蘭との距離
トップに立ってから、蘭と二人きりで過ごす時間が、自然と増えていった。
「今日も付き合えよ」
そう言って、蘭は当然のようにボクシングジムへの道を歩き出す。俺はその後ろを追いながら、いつの間にか、それが日課になっていることに気づいた。
「――お前、俺のことどう思ってんの」
ミット打ちの合間、ふと思いついたことをそのまま口にした。蘭は一瞬手を止め、それから呆れたように笑った。
「藪から棒に何よ」
「いや、深い意味はねえよ。ただ気になった」
「――そうね」
蘭はミットを下ろし、少し考えるように視線を泳がせた。
「弟分、みたいなもんかしら。危なっかしくて、放っておけないっていう意味では」
「弟分ね」
「文句あるの」
「――いや」
正直、それ以上でもそれ以下でもない関係性が、今の自分には心地よかった。蘭との間にあるのは、恋愛感情とは少し違う、戦友のような、あるいは家族のような、不思議な信頼だった。
「――ゆずとは、うまくやってんの」
不意に聞かれて、俺は素直に頷いた。
「ああ。少し前に、ちゃんと付き合うことになった」
「そう」
蘭はそれだけ言って、また笑った。祝福とも、羨望とも取れない、複雑な笑い方だった。
「大事にしなさいよ。アンタみたいな生き方してる奴に、そこまでついてきてくれる子、そうそういないんだから」
その言葉には、いつもの軽口とは違う、確かな重みがあった。
その夜、久しぶりに顔を出したグループの溜まり場で、俺は今の自分の立ち位置を、改めて実感していた。
トップとしての信頼。蘭という、気の置けない戦友。ゆずという、真っ直ぐに想いを向けてくれる存在。
何もなかった十六年間の空白を埋めるように、いつの間にか、俺の周りには「居場所」と呼べるものが増えていた。
だが同時に、頭の片隅では、あの古参の男の言葉が、今も燻り続けていた。
――強さってのは、時々、人を変えちまうから。
まだこの時は、その言葉の意味を、実感として理解してはいなかった。
母を奪った男――俺の父親に、まだ会ってすらいない。復讐という当初の目的は、今の充実した日々の中で、少しずつ輪郭を失いかけている自分にも、薄々気づいていた。
だが、それを見失うわけにはいかない。
窓の外、夜の街を照らす明かりを見つめながら、俺は改めて、自分がここに立っている本当の理由を、胸の奥に刻み直した。




