「壊れていく」
あの夜から、ゆずはほとんど言葉を発さなくなった。
食事にもほとんど手をつけず、部屋の隅で膝を抱えて座っていることが多くなった。声をかけても、微かに頷くか、あるいは何の反応も返ってこないかのどちらかだった。
「――ゆず、何か食べないと」
「……いらない」
久しぶりに聞いた声は、以前の彼女とは別人のように乾いていた。
夜中、うなされるような声で目を覚ますことが増えた。隣で眠ることを拒むようになり、俺が近づくだけで、体を強張らせることもあった。
「――ごめん」
謝りながら距離を取る度、自分の存在そのものが、彼女を苦しめているのではないかという恐怖に襲われた。
一方で、俺自身も、何かが決定的に壊れていくのを感じていた。
守ると誓ったはずだった。だが、目の前で何もできなかった。あの夜の記憶は、繰り返し繰り返し、頭の中で再生され続けた。
自分を責める気持ちと、あの場にいた男たちへの憎悪が、絡み合いながら膨らんでいく。夜も眠れず、ただ天井を見つめ続ける日々が続いた。
「――こんなことに、なるはずじゃなかった」
誰にともなく呟いた言葉に、返事はなかった。ゆずは、部屋の隅で、俺の方を見ようともしなかった。
数日後、ようやく口を開いたゆずが、掠れた声で言った。
「――咲亞のせいじゃ、ないよ」
慰めるような言葉だったが、その声には、力がなかった。
「分かってる」
「分かってないよ、絶対」
図星だった。だが、それ以上何も言えなかった。
二人の間に、これまでにはなかった、目に見えない溝が広がっていくのを感じながら、俺はただ、無力な自分を持て余し続けるしかなかった。
窓の外、北海道の冷たい風が、家の隙間を吹き抜けていく音だけが、やけに大きく響いていた。




