「決意」
ゆずからのメッセージを、俺はもう三日も無視していた。
『大丈夫?』
『心配してるよ』
『話したいことがあるなら聞くから』
律儀に既読すらつけず、画面を伏せる。あいつを巻き込むわけにはいかない。これから俺がやろうとしていることに、あいつの居場所はない。
「――神田くん」
放課後の廊下で呼び止められて、無視できずに足を止めた。振り返ると、ゆずが思い詰めた顔で立っていた。
「何、避けてんの」
「別に避けてねえよ」
「嘘。目、全然合わせないじゃん」
図星だった。だが、認めるわけにはいかない。
「お前には関係ない話だ」
「関係ないって、何が」
「――全部だよ」
思ったより冷たい声が出た。ゆずの表情が、一瞬強張るのが分かった。
「……前に、お兄ちゃんの話、したよね。私、神田くんのこと放っておけないって」
「聞き飽きたよ、その話」
「それでも言う。何か抱えてるなら、一人で抱え込まないでほしい」
真っ直ぐな目だった。いつもと変わらない、まっすぐすぎる目。
だからこそ、突き放さなければならなかった。
「――お前に理解できる話じゃねえんだよ」
言ってから、しまったと思った。だがもう遅い。ゆずの顔から、みるみる表情が抜け落ちていくのが見えた。
「……そう。分かった」
それだけ言って、ゆずは背を向けた。追いかける資格なんて、俺にはなかった。
その夜、俺は再びあのネットカフェに籠っていた。
黒田組。何度検索しても、表に出てくる情報は限られている。組織図、幹部の名前、過去の抗争記録――どれも古く、断片的なものばかりだった。
苛立ちながらページをスクロールしていると、古い掲示板の書き込みに目が止まった。地元民が愚痴混じりに残した、十数年前の投稿。
『黒田の上の方に、女に手え出して揉めてた奴いたって噂、まだ覚えてる奴いる?』
『あー、あったな。相手の女、消えたとかなんとか』
『上の人間が動いて、丸く収めたって話だろ、それ』
心臓が、跳ねた。
震える手でスクロールを止め、俺はその書き込みを、何度も何度も読み返した。
――上の人間が、動いた。
偶然か。それとも。
「上」というのが、どのあたりを指すのかは分からない。幹部の誰かなのか、もっと別の何かなのか。だが、確かめずにはいられなかった。
画面の光に照らされた自分の顔が、ガラスに薄く映り込んでいる。その顔が、誰かに似ている気がして、俺は初めて、心の底から怖くなった。
もしこの噂が本当なら――俺が憎むべき相手は、思っていたよりずっと、近くにいる。
震える指で、俺は「黒田組 幹部 名前」という文字を、検索窓に打ち込んだ。
画面が切り替わるまでの、たった数秒が、やけに長く感じられた。
第5話まで読んでいただき、ありがとうございました。
ここまでで、物語の第一章は一区切りとなります。
ここまでは毎日投稿でお届けしてきましたが、
第6話以降は不定期更新となります。ご了承ください。
咲亞が辿り着いた「憎むべき相手」の正体は、次話で明らかになります。
気長にお付き合いいただけたら嬉しいです。
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