「綻び」
異変に気づいたのは、隠蔽から二週間ほど経った、ある夜のことだった。
「――咲亞。ちょっと来い」
グループの古参が、青ざめた顔で俺を呼んだ。溜まり場に集まった数人の顔には、隠しきれない動揺が浮かんでいた。
「黒田組の連中が、動き出してる。組長の足取りを、本格的に洗い始めてるらしい」
心臓が、嫌な音を立てた。
「――どこまで、掴まれてる」
「分からねえ。だが、視察の日のことを、しつこく聞き回ってるって話だ」
その夜、亮にすぐ連絡を入れた。だが、いつもならすぐに応答する電話が、何度かけても繋がらなかった。
「――何かおかしい」
胸の奥で、嫌な予感が急速に膨らんでいく。
翌日、ようやく繋がった電話の向こうで、亮は状況を淡々と整理してみせた。
「――こっちでも情報を集めてる。今は、下手に動くより、身を潜めてる方がいい」
「どうすりゃいい」
「まだ詳しいことは言えねえが、身辺には気をつけろ。何かあったら、すぐ連絡しろ」
いつも通り、頼りになる声だった。今のこの状況で、亮の存在がどれほど支えになっていたか分からない。
さらに数日後、事態は決定的に動いた。
「――逃げろ、咲亞!」
夜遅く、蘭が血相を変えて駆け込んできた。
「黒田組の連中が、うちに向かってる。視察の日の隠蔽、バレたみたいだ」
「――どこから」
「分からない。とにかく今は、身の安全を優先しろ!」
蘭に急かされるまま、俺は着の身着のままで溜まり場を飛び出した。背後で、複数の車のライトが、路地の奥から近づいてくるのが見えた。
心臓が、早鐘のように打っている。
――なぜ、バレた。
隠蔽は完璧なはずだった。痕跡は全て消したはずだった。それなのに、なぜ。
答えを探す余裕はなかった。ただ、生き延びるために、暗い夜道を走り続けるしかなかった。
背後から聞こえる怒声と、エンジン音。振り返る余裕もないまま、俺はただ、闇の中へと駆け込んでいった。
――第三部・完




