きおろし




