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灰と花、届かない場所で  作者: LEON
第五章 崩壊
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「奪われたもの」

「――大人しくしてろよ、坊主」


耳元で囁かれた声に、腕を押さえる力がさらに強まる。床に押し付けられた頬に、冷たい木の感触があった。


部屋の奥で、ゆずが数人の男に囲まれているのが、視界の端に映る。


「――何のつもりだ、離せ!」


「てめぇが余計なことしなけりゃ、こうはならなかったんだよ」


嘲るような声とともに、腕の関節が軋む。歯を食いしばって耐えるが、体の自由は完全に奪われていた。


「――やめろ! やめてくれ!」


喉が裂けそうなほど叫んでも、声は誰にも届かない。両腕を背後で捩じ上げられ、肩の関節が軋む音を、俺は他人事のように聞いていた。


「頼む、頼むから――俺でいい、俺に何でもしろ、だから」


言葉になっているのかも怪しい懇願だった。羽交い締めにする男の腕に、爪を立てる。皮膚が裂ける感触があった。構わなかった。


「――離せ、離せよ!」


もがけばもがくほど、関節が悲鳴を上げる。骨が軋む鈍い音。だが、痛みは今の俺にとって、何の意味も持たなかった。


視界の隅、部屋の奥で、何かが崩れる音がした。ゆずの声が、一瞬だけ聞こえて、すぐに何かに押し潰されるように消える。


「――ゆず!」


叫んだ声も、笑い声にかき消された。


「うるせえよ、坊主。てめぇのせいで、こうなってんだろうが」


耳元で囁かれた言葉の意味を、理解したくなかった。だが、体は正直だった。がむしゃらに暴れ続ける腕から、力が抜けていく。


聞こえてくる音だけで、十分すぎるほどだった。何が起きているのか、想像することしかできない自分が、一番惨めだった。


「――頼む、頼むから、もうやめてくれ……」


さっきまでの怒声が、いつの間にか掠れた懇願に変わっていた。誰に届くわけでもない言葉を、それでも吐き出さずにはいられなかった。


一瞬、部屋の奥で、ゆずの目が、こちらを見た気がした。


その目に何が浮かんでいたのか、俺には、最後まで分からなかった。


どれくらいの時間が経ったのか、正確には分からない。


気づけば、部屋を囲んでいた男たちの気配が、潮が引くように消えていた。押さえつけていた腕も、いつの間にか離れている。


「――そろそろ潮時だ。長居は無用だぞ」


誰かのそんな声を、遠くで聞いた気がした。玄関の方から、複数の足音と、車のエンジン音が遠ざかっていく。だが、立ち上がる力さえ、今の俺には残っていなかった。


這うようにして、ゆずのもとへ向かう。


床の隅で膝を抱え、小さく体を丸めている彼女の唇の端に、うっすらと血が滲んでいるのが見えた。声を殺すために、噛み締め続けていたのだろう。


「――ゆず」


名前を呼んでも、返事はなかった。ただ、虚ろな目が、どこでもない場所を見つめ続けていた。


その姿を前にして、俺は何をすればいいのか、何も分からなかった。ただ、震える手で、そっと彼女の肩に触れることしかできなかった。

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