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灰と花、届かない場所で  作者: LEON
第二章 父の影【潜入】
13/29

数の暴力

罠だと気づいた時には、既に退路が塞がれていた。


いつもの帰り道、細い路地に差し掛かったところで、前後から人影が湧いて出た。数えて、七、八人。メスを叩きのめした噂を聞きつけた連中が、報復に来たのだとすぐに分かった。


「一人でよく歩けるよな、命知らずにも程がある」


先頭の男がそう言いながら、パイプを肩に担いで見せつけてくる。他の連中も、それぞれ得物を手にしていた。


数の暴力。一対一なら負ける気はしない。だが、これは違う。


冷静に路地を見渡す。幅は狭く、両側は錆びたトタン壁。逃げ場はない代わりに、相手も一斉には掛かってこられない構造だった。


「――来いよ」


挑発すると、後方の三人が同時に飛びかかってきた。


一人目の振り下ろしたパイプを、体を横に滑らせてかわす。パイプが空を切った瞬間、勢い余った男の懐に潜り込み、顎を跳ね上げる。


二人目の拳は、あえて肩で受けた。骨に響く鈍い痛みが走るが、致命傷にはならない。その隙に、相手の膝の内側を蹴り抜く。崩れ落ちる体を、そのまま踏み台にして三人目との間合いを詰めた。


「――ぐぁッ」


肘打ちが顎を捉え、三人目が壁に叩きつけられる。


だが、数の利は消えない。四人目、五人目が左右から挟み込むように迫ってきた。


躱しきれない。そう判断した瞬間、俺は転がっていたドラム缶を蹴り倒した。けたたましい音を立てて転がるそれに、一瞬だけ全員の意識が逸れる。その隙を突いて、最も接近していた男の足を払い、体勢を崩したところに膝を叩き込んだ。


だが、無傷というわけにはいかなかった。


背後から振り下ろされた木刀が、脇腹を捉える。息が詰まり、視界が一瞬白く点滅した。


「――は、あ……ッ」


崩れ落ちそうになる体を、歯を食いしばって立て直す。脇腹の激痛に、意識が飛びかけたが、ここで倒れるわけにはいかなかった。


残るは三人。だが、こちらの息も、もう限界に近い。


「――くたばれ」


木刀を持った男が、再び振りかぶる。


その瞬間、俺は痛みごと前に踏み込んだ。振り下ろされる木刀の内側に飛び込み、間合いを潰す。至近距離での拳は、木刀よりも速い。


顎を打ち抜き、崩れ落ちる男を突き飛ばすようにして、最後の二人へと向き直った。


「――化け物か、テメエ」


震える声で後ずさる二人を見て、俺はようやく荒い息を吐いた。


「化け物じゃねえ。ただ、負けられねえ理由があるだけだ」


その言葉に、二人は顔を見合わせたあと、逃げるように路地の奥へと消えていった。


脇腹を押さえながら家路につく道すがら、痛みと共に、妙な実感が込み上げてきた。


一対多数でも、まだ立っていられる。まだ、負けていない。


だが同時に、頭の片隅で小さな警鐘も鳴っていた。


――数を集めれば、俺だって沈められる。


その事実を、身をもって思い知らされた夜だった。

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