082 重ねた理由
三番隊宿舎。
倉庫で演習用のレイピアを選んで、演習場へ行く。
「早いじゃないか」
「ガラハド」
リリーは、まだ来てないらしい。
軽く準備運動をしておこう。
「暇なら、稽古でもやるか?」
「嫌だよ」
冗談じゃない。長期戦にもつれ込めば不利になるって言うのに、今から体力を削るわけにはいかない。
『嫌なやつが来たわねぇ』
カミーユか。
「よぉ」
「何しに来たんだ」
「お前が負けるところを見に来たんだよ」
「負けないって言ってるだろ。邪魔だから、あっちに行ってろ」
「へぇ。観覧席まで用意してるのか」
違う。
「暇なら、護衛でもしてやったらどうだ?」
紺色のローブを身に纏って顔を隠してるとはいえ、貴人なのは明らかだ。
正体に気づいたカミーユの顔が強張る。
「なんで」
「見たいって言うんだから仕方ないだろ」
カミーユがため息を吐く。
「絶対に、こっちに吹き飛んで来るなよ」
「吹き飛ぶわけないだろ」
カミーユがアレクの方に行く。
あれがアレクだってことは、三番隊の連中には話していない。アレクが城を抜け出して一人で王都をふらふらしてるのは良くあることだけど、流石に、こんな目立つ場所に一人で居るのはガラハドが止めた。
お忍びの貴族の見学ってことにして椅子を用意し、面識のあるパーシバルが横についている。
近衛騎士ぐらい連れて歩けと思うけど、近衛騎士も有名過ぎて、連れていたらすぐばれるからな。
「エル」
リリーが走って来た。
「遅くなってごめんなさい。今、剣を持ってくるね」
「ちょっと待て」
走り出そうとしたリリーを掴む。
「リュヌリアンは誰に預けておくつもりだ?」
「持ったままやるよ」
何言ってるんだ。
「そんな重いもの持ってたら、邪魔だろ」
「エルも、持ったままやるんだよね?」
レイピアと短剣は装備したままだけど。
「俺は重さのバランスが崩れるから持ってた方が良いんだよ」
「なら、私も持ってる」
重量が全く違うだろ。
『すぐ対抗するんだからさ』
リリーが宿舎の方に走って行くと、隊員がリリーに声をかけた。たぶん、演習用の武器を保管してる倉庫に案内してくれるんだろう。
……にしても。
リュヌリアン以外にも、腰に短剣を二つもぶら下げてたよな。右手で抜く方は俺がグラシアルで買ったやつだけど、左側のは、新しく買ったのか?それとも、鍛冶屋で作った?
ガラハドが、俺の方に来る。
「時間制限を設けなくて良いのか?」
「良いよ」
「長期戦になっても知らないぞ」
「さっさと決着を付けるよ」
早々に勝負が付かなければ体力が持たないのは、わかってる。
「そういや、リリーシアが剣が折れた時の心配をしてたぜ」
「……折らないよ」
レイピアのヒルトを使えば片手剣は折れるだろうけど、絡め取ったとしても、そこまではしないつもりだ。
「折れても続けるのか?」
「止めに入る必要は無い。状況がどれだけ変わろうと、最後までやる」
「お前が、ここまで好戦的だとはな。嬢ちゃんの強さに当てられたか?」
リリーは何故か俺と戦いたがる。
でも。
「納得のいく勝負が出来なきゃ後悔する。それだけだ」
俺はリリーを連れて行きたい。
リリーは俺と一緒に行くことを望んでない。
真っ向から対立してるんだ。
「危ないと思ったら止めに入るぞ」
そんなことにはならないと思うけど。
「ん……。任せるよ」
※
演習場の中央に立って、リリーと対峙する。
いつの間に、こんなにギャラリーが。
アレクの側には、カミーユとシャルロが居る。
マリーにセリーヌ、ユリア。ルイスとキャロルまで。他にも知ってる顔が居るな。三番隊の連中も周りを埋めている。あいつら、巡回はどうしたんだよ。
こんな騒ぎになるなら、研究所を借りるんだった。その場合、演習用の武器の調達が必要なわけだけど。
大きく息を吐いて、顔を上げる。
「両者、構え」
レイピアを真っ直ぐリリーの方に向けて構える。少し、肩に力が入るな。呼吸を整えて……。
リリーは演習用の片手剣を両手で持って、中段に構えている。
「負けない」
「勝つよ」
準備は整った。
「はじめ!」
ガラハドの合図と共に、リリーが駆けてくる。
勢いのある攻撃をレイピアで薙いで一歩踏み込むと、リリーが少し驚いた顔をしながら横に避けた。
続けて放たれた攻撃をレイピアで受けて、レイピアを前にずらして片手剣の先を絡め取ろうとしたところで、リリーが一歩引いた。そのリリーを追いかけて、更にレイピアを突き刺す。……けど、強い力で弾かれた。すぐに体勢を立て直して防御の構えをすると、リリーの攻撃がレイピアに当たる。
……早い。
最初にやりあった時と比べると、かなり片手剣のスタイルに適応してる。
参ったな。ここまで隙が無いなら、早々に決着を付けるのは無理だ。
間合いを取りながら戦おう。
リリーの片手剣に向かってレイピアを突き刺し、大きく後退する。
レイピアを構えると、リリーも片手剣を構え直した。
仕切り直しだ。
どこから来る?
真っ直ぐ走って来たリリーが、片手剣で斬りかかってきた。
さっきとは逆に振って来たか。レイピアで受け流して一歩引くと、リリーが剣を構えて追いかけて来た。距離を保ちながら、リリーの攻撃を受け流す。
なかなか隙が見えない。
もう一度引いた後、闇の魔法を使って影を作り、リリーの右側に向かって一歩進むと、リリーが俺の影を斬った。
そして、俺が今居る方に向かって、剣を斬りあげてきた。
良く、俺がここに居るってわかったな。
「今の、闇の魔法?」
「正解」
ばればれだ。
じゃあ、これはどうかな。
リリーが放った攻撃を受けて、レイピアと片手剣が交差した瞬間、魔法を使う。
「えっ」
体を起こして体勢を整えようとしたリリーが、一瞬、ふらつく。
真空の魔法でリリーの剣を一時的に吸着したから、リリーの剣は、レイピアで絡めとられた時のように、一瞬、動かなくなったはずだ。
このままリリーに攻撃を当てて……。
そう思ったのに、リリーが片手剣を振り回す。
その角度はまずい。当たる。
風の魔法でリリーから離れる。
でも、俺の優位は変わらない。隙が見えた。レイピアをリリーに向かって突き刺す。
これも、駄目か。
レイピアを弾いた勢いのまま、リリーが斬りかかってくる。その攻撃を受け流して、リリーの片手剣の剣先を地面へ誘導する。更に、リリーが振り上げようとした剣を踏みつけて、レイピアでリリーを斬ろうとしたところで。
体勢を低くしたリリーが、片手剣の付け根で攻撃をガードした。
上手い。そう来たか。
続けて攻撃を放とうとしたけれど、片手剣を振り上げようとするのが見えて、風の魔法で一気に後退する。
でも。
かなり遠くまで離れたにも関わらず、リリーがもう攻撃の当たる範囲まで距離を詰めて来た。早過ぎるだろ。
闇の魔法で影を作ってかわし、リリーに向かって斬りつける。
……居ない?
眼下で長い髪が揺れる。
まずい。攻撃される。
持っていたレイピアを軽く浮かせ、持ち手を逆手に変え、リリーの攻撃を受け止める。
……重い。
「かっこいい」
リリーが微笑む。
「まだまだ余裕だな」
こっちは、かなり体力が削られてるって言うのに。楽しむ余裕があるなんて。
引いて、レイピアを順手に持ち替えて構え直す。
すでに走り出していたリリーの攻撃を受け流し、風の魔法でスピード上げながらリリーの左手へ回る。そのまま背後を取れたと思ったら、回転したリリーが攻撃を仕掛けて来た。
なんて鮮やかな動きだ。
吹き飛ばされるように飛んで宙返りしようとしたところで、リリーが片手剣を伸ばしてきた。その剣にレイピアを突き刺して、更に飛ぶ。
闇の魔法で影を作りながら、風の魔法で一気に下降して地面に着地し、しゃがんだ状態からリリーの背後に向かって斬りつける。
けど、振り返ったリリーが俺の攻撃を防いだ。
これも通らないなんて。
立ち上がりながら剣を弾くと、リリーがよろけた。
いける。
一歩引いたリリーに向かってレイピアを振ると、鍔迫り合いになった。
交わった剣と剣が震える。
ここで引いた方が負けだ。上から押しつけてる分、俺の方が優位のはずなのに、リリーの力が強過ぎる。
お互いの呼吸の音が聞こえる。
負けない。
負けられない。
絶対に連れて行く。
離れるなんて考えられない。
もう二度と失いたくない。
必ず守る。
だから、一緒に行こう。
震える剣が……。
「あ」
「あ」
音を立てて砕ける。
砕けたのは、俺のレイピア。
片手剣が明後日の方向に振り下ろされた。
目の前で輝く瞳が揺れる。
今、折れたレイピアでリリーに攻撃を当てれば、勝ちだ。
攻撃を、当てる……?
リリーに?
そんなの……。
「リリー!」
声をかけると、リリーが片手剣を振り上げた。
その攻撃を避けて、風の魔法で下がる。
折れたレイピアを捨てて、鞘からリリーが作ったレイピアを抜く。そして、左手に短剣を構える。
「終わらせる」
演習用の片手剣を遠くに投げ捨てたリリーが、背中からリュヌリアンを抜く。
「わかった」
真っ直ぐに走って、レイピアをリリーの大剣に当てる。流石に、びくともしないな。リリーの攻撃を避けて短剣で斬り上げると、攻撃が来るのがわかっていたかのようにリリーがバク転して攻撃を避けた。短剣を持つ手を蹴られそうになって、リリーの足を避ける。しゃがんだリリーが、そのまま俺の足元でリュヌリアンを振る。飛んでかわし、リュヌリアンを踏みつけて、風の魔法で更に飛ぶ。そして、空中からリリーに向かってレイピアで刺すと、リリーがリュヌリアンの腹で攻撃を受け止めた。
レイピアのしなりを利用して離れ、間合いを取る。
相変わらず、次の準備が早い。
大剣の攻撃をレイピアで受け止めながらしゃがんでかわし、短剣で斬りつける。けど、リリーが攻撃をリュヌリアンで受け止める。
でも、これで終わり。
リュヌリアンはもう動かせないから、右手で持ったレイピアをリリーの体に向かって当てれば……。
攻撃が、防がれる。
なんで?
片手で大剣を持ったリリーが、腰に付けていた短剣で俺の攻撃を防いでる。
やられた。
リリーが短剣で俺のレイピアを弾いて、リュヌリアンの腹で俺に向かって攻撃しようとして……。
途中で力を緩めた。
「迷うな、リリー」
リリーの首に短剣を向けると、リリーがリュヌリアンを大きく振って、剣の腹で俺を吹き飛ばした。
……あぁ。
やられた。
宙を舞って、地面に落ちる。
「勝者、リリーシア!」
ガラハドの声と共に、周囲に歓声が沸く。
「おめでとう」
アレクが俺を見下ろす。
「良い試合だったよ」
「試合じゃない。決闘だ」
起き上がって、三番隊の連中に胴上げされているリリーを見る。
「強いね」
「強いよ。リリーが負けてるところなんて、見たことがない」
「好きなんだね」
「あぁ。愛してる」
本当に、眩しいほど強い。
「負けた割に、良い顔してるじゃねーか」
「ちゃんと決着がついたからな」
カミーユが差し伸べた手を取って立ち上がる。
「エル。明日、行くのか」
「あぁ」
シャルロが拾ってくれたレイピアと短剣を鞘に納める。
「約束は覚えてるんだろうな。俺も行くぞ」
「勝手にしろ」
置いていく。
「そろそろ帰ろうかな」
「御一緒します」
「御一緒します」
「そうだね。頼もうか」
アレクが笑って、カミーユとシャルロと一緒に歩いて行く。
「エルロックさん。なんで負けたんですか?」
パーシバル。
「お前には、俺が勝つように見えたのか?」
「剣が折れた時、リリーシアさんは体勢を崩しました」
あの時、勝機が見えたのは確かだ。
でも。
「違うよ。リリーは俺を斬らない為に、わざと剣を振り落としたんだ」
「演習用の剣なのに?」
「前も、そうだった」
リリーは俺を斬れたはずなのに、そうしなかった。
「あんな勝ち方、したくなかったんだよ」
「エルロックさんも同じ理由ですか?」
あの瞬間。
体が固まって、動けなくなった。
「どうでも良いだろ」
俺には、リリーを斬るなんて無理。例え演習用の剣であっても、リリーを傷つけることなんて出来ない。
「女の子相手に本気出して負けるなんて、ざまぁないっすねー」
パーシバルが笑う。
……本当に。
強いとは思ってたけど。
「こんなに強いと思わなかった」
まだ三番隊に囲まれているリリーの方へ行く。
「リリー」
「エル」
リリーが俺の方に走ってくる。
「大丈夫?怪我してない?」
「してないよ。リリーは?」
「大丈夫」
微笑んだリリーの顔を上げて、唇にキスをする。
「エル、あの……」
リリーの顔が赤く染まる。
「おめでとう」
「ありがとう……」
可愛い。
絶対、誰にも渡さない。
「帰ろう」
「……はい」
リリーの手を引いて輪の中を抜けると、ルイスとキャロルが待っていた。
「おかえりなさい」
「お疲れ様」
ルイスとキャロルが、オランジュエードを出す。
「薬は要らないけど、これは要るでしょう?」
「あぁ」
「ありがとう」
貰ったオランジュエードを飲む。
……あぁ。疲れた。
こんなに長い時間、一人の相手と真剣勝負を続けるなんて。
飲み終わった瓶を、ゴミ箱に向かって投げる。
「負けちゃったね」
「あぁ」
「悔しい?」
「別に」
まだオランジュエードを飲んでいるリリーを見る。
「強さを示せた方が勝ちだからな」
リリーの勝ちだ。
「おめでとう、リリー」
「おめでとう、リリーシア」
「ありがとう。ルイス、キャロル」
リリーが微笑む。
「今夜は、皆で食事に行こう」
「リリーが勝ったお祝い?」
「それもあるけど……」
「また、旅に出るの?」
「あぁ」
明日から。
「そう……。どのお店にしようかしら」
「グストーは?」
「また?」
「リリーシアは行ったことが無いからさ」
「そうだったわね」
「良く行くお店なの?」
「えぇ。近所にあるのよ」
「楽団も居て賑やかなんだ」
「楽しそう」
家族で行くのに良い店だ。
リリーが飲み終わった瓶を受け取って、ゴミ箱に向かって放り投げる。
「帰るぞ」
「はい」
「はぁい」
「はーい」




