差し出したもの」
ある日、突然、拘束が解かれた。
「――帰っていいってよ、お前」
理由も説明されないまま、頭に袋を被せられ、再び車に乗せられる。何が起きたのか分からないまま、山道の途中で放り出された。
ふらつく足で、来た道を戻る。数日ぶりに見る集落の景色は、記憶にあるものより、ずっと色褪せて見えた。
家の戸を開けると、ゆずが、そこにいた。
「――咲亞」
駆け寄ってきた彼女は、俺を強く抱きしめたまま、しばらく動かなかった。その体温だけが、やけに鮮明に伝わってきた。
「……何で、急に帰されたんだ」
聞いても、ゆずはすぐには答えなかった。ただ、俺の背中に回した腕に、少しだけ力がこもった。
「――ゆず」
「……何も、聞かないで」
震える声で、彼女はそう言った。
それ以上は、何も聞けなかった。聞いてはいけない気がした。
ただ、抱きしめてくる腕の強さと、いつもより少しだけ乾いた声。それだけで、この数日の間に、彼女が一人で何を背負ったのか、うっすらと察してしまった。
「――お前、まさか」
「――咲亞のせいじゃないから」
言葉を遮るように、ゆずは先にそう言った。まるで、俺が何を言おうとしたか、全部分かっていたかのように。
「私が決めたことだから。それだけ」
その声には、無理に張った強さが滲んでいた。触れれば崩れてしまいそうな、危うい強さだった。
その夜、ゆずは俺の手を、いつまでも離そうとしなかった。まるで、その温もりだけが、彼女を繋ぎ止めているかのように。
俺もまた、その手を、二度と離すまいと、強く握り返し続けた。
何があったのかを、俺は結局、最後まで聞かなかった。




