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灰と花、届かない場所で  作者: LEON
第四章 逃避行
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「黒い車」

集落に来て、三ヶ月が過ぎた。


牧場の仕事にもすっかり慣れ、周りの住人たちとも、余所者ながらに馴染み始めていた。ゆずも、食堂の女将にすっかり気に入られ、まるで本当にここで暮らしてきたかのような、自然な日常が出来上がっていた。


「――咲亞くん、来年もここにいるつもりかい」


牧場主の老人に、何気なくそう聞かれた時、俺は一瞬、返事に詰まった。


「――分からないですけど、そうなったら、いいなと思います」


そう答えるのが、精一杯だった。復讐の記憶は、まだ消えていない。だが、この暮らしを失いたくないという気持ちも、確かに本物だった。


その夜、家に帰ると、ゆずが小さな紙袋を手に、少し照れたように笑っていた。


「――これ、作ってみたんだけど」


紙袋の中には、不揃いながらも、丁寧に編まれたマフラーが入っていた。


「下手だけど、暖かいはずだから」


「――ありがとう」


不器用な手つきで巻いてみると、ゆずは満足そうに笑った。こんな些細なことが、今の俺にとっては、何よりも大切なものに感じられた。


「――ずっと、こんな日が続けばいいね」


ゆずがそう呟いた声は、どこか、確認するような響きを持っていた。


「――ああ」


短くそう答えたが、心の奥では、確信を持てないでいた。


数日後の夕方、いつも通り牧場から帰る道すがら、集落の入り口に停まっている、見覚えのない車に気づいた。


地元の人間が使うような軽トラックではない。黒く、艶のある、明らかに外から来た車だった。


車内には誰も見えなかったが、一瞬、視線を感じたような気がした。


「――気のせいか」


そう自分に言い聞かせて、俺は足を速めて家路についた。


だがその夜、玄関の鍵を確認する手が、いつもより少しだけ、強張っていたことに、俺自身、気づいていた。

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