「足がつく」
北海道の小さな港町に落ち着いて、二週間ほどが経った。
偽名を使い、日雇いの漁港の仕事に紛れ込む。ゆずも、近くの旅館で住み込みの仲居として働き始めていた。慣れない土地、慣れない生活。それでも、少しずつ落ち着きを取り戻していく実感があった。
「――ここなら、もう大丈夫かもね」
仕事終わり、宿の近くの堤防で並んで座りながら、ゆずがぽつりと言った。
「まだ分からねえよ」
「そうだけど……ちょっとだけ、安心してもいいでしょ」
その笑顔に、俺も少しだけ、気が緩んだ。それが、間違いだったのかもしれない。
数日後の夜、宿の裏手で、見知らぬ男二人に声をかけられた。
「――神田咲亞、だよな」
偽名を使っているはずなのに、本名を呼ばれた瞬間、背筋が凍った。
「人違いだ」
「隠さなくていい。黒田の名前で来た」
男たちの手が、懐に伸びる。得物を抜く気配だった。
――どこで、足がついた。
疑問より先に、体が動いた。宿泊記録か、目撃情報か、あるいは他の何か。原因を考える余裕はなかった。今は、この場を切り抜けることだけに集中するしかない。
一人目が距離を詰めてくる。動きは荒く、実戦慣れしていない。焦って踏み込んだ分だけ、隙が大きい。
その隙を突き、顎を跳ね上げる一撃を叩き込んだ。もう一人が慌てて得物を構え直すが、狭い路地では大振りの武器は使いにくい。懐に潜り込み、みぞおちへ拳を叩き込む。
崩れ落ちる二人を見下ろしながら、俺は荒い息を整えた。
「――咲亞!」
駆けつけたゆずが、俺の無事を確認して、安堵の息を吐いた。
「大丈夫、勝ったから」
「そうじゃない。また、見つかったってことだよ」
その一言に、浮かれていた気持ちが、一気に冷えた。
「――ここも、離れるしかねえな」
倒れた男たちが息を吹き返す前に、俺たちは荷物をまとめ、その夜のうちに港町を出た




