「学生時代の父」
「――黒田蒼一郎、な」
亮は喫茶店のテーブルに、古い地図のコピーを広げながら呟いた。
「調べてみたけど、あの人、元々はただのヤクザの息子ってわけでもねえんだよ。若い頃は、地元の不良グループを束ねてたらしい」
「グループ……」
「ああ。今の黒田組の枠組みとは別の、学生上がりの半グレ集団みたいなもんだったって話だ。当時は結構名の知れた存在だったらしいぜ」
亮はそう言いながら、コピー用紙の隅を指でなぞった。かつての縄張りだったと思われる、名古屋市内のいくつかのエリアに丸印がついている。
「その集団、今もあるんですか」
「形は変わってるだろうけどな。当時のメンバーの何人かは、今の黒田組にそのまま吸収されてる。だが、名残みたいなもんは、今でも残ってるって噂だ」
亮はそこで一度言葉を切り、俺の顔を覗き込んだ。
「――咲亞。何する気だ」
図星だった。俺は視線を逸らさずに、答えた。
「そのグループに、入ります」
亮は少しの間、黙って俺を見つめていた。それから、ふっと息を吐くように笑った。
「まあ、お前ならそう言うと思ったよ」
「止めないんですか」
「止めて、聞くタイプに見えるか?」
図星すぎて、何も言い返せなかった。
「――ただし」
亮の声が、少しだけ低くなった。
「無茶するにしても、俺に情報だけは寄越せ。危なくなったら、いつでも言え。妹の恋人に、下手打たれちゃ困る」
最後は軽い調子に戻して、亮は笑った。その温かみのある笑い方に、俺はまた少しだけ、救われた気がした。
その夜、ゆずにも報告すると、彼女はしばらく黙り込んだあと、小さく頷いた。
「――止めても、聞かないんだよね」
「悪いな」
「謝らなくていいよ。ただ……」
ゆずは俯いたまま、絞り出すように続けた。
「無事で、いてね。それだけは、約束して」
こんな状況で、そんな簡単な約束を求めてくる彼女に、俺は何も言えなかった。ただ小さく頷くことしかできなかった。
数日後。亮から渡された地図と、当時のグループについての断片的な情報を頼りに、俺はかつての縄張りだったという裏路地に足を踏み入れた。
錆びついたシャッターの並ぶ通りの奥、当時から変わらないという噂の溜まり場に、数人の男たちがたむろしているのが見えた。
値踏みするような視線が、一斉にこちらへ向く。
「――何の用だ、坊主」
低く凄みのある声が、路地の奥から飛んできた。
俺は一度深呼吸をしてから、真っ直ぐにその声の主を見据えた。
ここから始まる。父の影を追う、本当の意味での第一歩が。




