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アルテアの記憶  作者: 上井みるき
旅立ちの記憶
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人災の標的

西暦二一九二年三月三日

 三月に入って最初の週末。僕は通信端末を握りしめながら、少しだけ緊張していた。


(あきら)です。今日……大切な話があるんですけど。今、いいですか?」


 少しの間を置いて、(こう)おじさんの声が返ってくる。


『もちろんだ。空いてるなら、今からうちに来るか?』

「はい」


 通話を終えると、僕はすぐに家を出た。


***


 (こう)おじさんの書斎で、僕はアルテアとのやり取りをすべて話した。

 映像の中にあった“不自然な編集”。それ自体は重大な意味を持つものではない可能性が高いこと。

 むしろ——アルテアの推測では、それは映像を見た人間に違和感を抱かせるための仕掛けだったのではないかということ。

 (こう)おじさんは腕を組んだまま、最後まで黙って聞いていた。そして僕は、いちばん聞きたかったことを口にした。


「……ここからが核心なんですけど」


 僕はゆっくり言った。


「航おじさんは、“カサンドラ”は天災だと思いますか?」


 (こう)おじさんは一瞬、視線を落とした。


 それから、低く呟く。


「……なるほど。やはりか」

「やはり?」

「ああ」


 (こう)おじさんは椅子に深くもたれ、天井を仰いだ。その瞳は、いつもの優しいおじさんのものではなく、鋭く冷めた、父の右腕として何度も修羅場を潜り抜けてきた人のものだった。


「俺も、ずっと引っかかっていた」

「つまり——これが“誰かの手による犯罪”、テロリズムの可能性が高いってことですか?」

「そこまで断定はできない。ただ……気にはなっていた」


 (こう)おじさんは窓の外を見ながら言った。


「木星圏に人が集まるタイミングで、あんな危険なものが現れる。そして第二ステーションへ一直線に向かってくる」


 小さく息を吐く。


「偶然にしては出来すぎている」


 そして、少しだけ苦笑した。


「それにしても……さすが(しょう)だな」

「ええ」


 僕は頷く。


「父の伝言でも言っていました。“この悲劇を防ぐことができるなら、最善を尽くしてほしい”って」


(でも……)


 僕は言葉を続ける。


「……僕には無理です。無力すぎて」


 (こう)おじさんは即座に首を振った。


「当然だ」


 その声は優しかった。


「せっかく明るい未来が待っているんだ。お前が張り切る必要はない。そんな無鉄砲なこと、(しょう)も幸っちゃんも、これっぽっちも望んじゃいない」

「……そうでしょうか」

「当たり前だ」


 (こう)おじさんは笑う。


「とりあえず、信濃が解析した座標があるんだろ?」

「はい」

「あとで送ってくれ」


 そして、静かに言った。


「最善を尽くすのは——俺の仕事だ」

「ありがとうございます」


 僕は深く頭を下げた。航おじさんはしばらく考えるように黙っていた。やがて、ぽつりと言う。


「……ただな」

「?」

「これが人災だったとしても——」


 (こう)おじさんはゆっくり続けた。


「無差別テロじゃない可能性もある」


 僕は思わず顔を上げた。


「どういうことですか?」

「つまり」


 (こう)おじさんは静かに言う。


「随分と大掛かりな事件だが……もし、狙われていたのが“第二ステーションの数万人”じゃなくて」


 ほんのわずかな間。


「“特定の誰か”だったとしたら?」


 体が、ぞくりと震えた。


「まさか……」

「木星圏には当時、有名人が山ほど集まっていた」


 航おじさんは指を折りながら言う。


「政治家、投資家、軍関係者……それだけじゃない」


 視線が僕に戻る。


「今世紀の三大発明を主導した三人の博士たちに、AI理論の権威でもある数学者」


 (こう)おじさんは、静かに言った。


「——もしかしたら、この事件の“首謀者”にとって、その中の“誰か”が“邪魔”だったのかもしれない」


 そこまで言って、ふと口を閉じた。何かを思い出したような顔だった。けれど結局、何も言わなかった。

 僕はその理由を聞かなかった。


◎登場人物

星野(ほしの)(あきら)(14)(165cm):主人公。中学三年生。両親を十一年前の事故で亡くしている。

朝比奈(あさひな)(わたる)(51)(181cm):(あきら)の父=(わたる)の親友。


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