ようこそ、桜下の寄宿舎へ
西暦二一九二年四月七日
実習見学を終え、最初の週末を迎えた土曜日。時刻は午後五時前——桜寮では新入生歓迎会が開かれていた。
会場は、バスケットコートが二面は取れそうな広さの多目的ホールだ。ひな壇には、望月さんや僕を含む新入寮生二十名が横一列に並び、その正面には先輩たちが円卓を囲んで座っている。ざっと見ただけでも百人近い。皆、どこか楽しげにこちらを見守っていた。
この歓迎会は二部構成だ。前半は新入寮生の紹介、後半は“大人たちの時間”になるらしい。
『えー、少し早いですが始めますね。本日はお集まりいただきありがとうございます。ただいまより、新寮生歓迎会を開催します。司会を務めます、副代表の毛利渚です。よろしくお願いします』
司会は、入寮のときに案内してくれた毛利先輩だった。副代表だと聞いて、望月さんが小さく目を丸くしている。会場からは大きな拍手が起こった。
『ではまず、新しく入寮した皆さんに自己紹介と将来の目標を一言ずつお願いします』
今回の主賓は、四月入寮の新入生十七名と、昨年十一月以降に入寮した三名の計二十名だ。
(年齢順って聞いてたけど、トップじゃなくて助かった……)
僕は最年少だが、先に入寮した三人がいるため順番は四番目。その三人はすでに寮生活にも慣れているようで、授業の失敗談を披露したり、先輩に突っ込まれたりして場を盛り上げていた。
(どうしよう……まだ授業も始まってないし、面白い話なんて……)
そんなことを考えているうちに、あっという間に順番が回ってくる。
「がんばって」
隣の望月さんの小声に背中を押され、僕は一歩前に出た。
「四月入寮の新入生、星野晶です。十五歳です」
一瞬だけ間を置く。
(ここで言うか……?)
迷いはあったが、続けた。
「将来は、自分の宇宙船でいろんな場所に行くことです。そして……その船で、困っている人を助けられたらと思っています」
一瞬、会場が静まる。
(やっぱり、やりすぎたか……)
そう思った直後、
「おぉ……」
どよめきが広がった。どうやら悪い反応ではないらしい。ほっとして一歩下がる。
『新入生はまだエピソードも少ないだろうから、寮や学院の第一印象もお願いしようかな。星野君、どう?』
再び前に出る。
「そうですね……翻訳機を使わなくても会話できる環境は、やっぱり助かります」
先輩たちの席から、くすくすと笑いが漏れた。どこか共感を含んだ、温かい笑いだ。
全員の紹介が終わると、僕たちはひな壇を降り、新入生用の円卓へ移動した。続いて、寮生代表の向井先輩が壇上に立つ。
『寮生代表の向井新一です。この機会に、学年や年代を越えて交流を深めてください。なお前半はノンアルコールですのでご注意を。それでは——乾杯!』
『乾杯!』
僕は左の望月さん、右隣の新入生とグラスを合わせ、オレンジジュースを一口飲む。拍手と笑い声が重なり、会場は一気に賑やかさを増した。
こうして、桜寮の歓迎会は、和やかな空気の中で幕を開けた。
***
向井先輩の乾杯で、歓迎会はかしこまった挨拶から一転、和やかな食事の時間へと移っていった。
円卓には色とりどりの料理が並び、チーズや醤油の香りが混ざり合って食欲を刺激する。こんな大人数での食事は初めてで、僕は妙な高揚感に包まれていた。
やがて会場の空気もほぐれ、席を立って友人のもとへ向かう者や、ビュッフェに並ぶ者も出始める。
——そんな中でも、望月さんは目の前の料理から視線を外さない。
(……すごい集中力だ)
あえてその空気に触れないようにして、僕は口を開いた。
「向井先輩って、ここの代表だったんですね。知りませんでした」
「ん?あぁ……私も知らなかった」
望月さんが料理から視線を外して、僕に応える。
「俺は知ってたぜ」
すると、意外な方向から声が割り込む。
右を向くと、一人の学生が人懐こい笑みを浮かべていた。二十歳前後だろうか。見覚えはあるが、名前までは思い出せない。
「驚かせたか?」
「いえ、大丈夫です」
僕は体ごとそちらに向き直る。その間に、望月さんは左隣の男子に話しかけられ、そちらへ視線を移していた。一瞬だけ、目の前の彼がわずかに残念そうな顔をする。
(……あ、そっちか)
なんとなく察しつつ、僕は自己紹介を切り出した。
「はじめまして。星野晶です。よろしければ、お名前を」
「名乗らなくても知ってるさ。いつも双子と一緒にいるだろ?」
彼は笑って続ける。
「山崎隼夜。二十一歳だ。よろしく」
僕たちは握手の代わりにグラスを軽く合わせた。
「どうして僕の名前を?」
「君、それなりに有名人だぞ。星野君、でいいか?」
「えっ、そうなんですか……。有名なのはどちらかというと周りの人たちで、僕自身は——」
「卑下するなって。十五で有名になる必要なんてないだろ」
そう言って、隼夜さんは肩をすくめた。
「ありがとうございます、山崎さん」
「その呼び方、くすぐったいな。隼夜でいい」
「じゃあ、隼夜さん。僕は晶で」
「おう、晶……よろしく。できれば“さん”は外してくれると助かる」
そう言ってから、彼は声を落とした。
「で、あの隣の子——いつも一緒にいるけど、恋人?」
一瞬、思考が止まる。
(そう見えるのか……)
少しだけ望月さんの方を見てから、僕は首を振った。
「違います。同郷で、試験会場が一緒だったんです。移動も同じで、それで仲良くなって」
「なるほどな」
隼夜は納得したように頷き、すぐに身を乗り出す。
「じゃあさ、彼女って恋人いるのか?好みとか、分かる範囲でいいから教えてくれないか?」
(……そっちが本題か)
思わず苦笑する。
「僕、五歳も年下ですし、そういう話は全然してないんです。力になれなくてすみません」
「そうか……残念だな」
肩を落としながらも、すぐに表情を戻す。
「でも、あの子がモテるのは間違いない。このテーブルの男は、みんな少なからず狙ってると思うぞ」
そう言って、隼夜はウインクをひとつ残し、グラスを手に席を立った。その背中を見送りながら、僕は思わず望月さんの方を見る。
——本人は、そんなことなど一切気にせず、目の前の料理と真剣に向き合っていた。
***
開宴から二時間が過ぎ、会場のあちこちから笑い声が弾けていた。ついこのあいだまで中学生だった自分にとっては、どこか大人の世界を覗いているようで——そんな空気に酔うように、僕はこの心地よい宴に身を委ねていた。
一方、隣の望月さんは、入れ替わり立ち替わりやってくる(主に男性の)先輩や同級生の相手をしながら、器用に料理を平らげていく。
(……本当は、ゆっくり食べたいんだろうな)
口には出さないが、話しかけられるたびに箸を止める彼女を見て、そんなことを思った。
やがて、司会の毛利先輩が第二部の開始を告げる。
「以上で第一部——新寮生歓迎会を終了します。続いて第二部へ移りますので、一度ご自分の席へお戻りください」
ざわめきが少しずつ収まり、皆が席へと戻っていく。知り合いの先輩のもとへ行っていた隼夜も戻ってきて、軽く手を挙げて合図してきた。
このまま残れば、そのまま大人たちの時間へと移るのだろう。
だが、飲酒が許されていない二十一歳未満の学生は、ここで退場だ。さすがにこの公的な場で、規則を破って居残るような者はいない。ピッタリ二十一歳の隼夜は「じゃあな、お子様たち」と意地悪く笑って居残った。一方、望月さんは、飲酒についてはすっかり割り切った様子だが——どこか、まだ食べ足りなそうに見える。それでも、ここまでだ。
(また、冬華に話せることが増えたな)
そう思いながら、僕は少し名残惜しそうな望月さんを促し、部屋へと戻る。
初めての大規模な歓迎会は、想像以上に楽しくて——その余韻だけが、しばらく胸の中に残り続けていた。
◎登場人物
◯星野晶(15)(166cm):主人公。国際宇宙学院の新入生
◯望月凛(20)(165cm):国際宇宙学院の新入生。主人公とはアカデミー入試の下見で出会った。語学堪能な健啖家
◯毛利渚(23)(162cm):国際宇宙学院の三年生。桜寮の寮生副代表。明るくて距離が近いけど、ちゃんと見てるお姉さん
◯向井新一(24)(178cm):国際宇宙学院の三年生。桜寮の寮生筆頭代表。真面目すぎるけど面倒見がいい兄貴分。
◯山崎隼夜(21)(172cm):歓迎会で主人公の隣に座る。望月凛のことが気になっている様子。男性に対しては気さくだが女性に対しては少し奥手。
◎用語
◯国際宇宙学院:宇宙船の乗組員を養成するための専門機関。グリニッジ標準時なので、日本との時差は九時間
◯桜寮:主人公が住む寮。住民の多くが日本人で、寮内では日本語が公用語となっている。居住棟三棟、管理棟一棟がロの字で立ち並び、中庭には桜の樹が植えてある。
◯新入生:初等生とも呼ばれる。入学してから半年間。学年色は白。最初の三ヶ月は特に“トレーニー期間”で、水曜の一限目にトレーナーから指導を受ける




