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アルテアの記憶  作者: 上井みるき
研鑽の記憶
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研鑽の地へ向かって

第二章となります。引き続き、よろしくお願いします。


西暦二一九二年三月二四日

 学校の友達、アルテア、朝比奈家の皆さん。いくつもの別れを重ねて、今、僕は海上リニアのシートに身を預けている。

 目的地は、赤道直下に浮かぶ『第五軌道エレベータ』。二年前に完成したばかりの最新型で、人工島の上にそびえ立つ、人類の新たな門戸だ。

 座席は、横に二人がけが二列。真ん中に通路が通っている、ごく普通の配置だった。


「お隣さん、少しよろしいかしら? お昼を食べたいのだけれど、匂いがしてしまうかもしれないから」


 隣に座る老齢の女性——早苗おばあちゃんと同じくらいの年嵩(としかさ)に見える彼女が、遠慮がちに声をかけてきた。


「もちろんです」


 正午は過ぎているが食堂車は混み合っているらしく、自席で駅弁を広げている乗客も多い。わざわざ僕のような若造に断りを入れてくれる彼女の気遣いが、少しだけ心細かった胸に、じんわりと染みた。


「せっかくですから、僕もいただきます。それでお互い様、ということで」


 僕は旅行バッグから、アルテアが持たせてくれた弁当箱と水筒を取り出し、テーブルに広げた。

 蓋を開けた瞬間、ふわりと甘い香りが立ち上る。

 上の段には、黄金色に焼き上げられたオムライス。下の段には、ほうれん草のお浸しにポテトサラダ、そして仕上げと言わんばかりに、これ見よがしな“ハート型のにんじん”が添えられていた。おまけに小さな“わし座の旗”まで入っている。まるで、ポータブルお子様ランチだ。十五歳になった自分が人前で広げるには少し照れくさい代物ではあったが、それもまた嬉しい。


「おやおや、愛妻弁当かい?いや、まだ学生さんかねぇ」


 言いながら微笑みかけてくれるおばあちゃん。


「この春、中学を卒業したばかりです……でも、僕にとって大切な人が、心を込めて作ってくれたんです」

「そう、それは素敵ねぇ」


 彼女は上機嫌に頷き、会話が弾んだ。勧められるままに、おばあちゃんの煮物と僕の卵焼きを交換する。


「あら……これ、本当に美味しいわ。味付けが絶妙ね」


 目を細めて喜ぶ彼女を見て、僕は自分のことのように胸を張った。


(そりゃそうだよ。だって、アルテアが作ったんだもん)


 アルテアの料理を見知らぬ誰かに認められたことが、少し誇らしかった。


***


「昔から“旅は道連れ”と言うけど、今日は楽しかったわ」

「こちらこそ、楽しかったです」

「じゃあ、気をつけてね」

「はい。おばあちゃんも」


 終点の第五エレベータ駅で降車し、おばあちゃんと別れる。


「んー」


 大きく伸びをする。見渡すと人工島とはいえ、思っていたよりもずっと広い。ホテルが立ち並び、テニスコートやゴルフ場まで備えた立派なリゾート施設だ。その中央に、ひときわ異質な存在として、軌道エレベータがそびえ立っている。


「うわぁ」


 思わず声が漏れた。エレベータの先端は、雲一つない青空に溶け込んでいて、どこまで続いているのか目で追うことすらできない。

 僕は軌道エレベータの搭乗カウンターに向かい、手続きを済ませると、待合室の椅子に腰を下ろした。待合室の造りは、飛行場のそれと大きくは変わらない。

 ただ、四歳の時にガニメデから帰国して以来、ずっと日本で過ごしてきた僕にとって、この場所はすでに“異郷”だった。飛び交う多国語の喧騒と、見知らぬ人種の熱気。少しずつ、心臓の鼓動が速くなるのを感じた。


「Excuse me」

「えっ!」


 不意に声をかけられ、思わず驚いてしまった。見上げると、背の高い白人男性がこちらを見ている。


「ハ、ハロー……」


 慌てて翻訳機のスイッチを入れる。


『私はリアム=ハートリー。リアムと呼んでくれ。君は国際宇宙学院アストリス・アカデミーの新入生で合っているかな?そのバッジ、見覚えがある』


 話者と同じ声で自然な日本語へと変換される。


「そうです。僕は星野(ほしの)(あきら)と言います。リアムも学院(アカデミー)の学生さんですか?」

『ああ、君より少しだけ先輩になるな。それにしても、日本人に“ホシノ”という姓は多いのかい?伝説の星野艦長と同じだ』


 一瞬だけ、胸の奥がひっかかる。


「それが、輸送艦“信濃”の星野(ほしの)(わたる)のことでしたら……僕の父です」


 発着ロビーの窓からは青い空が見える。


『……本当に!?それは……驚いたな』


 リアムはわずかに目を見開き、それから納得したように頷いた。


『有名人じゃないか!今期の新入生は、面白い顔ぶれになりそうだ』

「僕は有名人じゃないですよ」

『ふふ……まあ、これから分かるさ』


 彼は軽く肩をすくめてみせる。


『じゃあ、学院(アカデミー)で会えるのを楽しみにしているよ。では』


 そう言って、リアムはエレベータの搭乗口へと歩いて行った。


***


 いよいよ発着ゲートを抜け、半球状の巨大ドームへと足を踏み入れる。

 中央にそびえ立つ昇降機(クライマー)は、想像していたよりもずっと大きい。小型のビルが、そのまま縦に立っているみたいだった。

 端末でチケット情報を確認し、指定されたフロアへ向かう。


「えっと、六階の一番個室か」


 クライマー中央の移動装置に乗り込み、ゆっくりと上昇する。扉が開くと、目の前に自分の部屋があった。ドアを開けて中に入る。


「思ったより、ずっと広いや」


 思わず声が漏れる。室内を見渡すと、二泊三日程度なら、この部屋だけでも十分に過ごせそうだった。


 ベッドもデスクも、すべてがきちんと床に固定されている——当たり前のはずの光景に、ほんのわずかな違和感を覚えた。

 この部屋は、地上のものとほとんど変わらない。通常は無重力でも使えるように設計されているはずなのに、ここにははっきりと“上下”が存在していた。


(そっか……あの“カサンドラ”の時に、父さんたちが命がけで展開した重力子(グラビトン)防壁(シールド)が、こんな形で実用化されたんだ)


 壁に手をつき、もう一度だけ床を踏みしめる。

 ここはもう、地上と変わらない。それでも、あと数分で地球から離れていく場所だった。僕はゆっくりと息を吐き、ベッドの縁に腰を下ろした。

 ——いよいよだ。この旅の果てに、僕の知らない未来が待っている。


◎登場人物

星野(ほしの)(あきら)(15)(166cm):主人公。国際宇宙学院アストリス・アカデミーの新入生

◯リアム・ハートリー(男性)(24)(179cm)(オーストラリア):国際宇宙学院アストリス・アカデミーの一年生(中等生)。感情表現は豊かだが、感情に流されない。机上の空論嫌い


◎用語

国際宇宙学院アストリス・アカデミー:宇宙船の乗組員を養成するための専門機関


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