【兄の帰還】
ゆずからの連絡が来たのは、あの夜から三日後のことだった。
『話したいことがあるの。今度こそ、ちゃんと聞いてほしい』
突き放してしまった負い目もあって、無視するわけにはいかなかった。放課後、いつもの高架下で待っていると、ゆずは思いつめた顔で走ってきた。
「――この前は、ごめん」
先に謝ったのは俺の方だった。ゆずは一瞬驚いた顔をして、それから小さく首を振った。
「ううん、いいの。それより、聞いてほしいことがあって」
ゆずは少し言いにくそうに、それでも真っ直ぐに続けた。
「お兄ちゃんから、連絡が来たの」
「……お前の、行方不明だった兄貴か」
「うん。何年も音信不通だったのに、急に」
ゆずの声には、戸惑いと、それでも隠しきれない喜びが滲んでいた。
「向こうの世界に片足突っ込んでるみたいで……でも、神田くんが何か大きなものと戦おうとしてるなら、力になれるかもしれないって」
心臓が跳ねた。ゆずに、そこまで詳しく話した覚えはない。だが、あいつが薄々何かを感じ取っていたことは、分かっていた。
「――会わせてくれ」
気づけば、そう口にしていた。
***
翌日の夜、指定された古びた喫茶店の奥の席に、その男は座っていた。
「――お前が、咲亞くんか」
低く落ち着いた声だった。想像していたよりも柔らかい物腰で、ゆずと同じ、どこか人懐っこい目をしている。
「斎藤亮。ゆずの兄貴だ。よろしくな」
差し出された手を、俺は少し戸惑いながら握った。
「……色々聞いてます。世話になってるとか」
「世話ってほどじゃねえよ。ただ、可愛い妹が気にかけてる相手のことは、放っておけねえだろ」
亮はそう言って、柔らかく笑った。歳の割に落ち着いた、安心させるような笑い方だった。
「単刀直入に聞くけど――黒田組と、何かあったのか」
一瞬、答えるべきか迷った。だが、この男の目には、こちらの警戒心を解いてしまうような温かさがあった。
「……母親を、殺されたかもしれません」
「――そうか」
亮は表情を変えずに、静かに頷いた。
「詳しくは聞かねえ。ただ、無茶するなら、無策で突っ込むよりは、情報があった方がいいだろ」
「……何で、そこまでしてくれるんですか」
「無理すんな。俺にできることがあるなら、遠慮なく言えよ」
穏やかな声だった。だが、その言葉の裏に何があるのかなど、この時の俺には知る由もなかった。
「お前らがそこまで思い詰めてるのに、兄貴面してる俺が何もしないわけにいかねえだろ」
そう言って、亮はグラスの水を一口飲んだ。
窓の外を、夜の街を照らすネオンの光が、ゆっくりと流れていく。




