083 真珠
家に帰って、リリーと一緒に部屋へ。
サイドテーブルに紅茶セットを置く。砂時計の砂が落ちたら飲み頃だ。
「明日は、朝から行くの?」
「あぁ」
朝一で出発する。
レイピアや装備をほどいて紋章を置くと、リリーが棚に短剣を二つ置いた。
「それ、いつから持ってたんだ?」
「カーネリアンのこと?」
「カーネリアン?」
新しい短剣の名前?
「リリーが作ったのか?」
「……うん」
リリーが小さく頷く。
もしかして。
「俺のレイピアにも名前がある?」
リリーが頷く。あるんだ。
「教えて」
「笑わない?」
「なんで?」
「だって……。剣に名前を付けるなんて、変かなって」
「変じゃないよ。名工の剣には、全部、名前があるだろ」
アレクが持っているリグニスの作品はサンゲタルだし、カミーユの家に伝わっている剣も、ユッグって名前がある。
「カーネリアンは、エルのレイピアとお揃いなの」
「お揃い?」
「同じ配合のプラチナ鉱石を使ってるんだ。だからね、名前は……」
リリーがつけたリリーが作った剣の名前。
「イリデッセンス」
輝く瞳。
あぁ、だから、お揃いなんだ。
「ありがとう、リリー。大切にするよ」
リリーを抱きしめて、頬にキスをする。
リリーの輝きを冠する完璧な剣。ぴったりの名前だ。
あぁ、本当に。リリーを連れて行けないなんて。
そうだ。あれを見せよう。
「見せたいものがあるんだ」
「見せたいもの?」
「リリーは運が良いよ。今、面白い依頼品を預かってて……」
指輪のケースを出して、箱を開く。
「青い琥珀の……。インタリオ?」
ケースを渡すと、リリーが琥珀を見つめる。興味を持ってくれると思った。
本来なら貴重な依頼品を無関係の人間に見せるなんてダメだけど。リリーが見たことないって言ってたから。
「エル。こっちに来て」
リリーが太陽の光に琥珀をかざす。
あれ?
「色が変わった?」
「青い琥珀は、太陽の元で本来の輝きを取り戻すの」
揺らめく深い海の輝き。これが、青い琥珀の本当の姿?
「一般的な青い琥珀はね、暗い場所では黄色系でも、太陽にかざすと青く光るものを指すんだよ。……だから、暗い場所でもこれだけ青く色づいて見える琥珀は、すごく貴重なものなの。セルメアの外では、まず見ることが出来ない」
まずい。ちょっと見せるだけのつもりだったのに……。
「エル。これは、フィアルカ家が所有する謝恩の琥珀だよ」
ばれた。
青い琥珀は見たことがないって言ってたのに、知識だけで見抜かれるなんて。
「謝恩の琥珀って?」
「セルメアの前、あの場所にはメディシノ王国があったのは知ってる?」
「あぁ」
かつて、ラングリオンの南部には、メディシノ王国があった。
「当時、国王の暗殺によって混乱していたメディシノ王国で、命を狙われていた王太子を匿ったのがフィアルカ家だったの。王太子を守りきって、反撃の狼煙を上げる起点となったことでも知られてる。無事に国を取り返した王太子は、感謝の印に、国宝の琥珀をフィアルカ家に贈ったんだ」
「そんなに由緒のあるものだったのか」
メディシノ王国の内乱は大陸史で聞いたことがある。
歴史的価値もある貴重品だから、アレクも関わることになったんだ。
「お願い、エル。フィアルカ家に返してあげて」
リリーの頭を撫でて、フィアルカ家から預かっている封筒を見せる。
「今回の依頼は、政情不安が続いたセルメアからラングリオンに避難していた琥珀をフィアルカ家に返却することなんだ」
「そうだったんだ」
「リリーのおかげで、この琥珀がいかに重要なものかわかったよ。必ず届ける」
「頑張って、エル」
「まかせて」
琥珀と手紙を仕舞う。
そろそろ紅茶が飲み頃だ。
「夕飯の後、リリーと一緒に行きたいところがあるんだ」
「夜中に?」
「そう。だから、夕飯まで少し休もう」
「うん」
甘い香りの紅茶を注いでいると、片付けを終えたリリーがベッドに座った。
「ありがとう」
紅茶をリリーに渡して、隣に座る。
口の中に甘い香りが広がる。
「エル。どうして、私を斬らなかったの?」
理由も何も。
「リリーだって、俺に当てなかっただろ」
「そうだけど……」
お互いに終わらせることが出来なかった。
「最後だって……」
リリーは、わかってない。
演習用の武具での鍔迫り合いの末、折れたのが俺のレイピアだった時点で、勝敗は決していた。
「最後に俺を吹き飛ばしたのはリリーだろ?」
「でも、エルが言わなかったら、負けてたかも」
どうかな。俺が言わなくても、きっと、リリーは俺の攻撃に反応してただろう。
カップをサイドテーブルに置く。
「じゃあ、俺の勝ちで良い?」
「だめ」
そこは譲れないらしい。
リリーの頬に触れる。
「リリー。リリーが強いのは間違いないよ。今回のルールは俺に有利だったんだから」
「どういうこと?」
「そのままの意味」
どんな弱い力であろうとも、一撃当てるだけで勝敗が決まるんだ。純粋な力の勝負なら俺に勝ち目なんてなかった。
それでも、負けたわけだけど。
「エル。今朝の約束、覚えてる?」
「覚えてるよ」
続きをしよう。
リリーの手にある紅茶カップをサイドテーブルに置いて、リリーの頭を撫でてキスをする。それから、こめかみに、頬に、唇に。
「エル」
「リリー」
受け入れて。
もっと、深く。もっと、触れ合えるずっと奥まで。毎日、あんなに愛し合っているのに全然足りない。
こんなに求めてくれるリリーと。
こんなに受け入れてくれたリリーと。
身も心も満たされるほど愛し合えるリリーと。
明日には、離れなければならないなんて。
リリー。
離れたくない。
「エル」
連れて行きたい。
「リリー」
傍に居て。
「もっと……」
夢中にさせて。
「もっと」
俺だけを見て。
俺だけを感じて。
「愛してるよ」
「愛してる」
もっと、愛して。リリーを感じたい。その表情を見せて。
離れるなんて、嫌だ。
「俺から離れないで」
「離れたくない」
「傍に居て」
「傍に居たい……」
「一緒に行こう」
「だめ……」
どうしても、だめ?
「勝負は、私の勝ちだよね?」
「リリーの勝ちだよ」
唇にキスをして、抱きしめて。
もう、結論が出たのに。
「行かないで。エル」
行きたくない。
ここに留まって、ずっと傍に居たい。
でも。
「ディーリシアは探しに行く」
生きているかどうかも、見つけられるかどうかも、確定していない。しかも、見つけたとしても欲しい情報が手に入るかどうかだってわからない状況だ。
でも、三年以内に答えを出す為には、わずかな手がかりも逃すことは出来ない。
「俺が居なくても我慢出来る?」
「我慢?」
「俺が欲しくなっても」
離れてしまえば求められても叶えられない。
「エルは、我慢出来る?」
「どうかな」
今ですら、こんなに欲しくてたまらないのに。
リリーが俺の胸にしがみつく。
「我慢、するから……。待ってるから……。だから、他の人とは、しないで」
「しないよ」
リリー以外、欲しいと思わない。
リリーの唇にキスをする。
「リリーだけにしかしない」
「本当?」
「あぁ。リリーの愛を失うようなことは絶対にしない」
リリーは俺の生きる一部だから。
「俺に、リリーのリボンを頂戴」
「リボン?」
「いつも身に付けてるものが欲しい。リリーが恋しくなったら、それにキスするよ」
リボンを見る度に、リリーを思い出せるから。
「じゃあ、今、付けてるのをエルにあげる」
リリーの髪に結ばれている赤いリボンを引くと、リリーが俺の腕を掴む。
「待って。私も何か欲しい」
リリーに渡したいもの。
首に下げていたポーラータイを取る。
「ポーラータイ?」
「あぁ」
ひっかけておいた真珠の指輪を外しながら、リリーの首にポーラータイをかける。
「シェルカメオだよ。養成所は制服だったけど、タイは自由だったから」
「学生の頃に使ってたものなの?」
「あぁ。気に入ってた奴なんだ。……これで良い?」
「うん。ありがとう、エル」
リリーがシェルカメオを眺める。これも、リリーの肌に馴染むものだ。
リリーの頬に頬を寄せて、首にキスをする。
「もう一つ、渡したいものがあるんだ」
こっちも渡さないと。左手の中にあるものを転がして、確かめるように指で持つ。
少し、震えている気がする。どうか受け取って。
リリーの左手を取って、手のひらにキスをする。
「愛してるよ、リリー。俺の手でリリーを幸せにしたい」
リリーの左手を掲げて、指輪を出す。
「リリー。俺のたった一人の人になって」
受け取って。
「はい」
リリーの左手の薬指に真珠の指輪を嵌める。
良かった。ぴったりだ。
真珠が輝く手の甲にキスをする。
「愛してる。……ラングリオンでは、真珠は姫の石なんだ。愛する人に贈る特別な石なんだよ」
紅に染まる頬にキスをする。
一つ一つ貝の中で育まれる真珠は、愛の象徴だ。
「グラシアルでも同じだよ」
だったら、これも同じなのかな。
この場合の姫が花嫁を意味するって。
「こんなに可愛い真珠は、初めて……」
きらきらとした顔で指輪を眺めていたリリーが、真珠に頬を寄せる。
「ありがとう、エル。すごく嬉しい」
この世に一つしかない俺だけの真珠。
リリーの頬にキスをする。
受け取ってくれて良かった。喜んでくれて……。
「エル、私のリボンを解いて」
リリーのリボンを引いて、解いていく。
右側のリボンを解いていると、何か引っかかった。
リボンに何かついてる。
「指輪?」
「うん。今日、マリーに連れて行ってもらった宝石店で見つけたんだ」
黒真珠の指輪だ。
「リュシオルに行ったのか?」
「知ってるの?」
「マリーが気に入ってる店だからな。欲しかったなら、プレゼントしたのに」
球形の美しい黒真珠だ。そういえば、あの時、黒真珠は見せて貰わなかったな。
「エルにプレゼントしたかったの」
「俺に?」
「旅に出ちゃうから……。何かプレゼントしたくて。お店のお手伝いをして、買わせて貰ったんだ」
宝石店で仕事までして手に入れたのか?
俺の為に?
真珠を手に取ったリリーが、俺の左手を引く。
「付けても良い?」
「もちろん」
リリーが、俺の左手の薬指に指輪を通す。
これ……。
このデザイン。
上から見たら、全然、印象が変わる。
流線型の二本のプラチナ細工に球形の美しい黒真珠が囲まれたこの形は、まるで……。
リリーが、俺の手のひらにキスをして、上目遣いで俺を見る。
「私の代わりに、連れて行ってくれる?」
リリーがどうしてもこの真珠を手に入れたかった理由がわかる。
これは、リリーの輝く瞳そのもの。
「連れて行くよ。ありがとう、リリー」
輝く光にキスをする。
「離れていても、私のこと忘れないで」
「忘れることなんてない。俺のたった一人の人なんだ。このままずっと、俺の心を支配し続けて」
出会ってからずっと、リリーのことばかり考えてる。
「俺は、リリーのものだよ」
「私も、エルのものだよ」
手と手を合わせて、指を絡めて。
「愛してるよ。リリー」
「愛してる……」
全部、見せて。
「俺の全部を覚えておいて」
「私のことも覚えて」
全部、欲しい。
「なら、全部教えて」
「私も、全部知りたい」
その姿も甘い声も仕草も匂いも体温も表情も感触も音も全部。
体に記憶させて。心に焼き付けて。
「一緒にいこう」
繋ぐ手の力がどんどん強くなっていく。
離さないで。好き。愛してる。今、感じているすべてを持っていくから。何一つ取りこぼさないようにすべて感じさせて。
愛してる。
どれだけ離れても、ずっと変わらない気持ちで待っている。
「俺が居なくても、一人で寝られる?」
「大丈夫」
「本当に?」
「エルを、待ってる……」
「大人しく待ってられるのか?」
腕の中から寝息が聞こえて来た。
リリーの髪を手に巻き付けて、キスをする。
「おやすみ、リリー」
リリーが俺の体に腕を回す。
あぁ。眠りに入る時に、いつもこうなるのか。
張り付いて来たリリーを撫でる。
本当に、一人で眠れるんだろうな。




