昼下がりの報せ
西暦二一九二年二月四日
日本時間で今日の午後二時に合否が発表される。
試験の手応えに自信はない。だが、不思議と満足感と達成感はあった。やるべきことは、やった——そんな静かな実感だけは残っている。
もし落ちても、それはそれで新しい高校生活の始まりだ。
(もちろん、高校受験に合格すれば、だけど)
その場合は、来週の入試に向けて、ハチマキ姿のアルテアに徹底的に鍛え上げられる未来が待っているだろう。また、僕が進学を希望している公立高校は、大半の友人と同じ学校だ。それだけで、少し安心できる。新しい人間関係が広がるのも悪くないが、知った顔が多いというのは、やはり心強い。
一方で、アカデミーの広告用冊子には次のように書かれていた。
◯合格・不合格に関わらず結果は連絡いたします。
◯合格・不合格に関わらず受験結果の課題については具体的な助言をお伝えします。
日本の一般的な受験と比べれば、いくらか親切な仕組みと言えるのかもしれない。
***
発表の予定時刻を迎えた。自室のオンライン端末の前に腰を下ろすと、ほとんど間を置かずにアカデミーからの通信が接続される。淡い光が空中に広がり、ホログラムのキャラクターが形を結んだ。
『星野晶さんは、国際宇宙学院の試験に合格されました。おめでとうございます』
——それだけだった。
あまりにあっさりしていて、しばらく意味を理解できなかった。遅れて現実が追いついてくる。
合格。
胸が高鳴る……はずなのに、湧き上がってきたのは、喜びよりも安堵でもなく、もっと別の感情だった。これから先に待ち受けているであろう数多の困難。その重さを、想像してしまい、逃げ場を失ったような圧迫感すら感じる。
(まだまだ未熟な自分なのに……大丈夫なのかな)
視線が、無意識に自分の手元へ落ちる。そんな僕の内心など関係ないというように、アカデミーからの連絡は続いた。
『続けて、解答に対して助言をお伝えしてもよろしいでしょうか?』
ホログラムは柔らかな微笑みを浮かべたまま、僕の応答を待っている。
「お願いします」
『承知しました。それでは助言をお伝えします』
ホログラムの表情は変わらない。だが、その声は先ほどよりも事務的だった。
『初日の体力および身体適性検査は、必要にして十分な水準でした。低酸素環境での持久力には改善の余地がありますが、十四歳という年齢を考慮すれば問題はありません』
(低酸素……やっぱりそこか。実際、辛かったもんな)
宇宙航行では避けて通れない能力だ。胸の奥に、小さな課題が刻まれる。
『二日目の学科試験については、特筆すべき点はありません。ただし、十四歳としては非常に高度な水準でした』
(“非常に高度”なのに特筆なし……)
つまり『上には上がいる』ということだ。悔しさが少しだけ滲む。だが、続く言葉は予想外だった。
『特筆すべきは、口述試験です。論旨は明確で、説明も的確でした。論理的一貫性と、緊急時における決断の速さが、複数の評価AIから極めて高い支持を得ています』
一瞬、呼吸を忘れた。あの時は自分なりに必死だっただけだが、それが結果に結びついていて素直に嬉しい。
『三日目のチーム適性試験について。具体的な順位は開示できませんが、全課題を時間内に達成した数少ないチームの一つでした』
そのときの記憶を呼び起こす。初対面同士のぎこちなさ、対話、提案、修正。そして結果への反映。
『チーム内でのあなたは、突出することも従属することもなく、意見を述べるべき時に述べ、他者の意見を受け入れる柔軟性がありました』
胸の奥に、静かな安堵が広がる。
『入学手続きについてご説明します。本校へ進学される場合、一週間以内に指定サイトより健康診断結果を送付し、受諾手続きを行ってください。期日到来をもって進学が確定します』
一週間——思ったより、短い。
(まだ時間はあるにはあるが……)
『なお、受験料は全額返金対象となります。受諾または辞退の手続き時に、振込先口座をご登録ください』
供託金制度。冷やかし受験を防ぐための仕組みだ。実質的には無料だが、覚悟を試す小さなハードルでもある。
『以上で説明を終了します。ご入学をお待ちしております。ありがとうございました』
ホログラムが淡く崩れ、光が消えた。部屋には静寂が戻る。
「……ふーー」
大きく息を吐いた、その瞬間だった。ベッドの下から、にゅっと手が伸びてきた。
「うわっ!?」
思わず後ずさると、次の瞬間、元気な声が弾ける。
「晶君、合格おめでとー!」
その静寂を、安っぽい破裂音が切り裂いた。
《パーン》
けれど紙テープも紙吹雪も出ない。ただ音だけのクラッカーだ。ベッドの下から這い出てきたのは——もちろん、冬華だ。
「……また勝手に入ってきて。何か用事でもあった?っていうか、なんで隠れてたの?」
呆れ半分で言うと、冬華は胸を張る。
「なんでとは、つれないなぁ。『おめでとう』を一番に言いに来たに決まってるじゃない」
「そもそも、なんで音だけクラッカーなの?よく売ってたね」
「だって、部屋が汚れちゃうでしょ?アルテアが大変だもん。ね?」
視線の先に、いつの間にかアルテアが立っていた。
『お心遣い、感謝いたします。冬華さま』
「ほら」
得意げに笑う冬華。
「うわっ!アルテア、いつの間に!?」
『先ほどから在室しております』
「それ、言ってよ……というか、冬華にはちゃんと“最初に知らせる”って言ったよね?ほんと、人の話聞いてないなぁ」
僕の抗議を、冬華はどこ吹く風で受け流す。
「ふっふっふ。それでも一緒に聞きたかったんだよ。お父さんとお母さんも了解済み」
と言いつつ、Vサインする。
「僕の了解も取ってくださいよ、まったく。で、本題は?」
冬華は一呼吸置いて、少しだけ真面目な顔になる。
「うん。お母さんがね、『合格祝いも兼ねて、今晩はうちで一緒に夕食どうですか?』だって」
「分かった。喜んで伺います。春華おばさんにも、お礼言っといて」
「はーい。じゃあ、夕食で」
「うん、また」
軽く手を振って、冬華は来たときと同じくらい軽やかに部屋を出ていった。ドアが閉まり、静けさが戻る。
僕はアルテアに向き直った。
「アルテア、今日の夕食は朝比奈家でご馳走になるから。準備はいらないよ」
ほんのわずかな間。
『……承知いたしました。晶様、おめでとうございます』
その返答は、いつも通りの音量、いつも通りの抑揚。
でも……ほんの少しだけ、空気が冷えたような気がした。
「アルテア?」
問いかけても、アルテアはいつもと変わらない。僕はベッドにごろんと横になり、天井を見つめた。
(……なんだか元気なさそうに感じたのは、気のせいかな)
合格の余韻と、これからの未来。それとは別に、部屋の片隅に、言葉にならない小さな影が落ちているような気がした。
◎登場人物
◯星野晶(14)(165cm):主人公。中学三年生。
◯朝比奈冬華(13)(155cm):中学一年生、晶とは幼馴染兼彼女。
◯アルテア:晶の自宅にある家事用ロボット。晶の母、幸と数学者スターリング教授が制御プログラムを実装している。




