「蘭」
グループに入って一週間もすると、俺の名前は末端まで知れ渡っていた。
「新入りのくせに、幹部連中に喧嘩売ってんだって?」
からかい半分にそう言ってきたのは、蘭だった。溜まり場の隅、壊れたソファに足を組んで座っている。
「向こうが先に舐めた態度取ってきただけだ」
「はいはい、いつもそう言うのよね、アンタみたいなタイプは」
蘭は呆れたように笑いながら、缶コーヒーを放って寄越した。反射的に受け取ると、彼女は隣の椅子に腰掛ける。
「――何で、このグループに?」
不意に聞かれて、一瞬言葉に詰まった。
「事情がある」
「ふうん。深くは聞かないであげる。誰にでもあるもんね、そういうの」
蘭はそう言って、缶を傾けた。
「あんたは?」
「私?」
蘭は少し驚いたように、それから懐かしむように目を細めた。
「家、居場所なかったから。ここが一番マシだっただけ」
淡々とした口調だったが、そこに込められた重みは、なんとなく分かる気がした。似たような境遇の人間には、共通する何かの匂いがある。
「――でも、居心地はいいわよ。ここの連中、口は悪いけど、義理は通す奴らばっかりだから」
その言葉には、確かな誇りが滲んでいた。
翌週、蘭に誘われて、彼女行きつけだという場末のボクシングジムに顔を出した。
「見て覚えな。喧嘩の勘だけじゃ、そのうち頭打ちになるから」
言われるがまま構えを取ると、蘭は容赦なくミットを打ち込んできた。
「――遅い」
「うるせえ、こっちは初めてだよ」
「初めてでその動きなら上等よ。筋、悪くないじゃない」
軽口を叩きながらも、蘭の指導は的確だった。数時間もすると、体中が悲鳴を上げていたが、不思議と嫌な疲れではなかった。
「――あんた、変な奴ね」
汗を拭きながら、蘭がぽつりと言った。
「何が」
「そこまでして強くなりたい理由、聞かないけど。がむしゃらすぎて、逆に危なっかしい」
図星を突かれて、返す言葉に詰まる。蘭はそれ以上追及せず、ただ小さく笑った。
「まあ、いいわ。危なくなったら、私が拾ってあげる」
その言い方が、妙に心地よかった。ここ最近、誰かにそう言ってもらえることが、どれだけ少なかったか思い知らされた気がした。
窓の外、夕暮れの光がジムの床に長く伸びていた。この居場所に、少しずつ馴染み始めている自分に、俺自身が一番戸惑っていた。




