数の暴力
罠だと気づいた時には、既に退路が塞がれていた。
いつもの帰り道、細い路地に差し掛かったところで、前後から人影が湧いて出た。数えて、七、八人。メスを叩きのめした噂を聞きつけた連中が、報復に来たのだとすぐに分かった。
「一人でよく歩けるよな、命知らずにも程がある」
先頭の男がそう言いながら、パイプを肩に担いで見せつけてくる。他の連中も、それぞれ得物を手にしていた。
数の暴力。一対一なら負ける気はしない。だが、これは違う。
冷静に路地を見渡す。幅は狭く、両側は錆びたトタン壁。逃げ場はない代わりに、相手も一斉には掛かってこられない構造だった。
「――来いよ」
挑発すると、後方の三人が同時に飛びかかってきた。
一人目の振り下ろしたパイプを、体を横に滑らせてかわす。パイプが空を切った瞬間、勢い余った男の懐に潜り込み、顎を跳ね上げる。
二人目の拳は、あえて肩で受けた。骨に響く鈍い痛みが走るが、致命傷にはならない。その隙に、相手の膝の内側を蹴り抜く。崩れ落ちる体を、そのまま踏み台にして三人目との間合いを詰めた。
「――ぐぁッ」
肘打ちが顎を捉え、三人目が壁に叩きつけられる。
だが、数の利は消えない。四人目、五人目が左右から挟み込むように迫ってきた。
躱しきれない。そう判断した瞬間、俺は転がっていたドラム缶を蹴り倒した。けたたましい音を立てて転がるそれに、一瞬だけ全員の意識が逸れる。その隙を突いて、最も接近していた男の足を払い、体勢を崩したところに膝を叩き込んだ。
だが、無傷というわけにはいかなかった。
背後から振り下ろされた木刀が、脇腹を捉える。息が詰まり、視界が一瞬白く点滅した。
「――は、あ……ッ」
崩れ落ちそうになる体を、歯を食いしばって立て直す。脇腹の激痛に、意識が飛びかけたが、ここで倒れるわけにはいかなかった。
残るは三人。だが、こちらの息も、もう限界に近い。
「――くたばれ」
木刀を持った男が、再び振りかぶる。
その瞬間、俺は痛みごと前に踏み込んだ。振り下ろされる木刀の内側に飛び込み、間合いを潰す。至近距離での拳は、木刀よりも速い。
顎を打ち抜き、崩れ落ちる男を突き飛ばすようにして、最後の二人へと向き直った。
「――化け物か、テメエ」
震える声で後ずさる二人を見て、俺はようやく荒い息を吐いた。
「化け物じゃねえ。ただ、負けられねえ理由があるだけだ」
その言葉に、二人は顔を見合わせたあと、逃げるように路地の奥へと消えていった。
脇腹を押さえながら家路につく道すがら、痛みと共に、妙な実感が込み上げてきた。
一対多数でも、まだ立っていられる。まだ、負けていない。
だが同時に、頭の片隅で小さな警鐘も鳴っていた。
――数を集めれば、俺だって沈められる。
その事実を、身をもって思い知らされた夜だった。




