「頭角」
「――隣町の連中が、うちの縄張りに手え出してきてるらしい」
グループの溜まり場に集まった面々に、リーダー格の男がそう告げたのは、俺が加入して一ヶ月ほど経った頃だった。
「面倒くせえ。俺が話つけてくる」
言うが早いか、俺は立ち上がっていた。周りが止める間もなく、単身で隣町の連中が根城にしている廃工場に乗り込む。
数にして十人以上。普通なら怯むところだろう。だが、なぜか恐怖はなかった。母を奪った男に辿り着くまでは、こんなところで倒れるわけにはいかない――その一心だけが、体を突き動かしていた。
一人目の顎を打ち抜き、二人目の膝を蹴り砕く。三人目、四人目と、向かってくる相手を次々と沈めていくうちに、いつの間にか周りが遠巻きになっていた。
「――化け物か、テメエ」
最後に残ったリーダー格の男が、青ざめた顔で後ずさる。
「話をつけに来ただけだ。手え出すな、それだけでいい」
それだけ言って背を向けると、誰も追ってはこなかった。
その日を境に、俺の名前は界隈でちょっとした噂になった。
「あの新入り、単身で隣町のグループ潰したらしいぜ」
「化け物じみた強さだって話だ」
「咲亞について行きゃ、間違いねえ」
初めのうちは戸惑いもあったが、次第にその視線が心地よくなっている自分がいた。誰かに認められる。誰かに頼られる。そんな感覚を、生まれてこの方、味わったことがなかった。
蘭も、何も言わずに笑ってミットを構えてくれる。仲間たちも、俺の指示に素直に従うようになっていった。
初めて、「居場所」というものの手触りを、実感し始めていた。
だが、その高揚感に一つだけ、小さな影が差す瞬間があった。
「――お前、ほんと化け物みたいなペースでのし上がってくな」
グループの古参だという、髭面の男がそう呟いたのは、ある夜の飲み会でのことだった。
「悪いか」
「悪かねえよ。ただ……」
男は少し言葉を濁したあと、ぐいと酒を呷った。
「知ってるか? うちのグループ、元を辿りゃ黒田組の枝みたいなもんなんだよ。ここで名を上げた奴は、大体そのまま上に吸い上げられる。俺らにとっちゃ、黒田組ってのは半分身内みたいなもんだ」
初耳だった。だが、亮が言っていた「当時のメンバーは黒田組にそのまま吸収された」という話と、ようやく繋がった気がした。
「だから、あそこの内情には、それなりに詳しいんだよ、うちの連中は」
男はそう続けてから、ふと遠い目をした。
「昔もいたんだよ。お前くらいの歳で、こんくらいの勢いでのし上がった奴が」
「――誰だよ、それ」
「黒田組の、今の組長だよ」
その一言に、酔いも吹き飛ぶような感覚を覚えた。
「あの人も、最初はお前みたいだった。誰よりも強くて、誰よりも頼られてて……なのに、いつからか、誰も逆らえねえ化け物になっちまった」
男はそこで、初めて俺の目をまっすぐ見た。
「気ぃつけろよ。強さってのは、時々、人を変えちまうから」
酔っ払いの戯言だと、笑い飛ばすこともできた。だが、その言葉はなぜか、耳の奥にこびりついて離れなかった。
窓の外では、まだ賑やかな笑い声が続いている。だが俺の中では、何かが小さく、軋み始めていた。




