「視察」
「――来月、黒田組の視察が入るってよ」
亮からその話を聞かされたのは、いつもの喫茶店でのことだった。
「視察……うちに?」
「ああ。お前がのし上がったこと、向こうの耳にも入ってるらしい。目をつけられたってことだ」
心臓が、大きく跳ねた。ようやく、その機会が巡ってくる。
「――誰が来るんですか」
「幹部連中の何人か。それと」
亮は言葉を切り、こちらの反応を窺うように、じっと目を見つめてきた。
「――組長本人も、顔を出すかもしれねえって話だ」
息が止まった。
「本当ですか」
「まだ確定じゃねえけどな。でも、可能性はある」
亮は静かにそう言うと、テーブルの上で指を組んだ。
「――咲亞。会ったら、お前、どうする気だ」
その問いに、すぐには答えられなかった。復讐を誓ってから、ずっと思い描いてきたはずだった。だが、いざ「その日が来るかもしれない」と告げられると、頭の中が真っ白になる。
「……分からない」
正直にそう答えると、亮は小さく頷いた。
「無理もねえよ。ただ――」
亮はグラスの水面を見つめながら、ぽつりと続けた。
「その日が来たら、お前は多分、自分でも制御できねえ何かに、飲まれる。俺はそう思ってる」
分かったような、分からないような言葉だった。だが、亮の言葉には、いつも妙な説得力があった。
視察の日程が近づくにつれ、グループ内の空気は張り詰めていった。掃除、挨拶の練習、序列の再確認。普段は緩い連中も、この時ばかりは真剣な顔をしていた。
「――緊張してんの?」
蘭に聞かれて、俺は素直に頷いた。
「分からねえ。ただ、何か、良くない予感がする」
「らしくないこと言うのね」
蘭はそう茶化しながらも、いつもより少しだけ真剣な目でこちらを見ていた。
「――何かあったら、隣にいるから。それだけは忘れないで」
その言葉に、少しだけ救われた気がした。
その夜、ゆずにも短くメッセージを送った。
『しばらく、忙しくなる』
それだけの言葉に、ゆずはすぐに返信をくれた。
『無理しないでね。何かあったら、ちゃんと言って』
いつもの、変わらない優しさだった。だが、なぜかその優しさが、今はどこか遠くに感じられた。




