猫なあたしと黒いあいつ
※注意
今回に限り、グロテスクな描写があります。
※注意
今回に限り、黒光りするGと、それにまつわる都市伝説の話が語られます。
苦手な方は、速やかにブラウザバックをお願いします。
私は猫。
何者にも縛られない、自由気ままな野良猫なのサ。
しかし今、私はとある事情により、こうして人様の家のコタツでお世話になっているのにゃー。
「……にゃーじゃありません。今日こそはコタツ布団を干したいんです、どいてくれませんか?」
コタツで丸くなりながらぬくぬくと暖を取っていた私の背中を誰かがつつく。その誰かは容赦って言葉を知らないのか、強引にコタツの中に手を突っ込んで私を引きずり出そうとするのだ。
「にゃにするのだーっ! いくらくーちゃんといえど、あたしの惰眠を妨害するとなれば容赦しないわよっ!?」
くーちゃんことクリスは、いやいやとコタツ布団に包まって身じろぎする私を引きずり出すことを諦めたのか盛大にため息を吐き出した。
「大体なんなんですか、ミユキは。オオミソカから突然家に押しかけてきて、三が日ずぅっとグータラし放題」
「だってこの時期、光輝んち村の親睦会で出払ってて滅多に家いないじゃーん? パパさんママさんあたしに優しいし、自分ちで親にあーだこーだ言われるよかココでゴロゴロしてたいってあたしの気持ち分かるでしょ? てか、分かれ」
「分からないです」
「ちぇー、なんだよーぅ分らず屋ー」
きっぱりと言い切ったクリスに、私はぶんむくれながら同じくコタツの友である黒猫(雑種・拾われっ子)のクロ介をぎゅーっと抱き締めた。
「ううぅ、あたしの味方はお前だけだよ、くろぶ~」
「人の飼い猫に勝手なあだ名つけないでください」
「なによ、黒介なんて名前よりよっぽどか可愛げあるじゃない? くろぶ~って」
「抗議なら命名した義兄さんに直接言ってください」
「むしろ、ぶ~ちゃんって呼んだほうが可愛くない?」
「名前の原形とどめてませんっ!」
クロ介を抱き締めながらコタツの中に潜り込む。クロ介は身じろぎをして私の腕から逃れようとするけど、ここは同じコタツ同盟の親睦を深めるためだ。我慢してもらおう。
「……大体、そもそもミユキは義兄のamoureuseなのですから、少しはそれらしいことをしてみてはどうですか」
完全にコタツムリになった私に呆れ果てたのか、クリスの言葉はどこか投げやりだった。
「それらしいコトって? 一応毎晩――」
「例えばっ! せっかく家に来ているのですから、家事を手伝ったり、料理を振舞ったり―――」
クリスが言い終わるより早く、部屋の引き戸ががらりと開いてエプロン姿の光輝が顔を出した。
「二人とも、お昼ご飯できたよ」
「んーっ、ナイスタイミングっ! ちょうどおなか空いてたのよねぇー」
「ねぇ美雪? クリスは何で仏頂面で固まってるの?」
「あたし、知らなーい」
クリスが何か「そーですか、この人がぐーたらする原因は義兄にあったのですか、そーなんですか」とぶつぶつ呟いていたけど、私は知らん振りを決め込み聞かなかったことにする。
§
「と、ゆーことであたし、今日から猫になりまーすっ」
昼食を食べ終えて一番、私は唐突に宣言した。
「……ミユキの奇行は今に始まったことじゃありませんけど、何ですか、今度は」
対面に座るクリスが苦虫を噛み潰したような顔をする。食後のみかんを食べる手も止まっていた。クリスの気持ちも分からないでもない。ようするに、私はこれからもぐーたらしますと宣言したようなものなのだ。いつもぐーたらしている私にお小言垂れ流しているクリスが文句を言うのは当然のことだ。
「猫って素敵だと思わない? ホラ、冬はコタツで丸くなってるだけでいいんだし、自由気まま? 何者にも縛られない生活……憧れるわー」
「今のアナタがまさにそれです」
普段以上に喧嘩腰なクリスを、上座の光輝が「まぁまぁ」と制した。うんうん、やっぱり光輝は私の味方でいてくれる。こういうときコイビトってのは便利だわー。
「美雪がぐーたらなのは、今に始まったことじゃないし」
うむ、美しきかな兄妹愛。二人して私を毎日ぐーたらしているかのように言う。あぁ何処へ行ったの? 私への愛はっ。
もうこうなったら寒い冬の間はずっとコタツでぬくぬくしていよう。あーもうアレよ、ぶっちゃけ冬眠するのだ。大学も自主休校ってことで。
「食べて寝てごろごろしてばかりいると太りますよ」
「だいじょーぶ! ちゃぁんと定期的に運動してるから。概ね夜に♪」
「それでどれほど私が気を遣っているかミユキは知っていますか?」
今日のクリスの迫力は当社比三割増しだった。ぴきぴきぴきと青筋が……。ところで、この場合当社比ってドコが比べているのだろう?
「……ニホンが経済大国である理由の一端に、ニホン人はバカンスをしないというものがあると思っていたのですが。どうやらミユキには当てはまらないようですね」
「いいわねーコタツバカンス! フランス生まれのクーちゃんにだけは理解してもらえると思ったんだけどなー。誰に似たんだか几帳面に育っちゃってまぁ」
「少なくともミユキではありませんね」
「くぅーっ! 何でこんなナマ言う子になっちゃったのかしらっ!? はじめて会ったときはあんなにちんちくりんで可愛かったのにっ」
「まだ成長期ですから身長だって伸びますっ。いえ、そもそも初対面の時点で私とミユキの身長は僅差で私の勝ちだったはずですっ」
「細かいコトは気にするなー。やー、ちんちくりんーちんちくりんー」
「ミユキのほうがよほどかちんちくりんですっ! あまり馬鹿にしないでくださいっ!」
クリスの語調が激しくなってくる。もうちょっち煽り続ければ、そろそろ母国語で怒鳴りだす頃だろうか? これ以上の悪ふざけはいけないと分かっているのだけど―――。
「ところで、くーちゃん」
「……何ですか」
「喋ったら喉乾いちった。お茶淹れてきてちょー」
私は敢えて悪ふざけを遂行した☆
その瞬間、クリスのなにかがぷちんっと飛んだ。きれーに飛んだ。うだうだ悩んでばかりいる私の友人に見習わせたいくらいに、そりゃーもう爽快に。
「J'en ai marre de vous ! もううんざりしましたっ! さっさと帰ってください。今すぐに、Tout de suite !!(できるだけはやく!!)」
ぐわーっと立ち上がりながらまくし立てるクリス。フランス人は喧嘩っ早いとどこかの誰かが言っていたような気がするけど、それは事実のようだ。普段はおとなしいクリスがまるで鬼の形相で声を張り上げている。そろそろ火でも吹くんじゃないだろうか?
「あっひゃっひゃっ、そー怒りなさんなって。可愛いお顔が台無しになるわよん」
「まだ言いますかっ!」
「やーん、光輝たすけてークリスが怖いよーぅ」
私はずかずかと迫ってくるクリスから逃れるようにコタツの中に潜り込み、光輝の膝上に陣取った。ついでだから腰にしがみついて頬ずりもしておく。そしてトドメは懇願の上目遣いうるうる目ー。びば色じ掛け!
するとどうだろう、光輝の手が優しく私の両肩にかかり―――
「はい、クリス。もっと言ってやっていいよ」
コタツから引きずり出された挙句クリスの目の前に降ろされた。
「何故にWHY?」
「美雪、やりすぎはよくないよ?」
光輝は笑顔で言い切った。慈悲もへったくれもない物言いだ。そうこうしている内に般若が私の目前にまで迫っていたのだった。
「……ふふ、義兄さん、そのまま捕まえていてください」
「おにーっあくまーっ! 結局はくーちゃんの味方ですかーっ! ってか、ハタチ過ぎてから出来た歳の離れた血の繋がらないパツキン外国人妹がそんなにいいのかー? コイビトのあたしなんかより義妹を取るのかーこのシスコンーっ!」
「や、どう見てもクリスをからかってた美雪が悪いから」
ごもっともで。
「だからクリス。遠慮なく仕返ししてもいいよ」
「ぎにゃーっ! 基本的人権の侵害だーっ! 近付くと引っかくぞー、キャッツなクローには毒があるんだぞー」
本当は毒ではなくてばい菌だけど。
「大丈夫。こうして押さえておくから、遠慮なく」
猫の自由は死んだ。これが飼い猫の宿命――。ご主人様の気まぐれに拘束された猫の末路なんてこんなものサ。
「……義兄さん、そう言い切られると逆にどうすればよいか困ります」
クリスは羽交い絞めにされている私を目の前になにやら躊躇ぎみだった。ようするに、あれだ。慕っている義兄の前ではイイコでいたいというやつ。これは、あれね。起死回生のチャンス到来?
クリスはしばらく目線を泳がせながら、ふとコタツに目を止めて、
「……せっかくですから、ミユキの分のみかんも頂くことにします」
「ああっ! 楽しみに取っておいた最後のひとふさ! 一番大きいやつだったのにぃっ」
なんて外道! 私の楽しみを見透かして、あえてそれを奪うことで鬱憤を晴らすだなんて……!
起死回生なんてとんでもない! 敵は的確に私の弱点を突き、どうすればより多くのダメージを与えられるのかを熟知して襲い掛かってくるのだ!
最後のひとふさをむんずと無造作に摘み、私の見ている目の前で、「やーめーてー」と懇願する私をあざ笑うかのように、まるで見せ付けるように口を開けて―――
「――――」
ところが、突然クリスの動きが止まった。硬直、いいや金縛りにあったとでも言おうか。
「くーちゃん、どったの? 真っ青じゃん。食べすぎでおなか壊した?」
「……あいつがいます」
「あいつ?」
よく見ると、クリスの視線は部屋のとある一角に釘が刺さったように集中していた。それは、押入れの襖戸。白い襖の上で踊る、一点の黒い物体。
「あー、ゴキブr」
「Non! Cafard、Cockroach、GOKIBURI…Je ne veux même pas entendre ce mot !」
「わぉ、おーるフランス語っぽい? もはや翻訳不能だわ」
まあ、ゴキブリが嫌いなのは痛いほど伝わるけど。
「くーちゃんゴキブリ嫌いなんだぁ。へー、意外」
「ゴキブリ苦手違う人がいるのがでっかく意外ですっ!」
お、今度は日本語。けど、あきらかに文法が崩れている。よっぽど動揺しているようだ。
「なぜ冬の、それも昼からあいつが姿を現すですかっ」
「ま、ここ田舎だしねぇ。この家だって木造築八十年、だっけ? ゴキブリは多いほうなんじゃない?」
「最近は見なくなったけど、押入れにはネズミがいたし、屋根裏にはコウモリ、縁の下でアオダイショウを見たこともあったなぁ」
「わぁお、ちょっとした動物王国じゃない♪」
「なぜ二人ともそんな平気なのですっ!?」
や、だって見慣れてるし。
「あれは私が幼少の頃です。あの日の昼下がり、私はパパと一緒にテレビを見ていました。アメリカの怖い番組でした。ママは一人でトイレに行けなくなるからと止めたのですが私は見ました。もう子どもじゃないのよって意地張って見ました! 太った男の人が汚い部屋で生活していました……。開けっ放しのコーンフレークの袋からゴキブリが這い出すような汚い部屋で、しかもそのフレークを気にも留めず食べるような人でした……。ある日男は夜中うなされて、激痛に飛び起き嘔吐すると、吐しゃ物に小さなアイツが混ざっていたの……! Quelle horreur !!(なんて恐ろしい!!) 苦しみながら男は床の上でのたうちまわり、最期には男の腹を食い破って無数のCafardが! 私の大きなトラウマですっ!」
「ゴキブリの卵をフレークと一緒に食べて腹で孵ったっていう都市伝説系? それは誰でもトラウマになるでしょー」
「……私、しばらくシイコの家に泊まります。あそこはゴキブリいませんし」
「しーちゃんち飲食店だもんねー。そりゃあ出ちゃまずいわねぇ。――って、くーちゃん家出すんの?」
驚きついでに光輝に目をやると、「ゴキブリ見るたびにこうして騒ぐんだよ」と苦笑いを浮かべて殺虫剤と新聞紙を取りに部屋を出て行った。
「……まあ、お泊りならついでにしーちゃんのお兄さんにアタックしちゃいなさいよー。どーせならコイビトいるとかそういうの無視して寝取っちゃえ♪」
「そうすることにします」
渾身の冗談をスルーされて私は少しへこんだ。というより、今のクリスの耳には何の言葉も届いていないようだ。金縛りにあったように硬直した体でゆっくりと後ずさりしながら部屋の出口を目指している。そうか、そこまで苦手だったのか……。
そこで私はぴんと閃いた。
あのゴキを捕獲すれば、クリスに対しての究極のリーサルウェポンになるのではないだろうか……?
ふとクリスと目が合う。どうやら私は考えていたことがこれでもかというほど顔に出ていたようで、クリスは見る見るうちに真っ青になっていった。
「ミユキ、冗談はやめてください」
「いいや、あたしは至って真面目よ?」
いけないいけない。頬の緩みが直らない。
正直ゴキを捕獲して嫌がらせに使うなんて正気の沙汰じゃないし、そもそもゴキを捕まえられるほどあたしは乙女を捨ててない。
けれどヤツを捕獲しようとする素振りを見せるだけでクリスが恐れおののく様が見ていて痛快に楽しいのだ。
ああ、あたしってば実はいじめっ子気質だった!? あとで光輝にお仕置きされちゃうっ! だがそれもまたヨシッ!
私達は二人して牽制しあうように向き合い、機を見計らう。そして同時に飛び出した。私はゴキブリ捕獲のために、クリスは私を止めるために!
「腰下タックルー!?」
クリスはラグビー部に見習わせたいくらいキレイなタックルを私に極めた。どんがらがっしゃんと二人狭い部屋を転げ回る。その騒動でゴキブリは驚き、大慌てで部屋の隅に逃げ込もうとする。
「ぎゃーっ! ちょっ、くーちゃんタンマっ! ゴキ逃げてるって! 退治できないって!」
「ミユキの馬鹿っ! いじめっ子! 嫌い嫌い、もう嫌ぁーっ!」
「あちゃあ、ちょっとこれマジ泣き? ゴメンゴメン、悪ふざけはもうしないから、だからせめてゴキ退治をっ! ヤツは一匹逃がせば百匹に増えるのよっ」
何だかんだ言って私もゴキブリは苦手なほうなのだ。
「ひゃっぴき!? ミユキはそんな恐ろしいことをっ!」
「や、あたしが増やすわけじゃないってっ」
「そんなことさせないっ! させないさせない、ぜったいさせないっ」
あー、もう何がなんだか。
どったらばったらと収拾がつかなくなりそうな取っ組み合いの横で、それまでコタツ布団の上で丸くなっていた黒いあいつがのそりと起き上がった。
かと思うと、普段のぐーたらさからはかけ離れた俊敏な動きで、そいつは跳躍した。
「―――!?」
クロ介だ。
私が焦がれてならなかった飼い猫の惰性な生活を捨て、あいつは野性の本能を取り戻したような鋭い眼光でコタツの角を蹴り、箪笥の裏に逃げ込もうとする黒いアイツに目掛けて―――
ねこぱんち。
何度も何度も、執拗にねこぱんち。
部屋の角での出来事だ。唖然とする私とぴーぴー涙ぐんでいるクリスからは、ふりふりと楽しそうに揺れるクロ介のおしりとしっぽしか見えない。
やがてクロ介は鼻先をさっと目標に突っ込んだかと思うと静かになった。
私達二人は固唾を飲んでクロ介のおしりを見守っていた。……まさか、殺っちゃった? それで食べちゃった?クリスも同じ見解を持ったようで、更にトラウマの琴線に触れたのか、涙目になりながら「クロのおなかがぁ」と戦慄いている。
しばらくして。私達に振り向いたクロ介の表情はやけに清々しくて、そしてどこか得意げで。そして自慢の長い髭とは別に、その口元から、ちょろんっと長い髭が二本伸びていて―――。
「ひゃああっ! ぶ~が食ったぁっ!」
しかもクロ介はぱたぱたと私に近付いてくると、咥えていたソレを――ゴキだったモノの残骸を私達に見せ付けるように差し出したのだった。
「ぎきゃああああっ!」
私は絶叫を上げた。そんな私の隣でクリスが白目を剥いてぱたんと倒れた。
もー何がなんだか。
いっそのことクリスのように気絶したかった。
§
「ああ。猫はね、捕まえたネズミや小鳥を飼い主のところに持ってきて自慢するような習性があるんだ。面白いよね。……ところで美雪、猫になるって言ってたけど、なってみたい?」
「謹んでお断り致しマス」
END
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
不器用で騒がしい、癖のある登場人物たちと二人の少女が紡ぐ、全20話の連作短編集です。
騒がしくも気兼ねのない、年末の家族の一コマ。トラウマ物の光景もありましたが、時が経ち家族と打ち解けたクリスの日常が、少しでも皆様の心に届いていれば嬉しいです。
もし少しでも『続きが読みたい』『応援したい』と思っていただけましたら、ブックマークや評価(★)をいただけますと、大きな励みになります。
引き続き、彼女たちの物語をよろしくお願いいたします。
【初出】
「猫なあたしと黒いアイツ」
熊谷雑文工房『ブルーノート』 2006 掲載
(※Web掲載にあたり加筆修正)




