「初めて見た顔」
視察当日、グループの溜まり場は普段とは別の場所――幹部連中が用意した料亭の一室に変わっていた。
畳の匂いと、張り詰めた空気。並んで座る俺たちの前に、黒塗りの車が数台、音もなく滑り込んでくるのが窓越しに見えた。
「――来た」
誰かが小さく呟いた声で、全員が背筋を伸ばす。
引き戸が開き、数人の男たちが入ってくる。スーツ姿の幹部連中に混じって、最後に部屋へ入ってきた男を見た瞬間、俺の呼吸が止まった。
――この男だ。
写真で見た顔より、随分と歳を重ねている。だが、目元の作りは、あの古い記事の写真と、そして何より、鏡の中で毎日見ている自分自身の顔と、恐ろしいほどに重なっていた。
「黒田です。世話になってるね」
低く、落ち着いた声だった。感情の起伏をほとんど感じさせない、静かな声。
「――神田咲亞と申します」
自分の声が、ひどく他人事のように聞こえた。手を握られる。骨ばった、大きな手だった。
「聞いてるよ。若いのに、たいした男だそうじゃないか」
黒田は、俺の顔をまじまじと見つめた。一瞬、何かに気づいたような、微かな間があった気がした。だが、それだけだった。すぐに興味を失ったように視線を外し、隣の幹部と何事か言葉を交わし始める。
――気づいていない。
自分の血を分けた息子が、目の前にいることに。
その事実に、俺の中で何かがぐらりと揺れた。憎しみとも、悲しみとも違う、名前のつけられない感情だった。
形式的な視察が終わると、随行してきた黒田組の幹部連中は、それぞれ車に乗り込んで引き上げていった。組長だけが、上機嫌な様子でその場に残った。
「――今日はもう少し、この若いのたちと飲みたい。お前らは先に戻ってろ」
供の者たちにそう告げると、黒田は自ら上着を脱ぎ、寛いだ様子で座り直した。結果、その場に残ったのは、俺たちグループの人間と、組長ただ一人だけになっていた。
「――お前が、噂の新入りか」
黒田に酒を注ぎに行くと、彼は上機嫌にグラスを傾けながら、俺を上から下まで眺めた。
「若いのにこれだけの器を作れるとは、なかなかいないぞ。俺の若い頃を思い出すな」
周りの若い衆が、追従するように笑う。俺は、ただ黙って酒を注ぎ続けた。
「――なあ、組長」
古参の一人が、酒の勢いも借りてそう切り出した。
「昔の武勇伝、聞かせてくださいよ。この若いのにも、聞かせてやってください」
黒田は満更でもなさそうに笑いながら、グラスを空けた。
「武勇伝ってほどのもんじゃないがな」
障子越しに差し込む夕陽が、部屋の中を赤く染めていた。




