表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルテアの記憶  作者: 上井みるき
旅立ちの記憶
PR
57/78

音声トラック【輸送艦<信濃>・伝言室】

『音声データの復元、ならびに再生を開始します』


 アルテアの声が静かに響く。深海の底から気泡が弾けるようなノイズが走り、次の瞬間、その奥から低く落ち着いた声が聞こえてきた。


***


『……今、信濃の伝言(メッセージ)(ルーム)にいる』


 お父さんの声だ。


『ここは録画も録音もされない。誰にも聞かれることもない場所だ。今は特別に、信濃に会話を許可している状態にしている』


 ほんのわずかな沈黙。遠くで(ふね)の振動のような低音が響いている。


『木星系を襲った“カサンドラ”の最終第三波が、間もなく到達する。その前に、現時点で——おそらく人類最高の知能を持つAI、“信濃”に質問をしようと思う』


 信濃が応じる。


『なんでしょうか?』


 父が続ける。


『私は当初から、ずっと気になっていることが一つあった』


 父の声は、いつもの冷静な艦長の声だった。


『つまり、これが——“天災”なのか、“人災”なのか……だ』


 わずかな沈黙。スピーカーからは、重力防壁が軋むような金属音と、艦の心臓部が悲鳴を上げる低い震動が、地鳴りのように絶え間なく響いている。


『……分かりました。解析を開始します』

『頼む』


 少しの間のあと、父の声が再び響いた。


『以後、これは輸送艦“信濃”艦長、星野(ほしの)(わたる)からの最後のメッセージとなる』

『この記録を開封できたのは、いつの時代だろうか』


 軽く咳払いを一つして、続ける。


『そして——それを聞いているのは、誰だろうか』


 (ふね)の振動が、少しだけ強くなる。


『私はこれが天災であることを望んでいる。しかし、もし、これが人災であるなら——この悲劇が繰り返される前に、この記録が届くことを願う。そして、それを防ぐことができる立場にあるなら——』


 ほんのわずか、父の声が柔らいだ。


『どうか最善を尽くしてほしい……そう願っている』


***


 数秒の無音のあと、再び信濃の声が響いた。


『解析結果は、モニターを通して星野艦長へ報告しました。私の解析では——この現象は、ほぼ確実に人為的なものです』


 僕は思わず息を呑む。


『理由を説明します』


『第一に、自然起源の小天体群であれば、軌道は重力散乱による確率分布に従います。しかし今回観測された群体は、自然現象にしては整い過ぎています。特に中心の物体は、まるで“ストレンジレット類似物質を通常小惑星が護衛している”かのような配置を示しています』


『第二に、三波に分かれて襲来する構造です。このような段階的衝突は、自然現象というよりも兵器による攻撃パターンに近いものです』


『第三に、未知物質である“ストレンジレット類似物質”そのものが、軍用物質として都合が良すぎることです』


『それぞれ単独であれば、偶然と説明することも可能でしょう。しかし、この三つが同時に成立しています』


『以上より、この現象は人工的に発生した可能性が極めて高いと判断します』


『“カサンドラ”の軌道を逆算した結果、起源はエッジワース・カイパーベルト付近と推定されます』


『推定座標は——』


 数字がいくつか読み上げられる。


『ストレンジレット類似物質が、どのように生成されたか特定するには時間が足りません。しかし、この座標周辺には何らかの人工施設——つまり“基地”または“工場”が存在する可能性が高いと私は推定します』


『そして、それが発見された時、私の推定は確証に変わるでしょう』


 数秒の沈黙——そして、信濃の声の調子がわずかに明るくなった。


『ここからは、私からのメッセージです』

『この記録を解読できた知性は、おそらく私より優れたAIでしょう』

『願わくば——』


 ほんのわずかな間。


『私が慕う星野艦長や星野博士と同じ立場』

『同じ価値観』

『そして、同じ正義感を持つ知性であることを、心から願っています』


(“心から”……か……)


***


『復元したメッセージは、以上で全てとなります』


 アルテアの声が静かに告げた。僕はしばらく、言葉が出てこなかった。さっきまで聞いていた声——父の声と、信濃の声が、まだ部屋の空気に残っているような気がする。

 僕は重い口を開く。


「なるほど……」


 自分でも情けないくらい、弱い声だった。


「アルテア」

『はい』

「僕は……どうしたらいいと思う?」


 ほんのわずかな沈黙。アルテアは、慎重に言葉を選ぶようにして答えた。


『……申し訳ありませんが……今の(あきら)様は、アカデミー入学前の普通の中学生です。物理的な能力も、社会的な発言権も持ち合わせていません』


 少しだけ間を置く。


『つまり、この問題に対して、今すぐ出来ることはありません』


 僕は苦笑した。


「……それはそうなんだけどさ」


 分かっている。そんなことは、僕だって分かっている。それでも、聞かずにはいられなかった。


「じゃあ、この情報は……誰かと共有した方がいいのかな?」


 アルテアは、すぐには答えなかった。数秒ほど沈黙が続く。いくつもの可能性を計算しているのかも知れない。やがて、静かな声が返ってきた。


『難しい問題です。この情報は、人類社会にとって極めて重大な内容を含んでいます』


 少しだけ声を落とす。


『もし拡散すれば、社会的混乱を招く可能性があります』


 僕は黙って聞いていた。


『また、信濃お姉様の推理が正しく、“カサンドラ”が人為的な現象である場合、“犯人”はその事実を知られることを望まないでしょう』


 背中が少し寒くなる。アルテアは続けた。


『したがって、共有するにしても慎重であるべきです。絶対に盗聴される可能性がない場所で、そして最小限の人数に限定することを推奨します』


 僕は小さく息を吐いた。


「最小限……」

『はい』


 アルテアは、はっきりと言った。


『例えば——朝比奈(あさひな)(わたる)様』


 その名前を聞いて、僕はゆっくり頷く……この後、お互いの沈黙は長く続いた。


***


「最後に一つだけ、いいかな?」


 僕は画面から目を離さずに言った。


『なんでしょうか?』


 アルテアはいつもの静かな声で応じる。


「この音声を聞く前に言ってたよね。“一点だけ説明のつかない点がある”って」

『はい』


 少し間を置いてから続けた。


「それって何?」


 アルテアはすぐには答えなかった。ほんの数秒、沈黙が続く。


『それは、(あきら)様が見つけた——“不自然な編集”についてです』


 僕は首を傾げた。


「それは、アルテアが言った通りじゃないの?お父さんや信濃の解析をしてほしいから、わざと気づくようにしたって」


 アルテアは、静かに問い返した。


『では、“不自然な編集”を行ったのは、(わたる)様、あるいは信濃お姉様でしょうか?』

「それはないな……」


 僕はすぐに首を振った。


「時系列が違う。映像の編集が行われたのは、あの事故のずっと後だよね?」

『その通りです』


 アルテアは続ける。


『では、その編集者は、(わたる)様や信濃お姉様のメッセージ内容を知っていたと思いますか?』


 僕は少し考えた。


「それも……ないと思う」


 父のメッセージも、信濃のメッセージも、あれだけ厳重に隠されていた。今のアルテアをもって、ようやく見つけたのだ。


「これを解析できたのは、たぶんアルテアが初めてじゃないかな?」


 そこまで言って、僕はふと気づいた。


「……あれ?」


 アルテアが静かに言う。


『お気づきになられましたか?』


 僕はゆっくりと言葉を探した。


「うん……つまり……編集した人は、メッセージの内容を知らない。そもそも——」


 僕は画面を見つめた。


「メッセージが入っているかどうかすら、分からなかった可能性があるってこと?」

『その通りです』


 アルテアの声は穏やかだった。


『編集者は、お父様や信濃お姉様の記録に何か違和感を覚えた……または、何かあると直感した。しかし真相までは辿り着けなかった。だからこそ——』


 ほんのわずか、間を置く。


引っ掛かり(フック)だけを残した』


 僕はゆっくりと頷いた。


「つまり……誰かが、“何かあるかも知れない”と思って……でも、それが何かは分からないまま、未来の誰かに託したってことになるね」

『はい』


 アルテアは静かに言った。


『それが、私の言う“説明のつかない点”です』


 部屋に沈黙が落ちる。窓の外では、夜の街が静かに瞬いていた。父は未来へメッセージを残した。信濃もまた、未来の知性へ語りかけた。

 そして——もう一人。

 名前も分からない誰かが、ただ一つの引っ掛かり(フック)を残していった……


 画面の向こうに広がる宇宙は、何も知らない顔で静かに広がっていた。だけど、そのどこかに——まだ誰も知らない真実が、確かに存在している。それだけは間違いない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ