表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルテアの記憶  作者: 上井みるき
旅立ちの記憶
PR
52/78

遺言3【十五になったあなたへの贈り物】

 父と母の遺言が終わったあと、部屋の中には、しばらく静かな時間が流れていた。ヘッドセットの中の画面は暗いままだ。

 胸の奥に残っていた緊張が、ようやくほどけていく。


(終わった……)


 長い息をひとつ吐く。そのときだった。小さな電子音が鳴り、暗転していた視界に、ふたたび光が差し込んだ。次のトラックが、自動で再生され始めた。


(え……?)


 呼吸が止まる。

 画面の向こうに現れたのは——父・(わたる)でも、母・(さち)でもない。


 二人だった。二人が、並んで座っている。同じフレームの中で、まるで家族写真でも撮るように、静かにこちらを見つめていた。一瞬、言葉が出ない。


(どうして……)


 父の遺言も、母の遺言も、もう見終わったはずだった。

 なのに——

 父が、ゆっくりと口を開いた。


(あきら)、驚いたかもしれないな』


 父の声は、どこか静かだった。


『私たちがこれから撮影するのは、特別な映像だ』


 一度言葉を区切る。


『一番残念で……しかし、避けては通れない可能性のための遺言だ』


 (さち)が、隣で小さくうなずく。そして、やわらかな声で続けた。


『ええ。もし(わたる)さんか私、どちらかが残っていれば……』


 母は少し微笑む。


(あきら)と二人で、いくらでも頑張れると思う』


 そこで、ふっと表情が静かになった。


『でも——』


 一瞬の沈黙。


『この映像をあなたが見ているということは……』


 父が、言葉を引き取る。


(あきら)。お前は——』


 少しだけ目を細める。


『両親を失って、十一年間、生きてきたということになるな……よく、ここまで頑張った。立派に育ってくれた。ありがとう、(あきら)


 重い言葉が、静かな部屋に落ちた。胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。


『うちには親戚がいないが、二人ともいなくなったときは、施設ではなく、(こう)のところで預かってもらう約束だ』


 父は、少しだけ優しく目を細めた。


『だが、(あきら)のことだ。迷惑をかけないようにって、もう一人で暮らしてるのかも知れないな』


(中学に入るときだったよ、お父さん)


 心の中で、小さく答える。


(でもね、迷惑をかけないように……じゃない。ただ、二人が建てたこの家で暮らしたかったんだ)


 父はそんな想いを知るはずもなく、穏やかな声で続けた。


『だからな、せめて——』


 父は一度言葉を区切る。


『私から、十五歳の誕生日プレゼントを贈ることにした』


 口元に、ほんの少し照れたような笑みが浮かぶ。


『まあ、世間的には遺産って呼ぶのかもしれんがな』


 プレゼント——?


 思わず、息をのむ。父は、少し照れたように肩をすくめた。


『実はな。私と(さち)、二人の宇宙船があるんだ』


 呼吸が止まる。


『もう少し歳をとったら、おまえ抜きで、二人だけで太陽系を旅して回ろうと思っていてな』


 父は、どこか懐かしそうに笑った。


『若い頃から、いろんな人の力を借りながら作った船だ。ネジの一本まで自分たちで選んで組み上げた船だ。宇宙で一隻しかない、私たちの船だ』


 そして、まっすぐこちらを見る。


『それを、(あきら)。おまえに授ける』


 一呼吸置いて言う。


『船の名前は——アルシャインだ』


 父は静かに続ける。


(あきら)が免許を取って、自分で操船してもいい。将来、船長を雇ってもいい。どう使うかは、おまえの自由だ』


 少しだけ声がやわらぐ。


『ただな——もしできるなら、困っている人に手を差し伸べるために使ってくれたら嬉しい』


 父は、穏やかな表情で言った。


『そんな(あきら)であってくれたら……こんなに嬉しいことはない』


 父の言葉の余韻が、静かに部屋に残る。

 その隣で、母がふっと笑った。


『じゃあ次は、私の番ね』


 少しだけいたずらっぽい顔をする。


『私から(あきら)へのプレゼントは——アルテアよ』


 一瞬、思考が止まった。


(……アルテア?)


 思わず眉をひそめる。


(アルテアなら、もういるよ?)


 ヘッドセットの向こうで、母はくすっと笑った。


『今、アルテアならもういるよ?って思ったかしら』


 まるで心を読んだみたいだった。


『安心して。アルテアは一人だけよ』


 母は楽しそうに続ける。


『実はアルテアの中枢(カーネル)はね、私が開発したの』


 そこで、少しだけ声の調子が変わった。


『でも——今のアルテアは制限(リミット)モードなの』


 胸が、わずかにざわつく。母はまっすぐこちらを見つめた。


『だから、(あきら)への本当のプレゼントはね』


 ほんの少し、誇らしそうに母は言った。


『“本当のアルテア”よ』


(本当の……アルテア?)


 意味を掴みきれず、思わず眉をひそめる。母は、やさしく微笑んだ。


『今のアルテアはね……例えるなら、夢の中で動いているような状態かしら。あなたの成長を邪魔しないように、多くの機能や性能を眠らせているの。もし、本当のアルテアに目覚めてほしいなら——』


 母は瞳を閉じて、右手を伸ばす。


『アルテアの額に右手を当てて、こう言ってみて』


 静かな声で、ゆっくりと言葉を区切る。


Luce(ルーチェ), Altair(アルテア)in(イン) Aquila(アクィラ).』


 一瞬の沈黙の後、母は右手を降ろし小さく笑う。


『ラテン語よ。“アルタイルよ、わし座で光れ”って意味ね』


 僕は、その言葉を頭の中でそっと繰り返す。


(ルーチェ、アルテア——イン・アクィラ)


 父が、隣で穏やかに頷いた。


(あきら)。アルシャインも、アルテアも——どう使うかはお前が決めればいい。私たちが残せるものは、もうそれくらいだ』


 母が続ける。


『でもね、(あきら)


 その声は、どこまでも優しかった。


『あなたがどんな人生を選んでも、私たちはきっと誇りに思う』


 父と母が、並んでこちらを見ている。その表情は、まるで遠い未来の僕を見守っているようだった。


『十五歳、おめでとう』

『おめでとう、(あきら)


 二人が、同時に微笑む。

 その瞬間——映像が、ゆっくりと暗転した。


***


 部屋に、静寂が戻る。僕はしばらく、ヘッドセットを外すことができなかった。頭の中で、さっきの言葉が何度も繰り返される。

 ゆっくりとヘッドセットを外し、天井を見上げる。父と母からの、十五歳の誕生日プレゼント。


 宇宙船アルシャイン。

 そして——本当のアルテア。


 その言葉を、僕はもう一度、心の中で繰り返した。


(ルーチェ、アルテア——イン・アクィラ)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ