トラック4-25【輸送艦<信濃>・陽だまりの中で】
遺族向けの過去映像(トラック四)は、これで最後となります。お付き合いくださった方、ありがとうございました。
《二五〇三:輸送艦〈信濃〉主艦橋》
『こちら信濃、今まで私を支えてくださって、ありがとう』
ホログラムの少女は深くお辞儀をする。
『艦長代理として、全乗組員に命じます』
続けて、静かに、しかし揺るぎなく告げた。
『ただいまから全ての任務を放棄し、直ちにシェルターへ避難してください。これより信濃は、自らの質量をもって最後の飛翔体の前へ立ちはだかります。繰り返します——』
一瞬、沈黙が落ちる。
『星野艦長、星野博士も、退避をお願いします』
父はゆっくりと頷いた。
「分かった。艦橋裏のシェルターへ退避する」
母も、何も言わず頷く。もう止めることはできないと、二人とも理解しているように思えた。
***
薄暗い空間に、三人だけの静寂があった。隔壁越しに、艦体の軋みがかすかに伝わってくる。
『星野艦長、星野博士』
信濃の声が、柔らかく響いた。
『最後に、一つだけお願いがあります』
母は微笑む。
「何かしら?もう、してあげられることは多くないけれど」
「言ってくれ、信濃」
わずかな間。そして——。
『お二人を……お父さん、お母さんと呼んでもいいですか?』
時間が止まる。父の喉が小さく鳴った。
「……もちろんだとも、信濃」
母は、涙を堪えきれずに笑った。
「私は、最初から娘だと思ってたわよ」
少女は、ほんの少しだけ微笑んだ。
『お母さん。私を産んでくれて、ありがとう』
『お父さん。私を助けてくれて、ありがとう』
「ああ……」
父の声は、震えていた。だが、信濃は続ける。
『でも……』
その声は、わずかに揺れた。
『一番助けたいお父さんとお母さんに……“絶対に助ける”と、言ってあげられなくて……ごめんなさい』
『不出来な娘で……ごめんなさい』
いつも凛とした少女の声も、今はすぐにでも泣き出しそうなくらい頼りない。
父も母も、ゆっくりと首を振る。
「そんなことはない、信濃は僕たちの自慢の娘だよ」
続けて母が静かに言った。
「そうよ。でも、あなた、一つだけ嘘をついたでしょう?」
少女は沈黙する。
「ほんとは——怖いんでしょう?」
わずかな間。それは、AIではなく、ひとりの娘の沈黙だった。
『……はい』
声が震える。
『怖いです』
『せっかく産んでくださったのに……』
母は、隔壁に手を当てた。
「大丈夫。私たちは、ここにいる」
父も、同じように手を添える。
「最後まで一緒だ」
少女は、ほっとしたように息を吐いた。
『……ありがとうございます』
艦体を揺るがす振動が強まる。
『最後の最後に……お父さんとお母さんと一緒にいられて……すごく幸せでした』
『生まれ変わっても、きっと——』
言葉は、そこで途切れた——次の瞬間、世界が白く弾けた。
***
トラック四の再生が終わる。いつの間にか、僕は眠っていた。悲しみも、喪失も、宇宙の冷たさも、もう届かない。
気がつくと、僕は光の中にいた。
四歳になってすぐの二月の朝。
季節外れの柔らかな陽だまり。
若い父と母がいる。
父の顔に、艦長の険しさはない。母の瞳に、科学者の鋭さはない。ただ、穏やかな愛情だけがある。母の腕の中には、白い産着に包まれた、小さな、小さな命があった。
「あなたの妹よ、晶」
母が穏やかに微笑み、腕を差し出す。父が大きな手で僕の頭を撫でた。
「今日からお兄ちゃんなんだから、しっかりしないとな」
僕は壊れ物に触れるような手つきで、その温かな命を覗き込んだ。まだ言葉も知らない赤ん坊が、ふにふにと小さな手を動かしている。
「女の子なんだ!もっと見せて!……わあ、可愛いね」
胸が高鳴る。
「ねえ、名前は?名前はなんて言うの?」
父と母は顔を見合わせる。そして、世界でいちばん大切な秘密を打ち明けるように言った。
「——しなの、って言うの」
その響きが、胸の奥で静かに広がる。失われ、守られ、そして受け継がれた名前。
「しなの……いい名前だね」
僕は赤ん坊の小さな手を握る。
「僕は、あきら。しなののお兄ちゃんだよ」
赤ん坊は、ほんの少し笑った。陽だまりの中で。
まるで、遠い宇宙から舞い降りた天使みたいに。
◎登場人物
◯星野渉(39)(177cm):主人公の父。
◯星野幸(37)(157cm):主人公の母。
◯星野晶(4)(98cm):主人公
◯星野しなの(0)(46cm):主人公の妹




