表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルテアの記憶  作者: 上井みるき
旅立ちの記憶
PR
42/78

トラック4-24【輸送艦<信濃>・第三波襲来】

二四(ふたよん)四五(よんご):輸送艦〈信濃〉(メイン)艦橋(ブリッジ)


 艦橋(ブリッジ)に残っているのは、もう三人だけとなっていた。


 艦長である父——星野(ほしの)(わたる)

 AIの保守を担う母——星野(ほしの)(さち)

 そして、防壁を担当する客員技師——マーカス・ヘイル博士。


 三人とも、制服の上から無骨な宇宙服を着込んでいる。バイザーは上げられたままだ。顔が見える——その表情には決死の覚悟も見て取れる。

 父は、何も映っていないレーダーを見つめたまま、微動だにしなかった。


 おそらく——ヤコブと(チェン)、二人の船外作業員が暗黒へ消えたあの瞬間から。


「……すまない……」


 絞り出された声は、誰にも届かない。艦橋(ブリッジ)を満たす微かな駆動音に溶け、消えた。そう、もう艦橋(ブリッジ)には、行方不明の乗組員(クルー)を捜索する人的余裕も時間的余裕もありはしないのだ。


『艦長、第三波まで十五秒。構成の大半は通常物質です』


 信濃の声が、沈黙を断ち切る。

 メインスクリーンに映し出されたのは、質量の濁流だった。第二波より規模は小さい。だが、今度は“治る相手”ではない。ただの鉄と岩と塵——純粋な破壊だ。


「……演算(システム)に問題なし……信濃、がんばって」


 母が震える指でキーを叩く。


『はい』


 その返事は、静かだった。


『三……二……一……接触』


 衝撃。


 空間が軋み、艦橋が揺れる。防壁が歪み、緑の光が波打つ。コンソールの端から火花が弾けた。ホログラムの少女が一瞬ノイズに包まれる。それは、苦痛に顔を歪めたようにも見えた。

 腹の底を叩く重低音。艦体後部が跳ね上がる。人員も減った艦橋(ブリッジ)では、父も母も通話しながら必死にキーボードへコマンドを打ち込んでいる。まさに総動員だった。


『被弾。機関部近傍。主機出力四〇%まで低下』


 (サブ)モニターには赤い診断ログが次々と流れる。


SHIELD GRID OUTPUT : 64%

MAIN POWER LOAD : 40%

ANOMALY CLASSIFICATION:...


「了解」


 父が応じるより早く、通信が入った。


『こちら機関室』

「ジェファーズか。状況は?」

『原因判明。冷却系統の一部に破断。次席とアドルフが対応中です』


 (サブ)モニターが損傷箇所の映像へと切り替わる。


「急いでくれ。だが——」

『無茶はしません』


 短い間。父の口元がわずかに緩む。


『こちらゴールドバーグ。冷却パイプを手動で接続中。完了まで二分』

「頼んだ」


 そのときだった。


「まずい」


 ヘイル博士の低い声。


 父は言葉を待たなかった。(サブ)モニターの映像が防壁接続線へと切り替わり、五本のうち一本が、緑から黄色へ、そして橙色(オレンジ)へと悲鳴を上げる。


「一本が臨界に近い。フィードバックで回路が焼き切れるぞ」

「対処法はあるのか?」

「ああ、論理バイパスを組み直せばな。だが、ここの遠隔(リモート)端末(コンソール)が死んでる」

「技術室のは?」


 母の声。一瞬、父の目が開く。


「そうか!あそこは直結(ダイレクト)端末(コンソール)だ。生きている可能性が高い」

「行ってくる」


 ヘイル博士は迷わなかった。スタッと立ち上がる。


「通路は荒れているし、技術室の遠心力も停止中です」

「それでも行くさ」


 彼は振り返らず、艦橋(ブリッジ)の出口へ向かう。


「分かりました。頼みます」


 艦橋の照明が一瞬落ちる。彼は振り返ることなく、右手を上げて応えた。艦橋に残ったのは、父と母と——そして、信濃。


『防壁出力、さらに低下。現在六四%』


 少女の声が、わずかに掠れたように聞こえた。スクリーンの向こうで、質量の奔流がまだまだ収まりそうにない。

 信濃は、必死にそれを受け止めていた。


 そして僕は、映像を見つめながら思い知った。


 この瞬間に至り、まだ——


 誰も、諦めていなかったことを。


***


 一分……二分……時間が引き延ばされ、一秒が永遠に感じられた。

 艦底からは鈍い衝撃が周期的に伝わってくる。骨に響く重低音。どこかで金属が悲鳴を上げている。見えない場所で、亀裂が走る音がした。

 信濃は、ただ耐えていた。


『こちら機関室』


 ノイズ混じりの声が割り込む。


『冷却系の問題は解消しました。ただ——磁場コイルに共振ズレを再検知。アニーが現場へ向かっています』

「分かった。出力は回復傾向だ。よくやってくれている。引き続き頼む」

『了解』


 通信が切れる。その直後、別回線が開いた。


『技術室だ』


 マーク博士の声だった。わずかに息が荒いが、いつもの低くて落ち着いた口調だ。


『エネルギー導線の抵抗値が上がっていた。仮設バイパスを組んだ。そっちの出力、確認してくれ』


 スクリーン上の防壁表示が、黄色から黄緑色、そしてゆっくりと濃い緑へ戻っていく。

 母が息を吐いた。


「確認したわ。出力は安定している」

『よっしゃ』


 短い一言。その言葉だけで、マーク博士のガッツポーズが目に浮かぶ。


艦橋(ブリッジ)へ戻らず、ここでやり過ごすつもりだが、構わないか?』


 背後で艦体が震え、照明が一瞬落ちる。父は即座に判断する。


「通路は危険だし、その判断が正しいようです。奥に専用シェルターがあります。限界を感じたら、ためらわず退避を」

『了解。ただ——』


 深呼吸の息が聞こえる。


『ギリギリまで粘ってみるさ』


 その言葉に、父はわずかに目を閉じた。


「……ありがとうございます」


 心のこもった言葉だった。

 質量の濁流はまだ続いている。だが、防壁は持ち直した。出力も万全ではないものの、回復している。機関も、技術も、艦橋も……それぞれが、それぞれの場所で踏みとどまっている。

 信濃は一人ではなかった。


 そして——まだ、終わっていなかった。


***


『最新の演算結果が出ました』


 信濃の声は、いつもと変わらない。だが、(メイン)画面(スクリーン)に映る画像は背筋が凍るものだった。浮かび上がった赤い軌道線は防壁網を縫うようにすり抜け、第二ステーションの一角へと突き刺さっている。


『この質量体は、防壁で完全に防げない可能性が七二パーセント。第二ステーションの一部が破壊される確率、六三パーセントと推定されます』


 数字そのものは単なる記号にしか過ぎない……が、今、それが意味するのは“命”だ。父は、赤い線を見つめたまま問う。


「……防御は可能か?」


 ほんの一瞬の沈黙があった。


『はい』


 信濃は静か語る。


『今の私に残された、最後の“防衛リソース”を使用します』

「それは?」

『エネルギーではありません』


 赤い軌道線の前に、白い影が重なる。信濃のシルエット。


『この(ふね)の質量そのものを、盾にします』


 母が息を呑む。


「信濃、それではあなたは——」

『衝突の瞬間、全出力を防壁へ集中します。同時に、進路を微修正し、質量体を正面で受け止めます』


 ホログラムの信濃が、静かにこちらを見た。


『司令部は、余剰出力の大半を私へ回してくれました。約束を果たしてくれたのです。……ならば、今度は私の番です』


 信濃の瞳に、強い意志が宿る。


『人的な犠牲は一人として出さない。私が掲げたその約束も、ここで果たしてみせます』


 艦橋(ブリッジ)には心臓の鼓動が聞こえるほどの沈黙が落ちた。信濃の計算は完璧だ。論理も破綻していない。

 父も母も理解している——それが“最適解”であることを。


「……それが、唯一か?」

『おそらく』


 即答だった。


『私は全知全能ではありません。ただ、何億パターンも行ったシミュレーションで最も期待値の高い方法ではあります』


 父は目を閉じ、深く息を吸った。そして、ゆっくりと開く。


「……分かった」


 声は震えていなかった。


「信濃。おまえに艦長権限を委譲する」

『ありがとう』


 ホログラムの少女が、ほんのわずかに微笑んだように見えた。


 それでも質量の濁流は無慈悲に迫っている。防壁は最大出力へと跳ね上がり、巨大な白い艦影が、赤い死の予測を覆い隠すように重なった。信濃は逃げないことを決めた。ただ、まっすぐに。ステーションや他艦の盾となるために、残された最後の盾、“体”を投げ出すことにしたのだ。


◎登場人物(映像の中)

(メイン)艦橋(ブリッジ)

星野(ほしの)(わたる)(39)(男性)(177cm):主人公 (あきら)の父。輸送艦“信濃”の艦長。

星野(ほしの)(さち)(37)(女性)(157cm):冷凍睡眠実用化研究の第一人者。客員医師として乗艦中。AIの担当として残留。

◯マーカス・ヘイル(28)(男性)(185cm)(アメリカ):物理博士。真空エネルギー研究の第一人者。客員技師として乗艦中。通称“マーク”。防壁(シールド)の担当として残留。


●機関室

エラ・ジェファーズ(23)(女性)(170cm)(アメリカ):機関技師。ポジティブなムードメーカー。どんなに過酷な作業でも鼻歌を歌いながらこなす。


◎用語

◯カサンドラ:木星系へ異常接近中の謎の飛翔体群。全長十mを超える飛翔体(デカメートル級)が四体あったが破砕された。ガニメデ第二ステーションの間に防壁を敷設したが、第一波にてが輸送艦そのものは大きなダメージが受けた。質量の半分以上が“ストレンジレット類似の物質”であることが判明している。

◯ストレンジレット:アップ、ダウン、ストレンジ各クォークからなる物質。


◎艦船

◯信濃:最新鋭の輸送艦。艦を守る防壁は“人類最強の盾”と呼ばれる。乗組員(クルー)の練度も高い。星野博士とスターリング教授によって、AIが新たな段階に入った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ