084 アンコール
イーストにあるレストラン・グストー。
早い時間に行ったから、まだ空いてるな。楽団の演奏も始まってない。
四人掛けの席に座り、向かいのリリーとキャロルに見やすいようにメニューを置く。
「乾杯は、オランジュエードで良いか?」
「うん」
「えぇ」
店員を見る。
「オランジュエードを四つ。オードブルはおすすめを持って来てくれ」
「かしこまりました」
店員がオーダーを伝えに行った。
「春玉ねぎの丸ごとスープですって」
「春玉ねぎ?美味しそう」
「じゃあ、スープはそれにしようか。魚料理は……。今日のおすすめは、旬の魚介を使ったブイヤベースだね」
「じゃあ、大皿で頼むよ」
魚介は、旬のおすすめが一番美味い。
「あっ。ホワイトアスパラがあるわ」
「ホワイトアスパラガスとプロシュートのマスタードサラダだね」
「頼んでも良い?」
「良いよ」
「ありがとう」
キャロルはホワイトアスパラが好きらしい。
肉料理は……。あれにしよう。
「ソルベは、苺かオレンジね。リリーはどっちが好き?」
「苺」
「私も。皆、それで良い?」
「うん」
「あぁ」
春は苺を使ったものが多い。
「肉料理はどれにしようかしら」
「俺は鴨肉のロティ。赤ワインソースで」
「僕もそれにする」
「じゃあ、私は……。牛フィレ肉のパイ包みにするわ」
「リリーは?」
「えっと……。キャロルと同じパイ包みで」
「ふふふ。間違いなく美味しいわよ」
「キャロルのお気に入りだからね」
店員がテーブルの前にドリンクとオードブル、それから取り皿を置く。
「取り分けるわ」
キャロルに任せて、オーダーをまとめよう。
「ご注文は?」
「スープは、春玉ねぎの丸ごとスープ。魚料理は、旬の魚介を使ったブイヤベースを大皿で。ソルベは苺。肉料理は、牛フィレ肉のパイ包みを二つと鴨肉のロティを赤ワインソースで二つ。……それから、オードブルを追加で、ホワイトアスパラガスとプロシュートのマスタードサラダを」
「かしこまりました。すぐにお持ちします。ワインはいかがですか?」
「後で見せてくれ」
「では、乾杯の後にお持ちいたしますね」
「ん」
丁度、オードブルの取り分けが終わったな。グラスを持つ。
「のんびり楽しもう。乾杯」
「乾杯」
「乾杯」
「乾杯」
グラスを合わせて、乾杯のドリンクを飲む。
最初に来たオードブルは、オリーブとプチトマトのマリネと、クリームチーズとドライフルーツのテリーヌ。
「美味しい……。デザートみたい」
「気に入ったなら、後で、もう一回頼もう」
「えっ?これから、いっぱい料理が来るのに?」
「ワインのつまみになるから良いよ」
コースの料理は順番に届くから、他のは食べたいタイミングで頼めば良い。
店員が、サラダをテーブルに持ってきた。
「これが、ホワイトアスパラ?」
「そうよ」
「本当に真っ白」
「同じお皿に乗せて良い?」
「うん」
「良いよ」
「お願い」
リリーがホワイトアスパラガスを珍しそうに眺めてる。
これも知らない野菜らしい。
「食べてみて。甘くて美味しいアスパラよ」
春玉ねぎと同じで、今の時期しか食べられない野菜だ。
最初のドリンクが空になったタイミングで、店員が、ワインを乗せたワゴンを持ってきた。
「本日は、こちらのワインがおすすめです」
どれにしようかな……。
これにしよう。選んだワインをテーブルに置く。
「一本貰うよ。炭酸も用意して」
「かしこまりました」
店員が白ワインと炭酸水の栓を抜く。
楽団の演奏が始まった。
相変わらず、ここの演奏は賑やかだ。前に来た時よりも楽器が増えている気がする。
「お作りしましょうか」
「自分でやるから良いよ」
「かしこまりました」
店員が、空いたグラスを下げて行った。
グラスに白ワインと炭酸を注ぐ。
「お酒の炭酸割り?」
「あぁ。スプリッツァーだよ」
軽く飲むのに良い。
「これって、何ていう曲なの?」
「曲の名前?……エル、知ってる?」
「さぁ?自由に演奏してるんじゃないか?」
「自由?」
「リクエストも受けてくれるけど、基本は適当に弾いてるだろうな」
ある楽器を駆使して演奏してくれる。
「賑やかで、楽しいお店だね」
「あぁ」
気に入ったみたいで良かった。
※
「エルなんて、料理は錬金術と同じだって言うのよ」
「えっ?そんなことないよね?」
「レシピ通りに作るんだから、同じだろ」
「錬金術で作ったものは、こんなに美味しくならないよ」
目的が違えば結果も変わる。
リリーが追加で頼んだドライフルーツのテリーヌを楽しんでいる。
「でも、これは錬金術師にとって課題かもね」
「課題?」
「小さな子供は、苦い薬が苦手だから」
「エルの作る風邪薬って、苦いのよ」
飲みやすくしてるつもりだけど。
「余計なものを入れたら薬の成分が変化するからな」
「花の蜜ぐらい入れたら良いのに」
「薬なんて不味いぐらいの方が丁度良いんだよ。薬で楽に治るってわかったら、体を大事にしなくなるだろ」
「そんな意味があったの?でも、病気は、なろうと思ってなるものじゃないよ」
「それは正しい理解だけど、予防出来るなら予防に重点を置くべきだ」
「そうだけど……」
「なぁ、あんた」
急に、誰かがテーブルの前に立った。
楽団のメンバーだ。
「なんだ?」
「バイオリンを弾ける奴を探してるんだ。クジラもどきって曲は知ってるか?」
「知ってるよ」
バイオリンが二台必要な曲だ。
「だったら、入ってくれないか?リクエストを受けたんだが、バイオリンをやれる奴が一人しか居ないんだ」
引き受けても構わないけど。
「高くつくぜ」
「デザートを好きなだけ奢るよ」
「乗った」
そろそろデザートを頼もうと思ってた頃だ。
グラスに残ったワインを飲み干すと、楽団の男が店員を呼ぶ。
「このテーブルにデザートをプレゼントしてくれ」
「遠慮せず、食べたいのを好きなだけ頼んで良いよ。余った奴は持って帰る」
「そんなに?」
「あぁ。奢るよ」
「おじさん、ありがとう」
「エルはデザート、食べるの?」
「要らない。ワインは飲むから置いておいて」
席を立って、楽団の方へ行く。
「これを使ってくれ」
「あぁ」
借りたバイオリンの音を鳴らす。
使い古された良いバイオリン。
「第一?第二?」
「軽く合せてみよう」
バイオリン奏者が弾いたサビのメロディに合わせていく。
バイオリンの掛け合いが楽しい曲だ。
「今度は、あんたから入ってくれ」
「ん」
同じ箇所を弾くと、相手が合わせてきた。
上手いな。
「あんたの方が上手だな。第一で入ってくれ」
「良いよ」
この曲は、第一バイオリンの速弾きが難しいことで知られる曲だ。
編成は、打楽器のコンガとパーカッション、チェロ、そして、バイオリンが二台。
「じゃあ、始めるか」
頷く。
クジラもどき。
序盤はベース楽器を主体にした低音から始まる。そして、少しずつ他の楽器を足して盛り上げながら、バイオリンの音と共に一気に花開くのが特徴の曲だ。
……そろそろ、バイオリンの番。
リズムを合わせて。
一、二、三……。
バイオリンの音で一気に駆け上がる。
ここからは二台のバイオリンがメインとなり、踊るようにお互いの音を順に鳴らしていく。
そして、速弾き。
気持ち良い。本当に楽しい曲だ。
リズムも安定していて弾きやすい。
ラストは、お互いの音を合わせて派手に締める。
店内に拍手が響く。
あぁ、楽しかった。
「アンコール!」
一つ上がった声と共に、アンコールの合唱が始まる。
「だってさ。どうする?」
「俺は客だぞ」
「もう少し付き合え」
「そうだぜ。あんただって、弾き足りないだろ」
もう少しやっても良いけど……。
テーブルを見ると、皆が手を振った。
まだ、ゆっくり食べてるみたいだ。
「何を弾くんだ?」
打楽器とチェロの音が始まる。
「また、同じのをやるのか?」
「好きに弾いて良いぜ。こいつの速弾きと戦ってやりな」
即興で派手に掛け合いをやれって?
相手が、俺に向かってバイオリンの弓を突き付けてきた。
「勝負だ。かかってきな」
「良いよ」
もう少し遊んでいこう。
※
大量の焼き菓子やショコラをお土産に貰って、皆で家に帰る。
「もう。すぐ乗せられるんだから」
「悪かったよ」
結局、食後の飲み物がテーブルに並ぶ時間まで弾いてたからな。
もう子供は寝る時間だ。早く帰らないと。
「キャロルは、デザートがいっぱい食べられて良かったんじゃない?」
「だって、今日は家族で過ごす為に来たのよ」
「僕は楽しかったよ。エルの演奏」
「それは……。楽しかったけれど」
「すごかったよね。まだ、ふわふわしてる」
「ふわふわ?」
柔らかい感触?それとも、浮遊感?
「まだ、耳に残ってるの。あんなに色んな楽器や音が入り交じる演奏って、聞いたことなかったから。船の演奏もそうだったけど……。どんどん新しい音が出来上がっていくのが、すごく楽しくて」
城の中に居たなら、行儀の良い演奏しか知らなかったんだろう。
「一緒にやりたかった?」
「えっ?私、そんなに上手くないし、即興なんて出来ないし……」
「リリーシアもバイオリンを弾けるの?」
「違うよ。私が練習してたのは、ピアノ」
「わぁ。素敵。なら、礼拝堂で弾いてみる?」
「礼拝堂にあるの?」
「えぇ。歌の練習の時に使うのよ」
「そっか」
そういえば、礼拝堂にもピアノがあったっけ。全然行かないから忘れてた。
「今度、キャロルの歌を聞きに行っても良い?」
「もちろんよ。今度のお休みは、一緒に行きましょう」
「うん」
※
シャワーを浴びた後、台所でグラスを磨いていると、キャロルが来た。
ルイスもキャロルも、先に寝る支度を終えさせたから、もう寝てると思ったのに。
「何か飲むか?」
「もう何も入らないぐらいお腹いっぱいよ」
喉が渇いてるわけじゃないらしい。
「エル。たまには、子供扱いしても良いのよ?」
「子供扱い?」
どういう意味だ?
キャロルが、何故か俯く。
『馬鹿だな。抱きしめて欲しいんだよ』
イリス。
リリーがシャワーを浴びてるから、ここに居るのか。
「キャロル」
キャロルの体を抱き上げると、キャロルが俺の首に腕を回して抱き着く。
「明日も、朝、早いの?」
「あぁ」
「たまには、いってらっしゃいを言いたいわ」
「すぐに帰るよ」
「エルのすぐは、一月以上じゃない」
今回も一月はかかるだろうからな。
「危ないところに行くのよね」
「なんで?」
「皆、そう言ってたわ」
マリーか?余計なことを吹き込みやがって。
「心配要らないよ。異国なんて、どこも同じ。ラングリオンとルールが違うってだけだ」
「本当?」
「あぁ。だから、良い子で待ってて」
「いつも、そればっかり」
「子供扱いして良いんだろ?」
キャロルが不機嫌そうに頬をふくらませる。
可愛い。
「俺が帰るまで、リリーを頼むよ。放っておいたら、すぐに迷子になるから」
キャロルが、くすくす笑う。
「そうね。まだ、家の近所にも慣れてないみたいだもの」
慣れてないのか。
「エル、おやすみなさい」
キャロルが俺の頬にキスをする。
「おやすみ、キャロル」
キャロルの額にキスをして下ろすと、キャロルが台所から出て行った。
いつも、出かけるなんてろくに伝えずに行くから。こういうのは初めてだな。
『エルって、本当に鈍感だよね』
「悪かったな」
イリスが居なかったら気付けなかった。
『リリーの気持ちに、一切、気づかなかっただけあるよ』
……悪かったな。
「イリスこそ、良くわかったな」
『子供は大人に甘えたいものだろ』
「リリーも?」
『良く迷子になっては、探しに来たソニアに抱きついて泣いてたよ』
なんか、想像つくな。
『リリーは、城に帰るか迷ってる』
「なんで?」
『自分の未来が開けたから。残して来た人たちが心配になったみたいだよ』
あぁ。そうだよな。
リリーは優し過ぎる。
「ただいま」
リリーが髪をタオルで拭きながら、台所に入ってきた。
「おかえり。こっちに来て」
リリーを座らせて、タオルで髪を拭く。
「これから、どこに行くの?」
「楽しいところ」
あの店に誰かを連れて行くのは初めてだ。




