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灰と花、届かない場所で  作者: LEON
第一章 捨てられた場所で
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「ママの沈黙」

店の掃除を手伝うふりをして、俺はずっとママの横顔を盗み見ていた。


グラスを拭くママの手つきは、いつもと変わらない。だが、あの夜からずっと、俺の中で燻り続けているものがあった。


「――なあ」


「何だい」


「あの女、どこで会ったんだよ。俺の、母親」


グラスを拭く手が、一瞬だけ止まった。だが、すぐにまた動き出す。


「言っただろ。店の前に置いていかれたって」


「置いていったのは誰だよ。あの女なのか?」


「……」


ママは答えなかった。かわりに、空になったグラスを棚に戻し、別のグラスを取り出す。それだけの動作に、やけに時間がかかった気がした。


「ママ」


「昔のことだよ。忘れちまった」


「嘘つけ」


思わず声が尖った。ママは驚いたようにこちらを見て、それから、困ったように笑った。俺が一番苦手な顔だった。


「咲亞」


「何だよ」


「知らなくていいことも、世の中にはあるんだよ」


その一言で、会話は終わった。ママはそのままカウンターの奥に引っ込んでしまい、俺は追いかける気力もなく、椅子に座り込んだ。



その夜、店を閉めた後の厨房で、俺は洗い物をするママの背中に、もう一度声をかけた。


「ママがあの店の前に俺を拾ったのって、本当に偶然なのか?」


洗い物の手が止まる。振り返らないまま、ママはぽつりと言った。


「……偶然だよ」


「じゃあ、何であの女のこと、ニュース見ただけで俺の親だって分かったんだよ」


「――」


沈黙が、答えだった。


ママは何かを知っている。それも、俺が思っている以上に、深く。


「ママ」


「今日はもう店じまいだよ。上がりな」


有無を言わさぬ声だった。いつもは甘い笑顔の裏に、優しさを隠しているような人だ。だが今夜だけは、その笑顔の下に、何か硬いものが見え隠れしていた。


俺は結局、それ以上何も聞けないまま、自分の部屋に戻った。


天井を見つめながら、頭の中で色んな可能性がぐるぐると回る。


――ママは、俺の母親を知っていた。

――もしかしたら、俺の父親のことも。


一つだけ確かなことがあった。この店の中に、俺がまだ知らない何かが、ずっと眠り続けている。


窓の外で、遠くの国道を走る車のライトが、一瞬だけ天井を照らして消えた。

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